第2話 Different world→Death(?)

「…………」

 自分の頬をつねる。とても痛い。

 夢ではないのだろう。夢だったら痛みを感じない。俺の経験上それはわかっている。

 では一体ここはどこなのか。WTFでこんな場所は見たことがないし、ゲーム内では痛みを感じないはず。

 世界の僻地に飛ばされた? それとも、前にアニメで見た異世界転移なのか?

 そんなこと考えるのは、あとでもいい。俺がするべきことは、今どうするかだ。

 俺はズボンのポケット全てを確認する。

 持っていたのは、スマホだけ。電源をいれてもアンテナマークが1つも立ってない。この状況で役には立たなそうだ。


「グラァゥゥウゥ!」

「うわぁあぁあああっ!」


 こうしている間も周囲の唸り声や肉を引き裂かれる音がずっと耳に入ってくる。

 ここにいては、いずれ死ぬ。とにかく離れて安全を確保しよう。

 俺は立ちあがり、周囲を見渡して言葉を失った。

 俺に逃げ場などないと言わんばかりに、岩陰1つ見当たらなかった。幸い伏せれば雑草で体は隠せそうだ。もしものときは、こうして身を潜めよう。

 俺は気配を殺し、神経をとがらせながら足を進めると、カシャンと足元から金属音が鳴る。

「ん?」

 足元の草をかき分けると、1本の古びた剣身が足の下敷きになっていた。

「……これはなんや、剣か?」

 小声を漏らし、草をかき分け柄の方へ辿り柄を見つけたとき、咄嗟に息をのんだ。

 柄の部分には、それを握るように白骨化した右手があったのだ。

「……きっついな。これは」

 だが、背に腹は代えられない。右手の骨に触れぬように剣の柄に左手を伸ばし、それを掴んだときだった。


「……っ⁉」


 頭に偏頭痛のような断続的な鈍痛が走る。苦痛ではないが、無視できるようなものではなかった。

 眉間にしわを寄せ、右手で頭を抑える。

 耳鳴りが起こる。それと同時に周囲の音が完全に聞こえなくなった。しばらく経ってからか、俺の頭に直接何か語りかけられる。

 その声の主は、だった。


『──俺は、武器を亜空間に無数の武器を収納、顕現できる。方法は簡単。自分で武器をどうしたいか想像するだけでいい。しかし、俺が扱える武器は、のみ』


 語りがおわると耳鳴りが解け、頭痛も徐々に治まっていった。

 正常に戻り、俺は左手に握る剣を見つめる。

 今何が起きたのかわからないが、さっきの言葉がまるで生まれたときから知っていたのように、理解できていた。

 俺は左手の武器を亜空間にしまう想像をする。直後、左手の剣が眩い光を放ち、粒状に分解され、消え去った。


「え? ホンマに消えた」


 次に今の武器を顕現する想像をするや否や粒状の光が集結し剣をかたどり、光が爆散するとともに先ほどの古びた剣が現れた。


「うわ、出てきたわ……どうなってんねんこれ……」


 思わず声を漏らす。何がともあれ、それを考えるのはすべてあとに回そう。

 今は、この状況を打破することを優先しなければいけない。

 俺は剣を支えに立ちあがった瞬間、忘れてはいけない大事なことが頭をよぎり、焦燥に駆られる。


「そうや、ことの! あいつどこにおんねん!」


 俺は大声で彼女の名を叫んだ。だが、返事はない。俺が目覚めた周辺を、草をかき分けながら探すが、出てくるものは遺体かそれの時間がたったもののみ。

 

「くそ……どこに行ったんや……」


 そう言って再び草むらをくまなく捜索する。

 もしかしたら……という想像が浮かんだが、それはすぐに消えた。

 かれこれ、6年ぐらいのつきあいだ。誰よりも彼女のことを理解している。

 彼女がこんなところで、簡単に消えるような人間ではない。あれはもっと貪欲で、この世界で1番しぶとい生き物だ。どうせ、なんとか生きながらえているに違いない。

 おそらく、ここに来る途中で別れて別の地点に落ちたのだろう。

 とにかく、彼女と合流しなければ……

 俺が1歩足を踏みだしたとき、青白い稲光いなびかりがズダーンという轟音と共に、自分の視界右側を埋める。

 目をむけたときには、真横の地面がえぐれていた。

 俺は急いで顔をあげて周囲を見渡すと、背後少し離れた地点に大きな影が視界に飛び込んだ。体をゆっくりそちらに向け、その影に目を凝らす。

 その正体は黒馬。だが、その全長は2階だての建物ぐらいの高さで、鬼よりも長い2本の鋭利な角をもっていた。青い瞳をしたその馬は、地面を蹴りながら俺を睨むつけている。

 

「……どうやら、喧嘩売られてるみたいやな」


 俺は左手の古びた剣を握りしめ、深く腰を落として構える。


「グォォオオオォヒヒヒーンッ!」


 黒馬から放たれた奇怪な咆哮で、この周辺の大地が揺れ、直後相手は青白い電気を纏いはじめ、俺に向かって突進してきた。

 俺は横へと体を転がし、なんとかその攻撃を回避する。


「グルルルル……」


 黒馬は、また体をこちらに向け、唸り声をあげる。

 相手は間違いなく強敵。だからと言ってもう背を向けることはできない。

 大会のときの比にならない緊迫感。ここでは、自分へのごまかしは効きそうになかった。

 一撃でいい。相手の動きを挫くことができれば、逃げることができる。

 黒馬は突進を繰りだす。ここで俺も地面を蹴り、相手の直線上からズレて進む。すれ違いざまに左手の剣を黒馬の前肢に思いきり振りかざした。ガキィンと鋭い金属音と共に俺は体勢を崩し、地面を転がる。

 このとき、相手は無傷というわけではなく、ものすごい速さで体を地面に滑らせていた。

 俺はこのとき、1つの違和感を覚える。

 非常に体が軽いのだ。回避したときもそう。まるでWTFのアバターを操作しているようだった。

 この体の状態なら、怯んでいる黒馬から逃げられるかもしれない。

 俺は相手に背を向け地面を蹴った瞬間、目の前に激しい音を立てて落雷が落ちる。

 逃げることは許されない。そう悟った。

 振り返ると、相手は突進する準備をしていた。


 腹を括るべきだ。相手を戦闘不能にする。このことだけを考えろ。

 

 相手は再び突進する。さっきと同じ要領で、今度は逆足を狙ろうと直線上を避けたとき


「……っ⁉」


 俺の体が浮いた。違う、吹き飛ばされたのだ。

 誰に……いや、あの馬だ。あいつが、避けることを読んで首を振って俺を突き飛ばした。

 勢いよく地面に体を転がらせる。

 受け身すらとれなかった俺の体は、全身強打する。骨が折れているかもしれない。

 激痛が遅れて全身に走る。呼吸が浅い。ちゃんとできているのかも、あまりわからない。口から血の味がする。

 これが本当の『痛み』。

 WTFでは感じることがなかったものだった。

 

 それを実感した俺は、


「……ハハハッ……ハッハッハッハッ! せや、これやこれ! この痛み。忘れてたわ。喧嘩ってもんはこういうもんやったよなぁっ!」


 俺はすぐさま立ち上がる。

 それに気づいた黒馬は、体をこちらに向けた。


「いつぶりや、こんなに血がたぎるんは……ヘッヘッヘッ!」

 剣を肩に担ぎ、右手の人差し指で相手を煽る。

「かかってこいや、ボケナス。いてこましたるわ」

「グォォオオオォヒヒヒーンッ!」


 黒馬は咆哮すると、周辺の地面に細い雷撃が落ちる。

 その雷撃の中、俺はゆっくりと数歩進んでから、駆けだした。

 もう体の痛みなど感じない。それどころか、調子がいいぐらいだった。


「なんじゃその攻撃は! もっと真っ向から向かってこいや!」


 笑いながら雷撃を潜り抜けて黒馬の前までたどり着き、勢いよく跳んだ。相手の頭よりも高く跳び、そして

「うぉりゃあ!」

 空中で前転し、自由落下の勢いに任せてかかと落としを黒馬の左の角に打ち込んだ。

「グォオォォォォオオオッ!」

 黒馬は激しくもがき始める。当たった角は、乱雑に折れていた。


「まだまだ行くでぇ! オラ!」


 今度は剣で叩いた方の足を蹴って刈り、地面に転げさせる。

 好機が訪れた。俺は左に握る剣を上に振り上げ、黒馬の顔面めがけて振りおろす。剣と顔との距離が1寸ほどまで近づいたとき、上空から気配を感じとり、後ろに跳ぶ。

 その僅かあと、俺がいた場所にズドドドンと激しい轟音がなった。

 大きな雷だ。

 もし少しでも遅かったらと思うと、背筋が凍る。

 俺は黒馬に指をさした。


「お、お前っ! 電気やめろや! 卑怯やぞ!」

「ブルルルゥ……」

 口を鳴らしながら、黒馬は立ちあがる。 

「グォォオオオ!」と吠えると、俺の頭上から雷が降りそそぐ。

 何とか回避するが、その度に雷撃を繰りかえしてくる。


「だから、やめろ言うてるやろが!」


 俺は相手の懐に飛びこみ、剣を振りかざすがはじかれる。


「クソ、なんやねんその硬さ……もう1回」

 

 同じように振りかざしたそのとき、パキーンと金属の鋭い音が鳴りひびく。

 少しの時間差で、地面にドサッと何かが落ちる音がした。

 目線を剣先に移すと、それは真っ二つに折れていた。


「やっば……っ⁉」


 このとき、気を抜いていたのかもしれない。

 気がつくと俺は、黒馬の体を見下ろしていた。遅れて腹部に激痛が走る。

 ゆっくりと痛みのあるところへ視線を向けると、相手の右角が腹を貫通していた。

 まばたきしただけだった。その刹那に俺は、角で腹を刺突されていた。

 

「ぐほぁ……!」


 吐血した血が黒馬の顔にかかり、相手の顔を赤く染めあげる。

 俺は黒馬に投げ飛ばされ、地面に体を打ちつけた。


「あ……あが……」


 喉に血が溜まってるのか、水で溺れているような感覚。それを吐き出そうにもそのための空気はなかった。

 それなのに、俺の中にある全水分が外へと放出されていく。

 まだだ。まだ俺はやれる。

 俺はまだ、負けてない。こんなとこで負けてなんていられない。

 俺はお前に勝って、早くことのを捜しだすんだ。こんなところで負けるわけには、いかない。

 だが、体は動かない。それに真冬のように寒い。

 黒馬はこちらに近づいてくるが、それに焦点を合わせられない。

 かかってこい。次は絶対……絶対に……。

 そう唱えながらも、視界が徐々に黒色に浸食されていき、最後はすべて黒で覆われた。

 最後に見た景色は、白い濃霧に囲まれていて黒馬すら何も見えていなかった。

 あの景色は、本物だったのだろうか。



 ◇◇◇

 


「……うぅ」

 2度目の目覚め──本当の目覚めなのか定かでは無いが──。

 瞼を開けて一番最初に飛び込んできたのは、ごつごつとした岩の天井。

 少しほの暗く、周囲の様子がはっきりと見えない。肌には冷ややかで硬い岩の感触がある。どこからか入ってくる風はヒュゥと不気味な音を鳴らした。

 呼吸ができる。声も出せそうだ。これは生きていると思ってもいいのか。

 それより、ここはどこだ。俺は何をしているのだろうか。

それを考えるのに時間が欲しかったが、その時間は与えられなかった。


「うわぁー、ホントに起きたー」

「……?」


 気だるそうな女の声が、空間に響き渡る。

 俺は顔だけ動かして、細かく周囲を見渡した。だが、それっぽい姿は見当たらない。


「誰や……どっかにおるんか?」

「なんだー? オレのこと、見えてないのかー? 仕方ないなぁー」


 すると、視界の左側がいきなり青白く光りだし、一気にあたりが見えるようになった。

 どうやら、ここは洞窟のようだ。そして、俺はその地面に横になっていたわけだ。

 俺はこのまま光源のほうへ顔を向け、目を見開き一言


「で、デカッ⁉」


 そこには、先ほどの黒馬よりも一回り大きい九尾の銀狐が、体を発光させながら背中を曲げて俺を見下ろしていた。


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