第6話 Collude → Go to the new village
「まとめるとやな。その領主が無理な事ばっか
「……はい」
と、ニーラが相槌を入れる。
「それで、そこの……クソガ──」
「ランだ」
「……の
「軽率な発言でした。申し訳ないです」
と、ヴィートが肩をすぼめて呟く。
腰を下ろして話しはじめて数分、彼らの表情はほぐれない。
数分前のポンタによるトラウマ植付け事件から、ずっとこんな調子だ。
事情聴取をしているものの、これだと、尋問しているようでやるせない。
その植え付けた当人はというと、俺の後ろで少し不機嫌そうに肩ひじついて、寝そべりながら3人を睥睨していた。
「……なぁポンタ。そんな目で見たるなよ。もう、こいつらに敵意ないやろ」
「今はなー。人間を信用するとロクな事がねぇんだー」
「お前、そんな警戒せんでも。こいつらが、お前殺しにきても、余裕で返り討ちできるやろ?」
「うるせぇ」
これじゃあ、何を言っても意味がなさそうだ。
俺は嘆息をつき、再び3人の方へ目を向ける。
「すまんなぁ。無理やと思うけど、あいつの事は、気にせんといてくれ。あいつも悪いやつやないんよ」
「…………」
3人は閉口したままだ。
──気まずい。気まずすぎる。
喧嘩の仲介役ってのは、こんなに大変なものなのか……。反発しあう2つの空気に押しつぶされそうだ。
俺は声を含ませた大きな息を零し、後頭部をかいた。
「とりあえずやな……近くに村があるなら、俺はそこに行きたい。とにかく情報がほしいからな。あと、その領主の顔ってのも、いっぺん拝んどきたいもんや」
(ほんまに、異世界モノでよく見るクズなんか、確かめたいでな)
俺はゆっくりと腰をあげた。
「そういうことやから、ここは協力しようや。お前らは俺らを村まで案内してくれ。それまでの道は俺らが守ったる。ポンタもええやろ?」
彼女に問いかけると、怪訝な顔のまま横たえた体を起こした。
「……まぁ、もともとどこかしらには行く予定だったんだから、いいんじゃねぇかー」
「ほなええな。3人もどうや? それでええかいな?」
3人に問いかけると、ヴィートが恐縮な様子で口を開いた。
「……はい。こちらとしては、お強い2人がいると心強いので、お願いしたいです」
「よっしゃ、決まりやな! ほんならはよ切り替えて、行くで!!」
この重たい雰囲気を振り払うように、手を叩いて声を上げた。
◇◇◇
目的の村に向けて出発して、1時間は経過しただろう。もう夕暮れ時へと差し掛かっている。
オレは雑草を踏みしめながら、リクトとその他3人の後ろを眺めていた。
前の集団は、リクトを筆頭にえらく話が盛り上がっていた。
オレはそれを遠目で見つめる。それでいい。もとより人間と仲良しこよしをするつもりはない。
オレはあくまでリクトを守れればいい。もとよりそういう契約だからだ。守れなければ、オレも死ぬ。だから、守っているに過ぎなかった。
でもここ数日、アイツとの時間は悪くなかった。
もう何年も味わっていない感覚だった。
これが、アイツへの「情」というのなら、そうなのかもしれない。
でも、他3人はどうだ? 別に関わる必要性がない人間だ。オレを殺そうと考えていた人間だ。
そんな奴らに、「情」なんてものが芽生えるか? 芽生えるはずがない。
だから、これでいい。これでいいんだ。
そう思いながら、気だるそうに歩いていたとき、前の集団の1人がこちらに目をむけた。
あれは、ニーラという少女だったと思う。
途端、彼女はスピードを落とし、前の集団から離れてオレの隣に並んだ。
何をしに来たのか? と考えていた矢先、ニーラが小声で話しかけてきた。
「あの、本当にごめんなさい……」
彼女の顔は、曇っていた。オレは彼女を一瞥して、再び前を向く。
「……なんだよー。別に構うことなんてないぞー」
「……うん。でも、本当に謝りたくって……」
目線を向けると、さらに顔を曇らせていた。
オレは何を求められているんだ?
辟易したオレは、大きなため息を漏らす。
「……お前は、オレになにしてほしいんだー?」
「え? それはその……」
彼女は一瞬口どもらせて、再び言葉を続ける。
「仲良くなりたくて……」
「はぁー?」
呆れた顔を浮かべた。
さっきまでオレのこと敵視していたクセに、今は仲良くなりたい? どういう思考回路をすれば、そういう考えになるのか?
さらにわからないのは、彼女の魔力の流れが、それを真実と物語っていることだった。
オレの表情を見た彼女は、なぜか微笑んだ。
「私の村ね。同じ年の女の子がいないの。だから、ランやヴィートみたいな男友達しかいなくて……だから、あなたと初めて会ったとき、ちょっとだけ嬉しかったんだ」
「……何言ってんだ、お前ー。お前よりもオレの方がずっと年上だぞー?」
「そうだよね、変だよね」
彼女はなんだか無理に笑っているように見えた。
何なんだ、こいつは……訳が分からない。
「……あぁー、もう、好きにしろよー」
「え? ほんとに?」
「なんだよー。お前がなりたいって言ったんじゃねぇのかー?」
「なりたいっ! なろっ!」
彼女はそう言って、輝かせた大きな目を向けて迫ってくる。
オレはその顔を手で抑えて
「鬱陶しいなー。そんなに近づくなよー」
と拒むが、ニーラはずっと「やったぁ!」と連呼して飛び跳ねていた。
彼女の思考への理解には苦しむが、喜んでいるのは、さすがのオレでもわかった。
そう思ったとき、なぜかオレは笑みを零していた。
「じゃあこれからよろしくね! ポンちゃん!」
「ぽ、ポンちゃん!?」
「だって、ポンタって名前なんでしょ? だから、ポンちゃん! 私のことは、ニーラって呼んで!」
「だからって……はぁ……はいはい」
リクトといい、ニーラといい、オレはますます人間のことがわからなくなっていた。
◇◇◇
【魔境】と言われていた区域を脱し、東の森を抜ける。
ここに来るまでに日は完全に沈み、月が頭上から俺たちを照らしていた。
ほぼ一日歩きっぱなしで、前に踏み出す膝下が、鉛のように感じられた。もちろんそれは俺だけではなく、他全員がそうだった。
だが、唯一ポンタだけが平然と手を後頭部で組みながら、軽快に歩いていた。流石ヌシと言われるほどの魔獣。体力が底知れない……。
そんな疲弊した俺たちにも救いはあった。今までとは違う景色が眼前にあったのだ。
木材で作られた家屋が何軒も設置され、1つ1つの建物から灯りが漏れだし、その一帯が暖かな光の膜に包まれているように見えた。
これが、この世界の『村落』。
久しぶり……という感覚にはならないか。
俺がもといた世界ではもっと眩しく、ひとつの光が空の星々のように小さかった。あれに比べれば、この場所はこじんまりとしたものだった。
それでも俺は安堵を覚えた。
──人と会える。
ここに降り立って1番と言っていいほどの感動だった。
俺の目的は、ことのを見つけ、元の世界に帰ること。その第1歩としての情報が手に入るかもしれないのだ。
俺はその期待を胸に、ポンタとラン達3人と共にその村落へと向かう。
1歩、また1歩と近づくに連れ、俺の期待は膨らむ。そのはずだった。
いや、確かに膨らんではいる。だが、1つ違和感があった。
その村落は灯りが灯っているから、賑わっているのだろうと思っていた。でも違う。
賑やかというよりは、五月蝿いという表現が正しい気がするのだ。
方々から聞こえるは、甲高い金属音。肌がヒリヒリするほどの熱気。そして、1番欲しかった人々の活気は消え失せ、悄然としていた。
「なんや、これは……」
思わず声が漏れた。この光景は賑やかな村などでは無い。俺たちの世界で言う『ブラック企業』のそれだった。
すると、後方にいたランが顔を曇らせて俺の前に踊りでる。
「……ついてこいよ。俺の家に案内する」
ランは振り返ることなく、俺たちに小さな背中を見せた。
ここでニーラとヴィートとは別れ、俺とポンタで彼の後ろに続いて、村の中へと入っていく。
やはり活気はない。それとは裏腹に周りの雰囲気は一段とピリついていた。
向かう道中、上裸の男が無心に溶解した剣を打ちつけていた姿が目に飛びこむ。
彼の目には光がなく、涙袋のあたりが酷く黒ずんでいた。
周りを見渡し、他の村人を観察してみる。
やっぱりだ。まるで傀儡のようだった。
それに、彼らが俺たちに向ける視線は、決して歓迎するようなものでもなかった。
ラン達から少し話は聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。
ふとポンタの様子を伺うと、変わらず気だるそうに後をついてきていた。
彼女は何も感じないのだろうかと思ったが、よくよく見てみると、時折村人たちを睥睨する素振りを見せていた。
やっぱり、感じるものはあるのだろう。
「着いたぞ」
ランの声で、俺は前に目をやる。そこには、道中で見てきた家々の中でも、一際大きな木造建築があり、石レンガでできた煙突からは黒い煙が立ちのぼっていた。
中からはほのかな赤い光が漏れ、相変わらず強く打ちつける金属音が聞こえてくる。
ランは何も言わずに、家の扉に向かいはじめたので、俺は「おいおい、ちょい待てや!」と言いながらそのあとに続いた。
ランが勢いよく扉を開け、中に入る。
「ただいま──」
「このバカタレ!! どこほっつき回ってんでぃ!!」
ランが扉を通るや否や、男の激しい怒号が響き渡った。
俺は急いで家に飛びこむと、ランが勢いよく俺に倒れかかってきた。
彼は頬を抑えて静かに悶えている。
その先には、筋肉隆々で無精髭を生やした男が、右の拳を強く握りしめて佇んでいた。
「痛ってぇな! いきなり殴る
ランは、目先の男を睥睨しながら、声を荒らげる。
「うるせぇ! 口答えするんでねぇっ! どうせどっかで油売ってたんだろ!」
「ちげぇよ! 【魔の草原】に行ってたんだ! アイツを見返すためによっ!」
「【魔の草原】って、おめぇ……何考えてんでぇ! 死にてぇのか! この──」
男は大きな拳を、再びランに振りかざす。
その拳がランに直撃する瞬間、部屋中にバチンっと肌を打ちつける音が響き渡った。
「……なにしやがんでぃ……誰か知らんが、邪魔すんでねぇ!」
「アホか、おっさん。やりすぎや思わんのかい」
拳とランの顔面との距離
拳との衝撃で手がものすごく発熱している。こんな威力で顔を殴られたら、骨が砕けてもおかしくない。
俺は掴んだ拳を押し返し、よろめく男にゆっくりとにじり寄った。彼は奥歯を強く噛み締めながら、俺を睨みつけてくる。
「くそぉ……舐めやがってぇ!」
拳をこしらえた男は、俺に向かって突進をしかける。
わかっていた。眼前の男が、ランの父親……少なくとも親族であることぐらい。
人様の親族を傷つけるのは、心苦しい。でも、自分の友達殴られて、冷静に話せるほど俺は大人じゃない。
拳を強く握りしめる。
そして、男が殴ってくる拳を顔で受け止め、大きく拳を振り下ろした。
自分の顔面骨からミシミシっと、ひびが入ったような音が聞こえ、口内からは血の味がした。視界が揺らぐ。
それでも俺は、男を見続けていた。ここで倒れたら、俺じゃない。
──男が喧嘩を買ったなら、最後まで立たなければならない。
俺の中にある信念が、俺をその場に立たせていた。
一方、男は脳が揺れたのか、足が覚束なくなっていた。
俺はそんな彼をひと時も目を逸らさずに、足早に近づいて胸倉をつかむ。
「……あんた、ランのなんや」
「……うぅ」
「あんた、あいつの父親やろ」
「…………」
「どうやねん」
「……オヤ、ジでぃ」
「せやったらよ。最初にするのは
「──何ですかな? こんな夜分に騒がしいですね」
高尚な男の声が、水を差すように入り口側から飛んできた。
その方へ目をやると、裕福そうな生地の良い服装に身を包む中肉中背の男が、黒い甲冑を着た男を連れてこちらを見ていた。
「……何しに来たんでぃ……この、クソ領主がぁ」
「口の利き方がなってませんねぇ。自分の立場を理解していますか?」
「もう来るなって……いっただろがぃ……嫁のことは……自分でなんとかするでぃ」
「そんなこと言ったって、解決のめどは立っているのですか? 彼女、もうあれから2週間──」
「うるせぇ!」
ランの父が咆えると、馬乗りになった俺を押しのけ、よろめきながら立ち上がる。
「早く……ここから出ていきやがれ……このボンくらがぁ」
「先程から口が減りませんねぇ……」
領主は伸びた鼻髭をいじりながら吐露し、連れの男に目配せをした。
甲冑が擦れる音を鳴らして、彼は前へと躍り出る。その先にランが立ちはだかった。
「おめぇらの好きにはさせねぇ……!」
「お、これはこれは、ジェフさんの息子さんではないですか?」
領主は甲冑の男を停止させ、ランを覗きこんだ。
「そういえば、お約束がありましたねぇ……あの【魔境のヌシ】の首を持ってくるようにと。いかがです? 持ってこれましたか?」
「そ、それは……」
「あれま。ははは、これは傑作ですねぇ! なんの成果も残さずに、のうのうと帰ってきたと?」
「くっ……!」
「所詮、あなたは口だけなのです。だから、さっさと諦めて、私の言うことを──」
「お前かー? コイツにオレを殺すように指示したのはー」
ランの前に、ふらっと白髪の少女がパーカーのポケットに手を突っ込んで、割り込んでくる。
「……どちらさまです?」
「おいおいおい、それはこっちのセリフや。人様に素性聞くんやったら、先に名乗るのが筋ってもんやろ?」
声を大きくして、俺はポンタの横に並んだ。
相手の素性は事の運びで大体わかっている。挨拶替わりの軽い挑発だ。
「はっはっはっ。どこの馬の骨だか知りませんが、これはなかなかのご挨拶ですねぇ。いいでしょう、教えてあげます。私の名前は、『ルベルト』。この村の領主。つまり、一番偉いのです。君たちの小さいオツムでもわかるでしょう?」
無駄に抑揚をつけて話すルベルトを、俺とポンタは白い目で見つめていた。
「おいリクトー、こいつ本当に偉いのかー? ただの腐敗した肉塊にしか見えねぇぞー」
「やめてくれやポンタ。こんなじじぃが偉いやつなわけないやろ? ”風評被害”ってやつや」
「あなたたち……今、私を”肉塊”と、”じじぃ”と……そう言いましたか……?」
「……お前以外に誰がおんねん。このボケナスがよぉ!」
「お前、頭まで腐ってんじゃねぇのかー?」
「……ふふふ……ははははっ! どこの誰がか知りませんが、ただの下民が私を侮辱するとは、万死に値する! カイル! この下民どもを処刑しなさい!」
その指示を受けて動いたのは、やはり鎧の男だった。
彼は後ろに携えた剣を抜き、構えることなく俺たちに突進をしかける。
ガシャガシャ、と金属が激しく擦れる音がどんどん近くなっていく。
「いくで。ポンタ」
「あぁ、瞬殺だぜー」
俺たちは迫りくる鉄塊を睨み、腰を低く構えた。
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