第5話 Revenge → New Encounter

 翌日。天候は晴れ。

 相も変わらずこの草原は、数々の死体を隠すように雑草が広がっていた。

 その草々を踏みしめ、俺たち2人は足を進めていた。

 魔獣たちの争う衝撃と狩りにきた人達の悲鳴が俺の肌に伝う。

 もう何日もここにいれば、慣れてくる。いや、即座に訂正して申し訳ないが、それは人によるのかもしれない。


「あぁあぁぁ……終わりよ……もう生きていけないわ……ぁぁぁ」


 今俺が通り過ぎた道中で、黒い修道服を身に纏う女性が、膝をついて発狂していた。

 彼女は耐えられなかったのだろう。無理もない。こんなところ1人でいるなんて、俺でも正気を保てない。

 幸い俺にはポンタがいた。

 こいつのおかげで、俺は正気を保てていると言っても過言ではないのかもしれない。


「……ついたぞー。ここだー」


 ポンタの一言で、足を止める。

 そこは、見上げるほどの大きなドーム状の岩石が鎮座していた。


「この先だなー、ディボエラがいるのはー」

「…………」


 俺は息を飲んだ。

 この岩の先に、あの時の宿敵【ディボエラ】がいる。

 いざその時になると、筋肉に緊張が走る。だが、何故か高揚感に満ちていた。

 あの時の俺は万全じゃなかった。武器が良くなかった。だが、今は違う。棒切れみたいな武器だった武器が、今は4本もの立派な剣──拾ったもの──がある。

 それにそのうち1本は、なかなかの業物。これなら勝てる。

 動きならあのとき互角か、俺の方が上手うわてだった。

 もう黒星は許されない。必ず決着をつける。


「お前ー、体震えてんぞー。もしかして、ビビってんのかー?」

「んなわけあるか! こっちは楽しみでしゃあないっちゅうねん!」

「そうかー。まぁ、終わったら教えてくれー、俺はちょっと離れたところで、眺めながら寝てるからよー」

「呑気なやっちゃな。ええで、よう見とけや」


 ポンタは、欠伸をしながらその場から離れていく。

 途端、体にさらなる緊張感が襲いかかってきた。

 こんな感覚になったのはいつぶりか、もう長らく感じていなかった。

 だがこの感覚は、嫌いじゃない。ピリピリと皮膚を刺すような刺激を、俺は人知れず求めていたのかもしれない。

 俺は左手に気を注ぎ、空気中から謎の青白い粒子を集結させる。

 剣をかたどった粒子たちは、激しく爆散し、柄に何かの文字が刻まれた剣が現れる。

 出し惜しみはしない。本気でぶつかってやる。


 俺は岩に体を沿わせて、ゆっくりと岩裏へ向かう。

 岩肌で隠れた視界がゆっくりと開け、奥の光景が目に入ってくる。

 ややドーム状になっている奥の空間は、日差しを遮っているせいで暗く、冷ややかな空気が流れ出していた。

 潜伏して奇襲をしかける方法もありだが、俺はそんなまどろっこしいのは嫌いだ。ここは男として堂々と……!

 俺は隠していた身を乗りだし、強く地面を踏みしめる。


「おい、クソ馬! もっかい俺と勝負せぇっ!」


 岩影から身を乗りだし、空間内に叫び声を響かせた。

 そこから数秒、中の物音に注意を向けるが耳に届くのは、自分の発した残響のみ。


「……おーい、おらへんのか?」


 今度は少し声を抑えて言ってみるが、異音一つ立たない。

 もしかして、いないか……?


 俺は視線を外し、遠くで呑気に寝転がっているポンタの方へ向いた。


「おい、ポンタ~! あいつ、おらへんでー! どーなっとんの?」


 ポンタは、口元に手を置いて叫ぶ動作を見せる。それから少し遅れて、俺の耳にポンタの声が届いた。


「なーに言ってんだー? いるぞー、

「……は?」


 直後、後ろから大きな影が俺を覆った。

 その影は、記憶に新しい角の生えた馬のシルエットをしていた。

 再び走る筋肉への緊張。少し俺が気を緩めたのが、運の尽き。

 俺は錆びれたネジを回すように、ゆっくり首を後ろに向けた。

 するとまぁ、予想していた通り、黒い肌で角の生えた馬が佇んでいた。

 よく見ると、角の片方が砕けている。前、俺が対峙したやつだろう。

 もう笑うしかなかった。こんなドッキリみたいなことされるなんて、思いもしていなかった。

 だが、こいつには1つ教えなければいけないことがある。

 それは、ドッキリには、2つの結末が待っているということだ。1つは、お互いが円満に終わるタイプ。これは、ドッキリの域がそれほど高度ではない。または、仕掛けられた側の心が広い場合に成立する。

 そして、もう片方は……まぁ、言うまでもないだろう。

 俺は笑いながら、ディボエラの方へと体を向ける。

 

「あははははっ~。おかえりなさいませー。ご飯にしますぅ~? お風呂にしますぅ~? それとも……」


 俺は地面を強く踏みしめ跳躍し、左手の剣を首元めがけて振りかざした。


「私ですかねぇ!? このクソ野郎がぁ!」


 器用なことにその馬は、後ろに跳んで俺の攻撃を回避するが、刃先が擦れて少し切りこみが入った。

 俺は奇襲や不意打ちはあまり好きではないが、やられたなら別だ。

 やられたら、やり返さないと気分が悪い。

 理由はそれだけ。十分だろう。

 俺は地面に着地後、すぐに剣先を相手に向ける。


「てめぇ、黙って後ろに突っ立ってんなや! こっちは、正々堂々戦おうとしてんねんっ! 考えろや! それぐらい」

「グルルゥブルルゥゥ……」


 小さく唸った馬は、前足で地面を掘る。

 相手も臨戦態勢に入ったということだろう。

 さっきは不意を突かれたが、大したことはない。ここから仕切りなおそう。

 俺は剣を肩に担ぎ、左足を前にして前傾姿勢をとった。


「まぁええ、これでおあいこや……ほなタイマン始めや!」


 俺はすぐに地面を蹴った。狙うは首元。首さえ斬れれば、例えどんな強者でも倒れるはず。

 馬の前まで膝を曲げ、全身を使って大きく跳躍する。その瞬間に体を横にねじらせ、回転させる。その勢いで、剣を首元めがけて振りかざした。

 刃先が相手に接触するかと思いきや、相手がいきなり頭をフルスイングして俺をぶつけてきた。


「……くっ!?」

 

 何とか身を固めて衝撃に耐えたが、慣性には抗えず、ボールのように吹き飛ばされる。

 うまく地面には着地し、手足で吹き飛ぶ体を止めた。

 これが、戦い……胸が熱くなる。


「おうおう、やるやないか……そうでないとな!」


 俺は再びディボエラの方へと駆け出した。途中ディボエラが「グォォオオオォヒヒヒーンッ!」と空気を揺らすほどの咆哮をするが、走ることをやめなかった。

 一瞬の隙も与えない。逆に相手の隙を狙ってやるんだ。

 俺の行く手を阻む黒馬の雷撃を、うまくかわして距離を詰める。

 

「そんな電撃使ってへんで、お前からこいや!」

「グルルゥ……ゴアァアヒヒィィンッ!」


 奇怪な鳴き声を発した黒馬は、立ち向かう俺に突進をしかけた。

 そこで、俺はニヤリと微笑む。この攻撃、前回横に逃げたことで不意を突かれた。ここで同じ手段を取るほど愚かではない。


「お前の攻撃は、もう読めてんねん、ボケっ!」


 勢いよく距離が縮まり、角が体に刺さる寸前で、俺は地面を滑り相手の股下へと入りこむ。

 前言通り、相手の隙を狙う。今がそのときだ。

 俺は剣を腹部に突き刺し、そのまま股下を通り過ぎる。挿した部分からは赤い液体が噴射され、大量に俺の体にかかった。


「ゴアァァァアアアアッ!」


 ディボエラは叫び声をあげて、藻掻き苦しみながら地面に倒れこんだ。俺の剣先は手元近くまで、赤い液体が付着していた。内臓まで切り裂いただろう、流石のあの馬でもかなりの致命傷に違いない。

 俺は横たわった体を起こし、剣を払って付着した血をふき飛ばす。それと同時ぐらいか、俺の剣に小さな雷が落ちてきた。


「うわあっ……えぇ?」


 思わず気持ち悪い声を漏らすが、すぐさま戸惑った。なぜなら、その電撃は痛みも何も感じず、ただなぜか俺の握る剣がピリピリと薄緑色の光を放っていたからだ。


「おーい。早くトドメ刺さないと、そいつ傷口再生するぞー。切れ味上げてやったから、さっさとそれで仕留めてやれー」


 遠くからポンタが大声でそう指示を出してきた。

 余計なことをしてくれた。でも、感謝しよう。

 これで決着はついた。これ以上の争いはいらないだろう。

 だが、魔物というのは、相手を殺すまで戦いは終わらない。いや、これは言語での意思疎通ができない野生の動物ならそうなのかもしれない。

 俺がここで終わりだと叫んでも、相手にはそれは伝わらないのだ。

 なら、お互いのためにもここで終止符を打つしかない。

 俺はゆっくりと、ディボエラの方へと歩みを進める。


「……ブ、ブルルゥ……」

 

 ディボエラは、弱弱しく声を漏らす。その間、俺が切り裂いた幹部はゆっくりとではあるが回復しているように見えた。

 

「……ありがとな。こんな俺とタイマン張ってくれて。お前との闘いは、絶対忘れへんから」


 俺は屈んで、倒れるディボエラの頭に触れる。


「お前に1回負けたおかげで、俺はまた強くなれたと思う。数日ぐらいの因縁やけど、俺はお前のこと最高のライバルやと思っとるで……」

「おい、リクトー! お前、早くしろよー! 知らねぇーぞー?」


 俺は額をディボエラの頭に合わせた。


「これからは、お前の分も背負って生きていくわ。やで、俺のこと見守っててくれ」


 俺は額を剥がし、ゆっくりと腰を上げる。そこから大きく5、6歩下がったとき、ディボエラが四肢を動かした。

 体をよく見ると、深く切り裂かれた傷口は、ほとんど修復されていた。

 もう擦り傷程度になっている患部は、ディボエラが体を起こすとともに跡形もなく消え去ってしまった。


「バカだなー。早くしろって言っただろー。もう切れ味強化も切れるぞー。次はしないからなー!」


 遠くからポンタからの叱責を受ける。


「……アホか。そんなもん、最初からいらへんわ」


 俺は小さくぼやいた。

 切れ味強化か……最初からそんなものは求めてない。効果が切れようが切れまいが、これから訪れる結末は変わらない。


「グォォオオオォヒヒヒーンッ!」


 ディボエラは、地鳴りを起こすような方向をあげると、周囲に雷を落とすとともに、自身に電気を纏った。

 ジリジリと体中をほとばしる稲妻。青白く光る眼。

 これがディボエラ本来の力なのかもしれない。

 もはや神獣かと思われるほどの威圧感を前にして、俺は口角をあげてみせた。


「なんや、やっぱり隠してたんやんけ……ほんならちゃんと決着ケリ、つけさせてもらうで」


 俺は姿勢を低く構える。

 相手は前足で地面を強くひっかく。

 

 は、静寂に浸っていた。

 前足で地面を掘る音と緊張感のない穏やかな風音だけが聞こえる。

 お互い時を窺うように、一撃必殺できるように、息を潜めていた。

 とおを数えおわる直前に、俺は剣をカチャと鳴らし、向こうは前足を止める。

 これが俺たちの狼煙だった。

 この一瞬にして、空気が糸のように張りつめる。


「ウルォラァァァァァアァアッ!」

「グォォオオオォヒヒヒーンッ!」


 お互い、雄叫びをあげたと同時に地面を蹴る。

 俺は一筋の直線をなぞるように、左斜め上に向かって切り上げた。

 それは反射のような一瞬の出来事だった。

 黒馬の鳴き声が途中で消え、後にドサッと大きな物体が落下する音が聞こえた。

 俺が振りあげた剣はもう発光しておらず、満遍なく血液が付着している。

 息を大きく漏らして後ろを振り返ると、ディボエラが横たわっていた。

 その体は、首から上が綺麗に切断されていて、すぐ近くに切断された部位が転がっていた。

 切断部分からは、赤黒い液体がどんどん流れ出てくる。

 俺の勝ちだ。

 そう認識した途端、体の力がぬける。

 地面に剣を突き刺し、脱力するの体を支えた。


「はぁ……ガチ疲れたぁ……」

「お前ー、割と余裕だっただろー」

 

 満身創痍の俺に、飄々とした態度でポンタが近づいてくる。


「アホか……精神すり減ったっちゅうねん」

「そうかー? こっちから見てたら、かなりお前が優勢だと思ったけどなー」

「お前はわからんやろ……」


 俺は少し息を整えて、ディボエラの方へ体を向ける。

 ──終わったんだ。これで、俺はようやく前に進める。

 でも、なんだろうか……心に何か小さな穴を空けられたような、そこはかとない虚しさが襲いかかる。

 この世界に来て初めての好敵手。前に対峙したあのときは、相手に圧倒されて少し怖気づいていた。それに何が起こっているのかわかっていない不安もあって、なおあの空気に飲まれていたのだろう。

 体が緊張していたことを今でも体が覚えている。

 その相手に今勝利した。黒星を返上できたのだ。

 そう……倒したんだ……楽しかったんだ。

 あいつとの戦いが、血の気が湧き立つような、心臓が張り裂けそうなあの感覚がたまらなく楽しかったんだ。

 

「あぁ……終わってもうたか……」


 俺は何だかたまらなくなって、倒れた相手の方へ一歩踏み出したとき。


「てめぇ! コノヤローッ!」


 左後方から、澄んだ男の声とともにこちらに勢いよく迫ってくる足音が聞こえた。

 振り返ると、俺よりも年下──おそらく、中学生ぐらい──の明るい茶髪をした少年が剣を両手に飛びかかってきていた。

 俺は咄嗟に血の付いた剣で対抗する。体格差の問題なのか、相手の攻撃はあまりにも軽く、少し押し返すと後方に吹き飛ばしてしまう。


「くっそぉ……うおぉりゃあああっ!」


 すぐに体勢を立て直した少年は、すぐさま俺に襲いかかる。彼の勢いに狼狽えながらも、それを片手の剣で受け止めた。


「ちょ、なんやいきなり! 何してんねんっ!」

「うるせぇ! この人殺しっ!」

「はぁっ!?」


 俺はそのクソガ……少年をもう一度吹き飛ばして、荒々しく剣先を向ける。


「おェよ! 誰がじゃっ!! 俺は誰も殺してへんっちゅうねんっ!」

「嘘つけっ! じゃあ、その剣は何なんだ! それは、の剣じゃねぇか!」

「ゔぇる? 誰やねんそれ!」

「──ラン! やめて!」


 俺たちの口論を遮ったのは、少女の叫び声だった。

 俺と少年が同時に声の方に目をやると、そこには少しだけ青みがかった白い長髪の小柄な少女が佇んでいた。彼女はチェストプレートに、細い腰から伸びる紺色の長丈のスカートに身を包んでいる。少しおしとやかな風貌だが、そこからあふれ出るのは母性に近いそれだった。


「うるせぇ! ニーラは黙ってろよっ! コイツがヴィルヘルムを……」

「そんなの、わからないでしょ! ほら、相手の人だって殺してないって」

「おっ! 話しわかるやつおるやーん! ちょっと嬢ちゃん。1回、このクソガキ何とかしてくれん?」

「誰がクソガキだっ!」

「お前以外おらんやろっ! このドアホっ!」

「なんだとぉぉっ!」

「何喧嘩してんだー、お前らー」


 再び勃発した俺たちの喧嘩に、今度はだるそうにポンタが割りこんできた。


「ちゃうねん! 見てたやろ? ポンタ! なんかコイツがさー、いきなり剣で攻撃してきてん。怖ない? こんな俺にやで? 意味わからんくない??」

「何言ってんだ、お前ー。ソイツの攻撃、楽そうに返してただろー。それに、お前は何をそんなに腹立ててんだー?」


 パーカーのポケットに手を突っ込んだポンタに睥睨される。


「いやちゃうやん! そうやなくて……まぁ……はい……そっすね……」

「はははっ! んだよ、アイツ! 言い負かされてやんの~! ハハハッ!」

「こら、笑わないっ! もとはと言ったら、あなたが何も考えずに攻撃したのが悪いんでしょっ!」


 と、少年は長髪の少女に頭を小突かれる。


「痛った! 何すんだよ、ニーラ!」

「いや。今のはニーラが正しいな」


 少年を諭したのは、少女とは違う少し低い男の声だった。

 視線を彼ら2人の背後に逸らすと、少し大柄の少年がこちらに歩いてきていた。ここにいる子供では一番武装をしていて、チェストにレギンス、アームまで装備を固めていた。


「なんだよ! お前まで、そんなこと言うのか!」

「お前は少し頭を冷やせ、ラン。まずは、あの人達と話さないといけないだろ?」

「…………ちぇっ」


 俺に襲いかかってきたランと呼ばれていた少年は、舌打ちをしてそっぽを向く。

 そんな彼を無視して、ニーラともう一人の少年は、俺の方へと近寄ってくる。

 最初に口を開いたのは、大柄な少年だった。


「すみません。『ラン』が、いきなり斬りかかるようなことしてしまって。僕は『ヴィート』。彼女は──」

「『ニーラ』です。よろしくお願いします」


 ニーラは、軽く会釈をした。


「お、おん。リクトや。ほんで、こいつが『ポンタ』。よろしゅう」

「おい、ホントにその名前にするのかー?」


 ポンタは怪訝な顔でこちらを見てくる。


「え? お前いいって言うたやん」

「……はぁ」


 ポンタは大きく息をつき、あきれた様子で首を横に振った。すると、ヴィートが恐る恐る俺が持つ剣に手向けて、口を開いた。


「あの、失礼ですが、その剣はどこで?」

「あ、これ? 拾ってん」

「どこでです?」

「確か、うちの拠点近くやなかったかな……?」

「……その、なんというか……その剣の所有者らしき人は」

「知らんなぁ。この剣が落ちてた場所、骨ばっかしなぁ……」


 俺が過去の記憶を辿りながら告げると、ヴィートたちは視線を下に落とした。

 そういえば、あの俺に斬りかかってきたガキは、この剣の持ち主がどうのこうの口走っていた。それが関係あるのは、間違いないだろう


「あのさ……この剣って、自分らの知り合いのやつやったりする?」


 2人の顔を伺いながらそう尋ねると、なぜか後ろでへそを曲げていたランが、声をあげた。


「だからさっきも言っただろ! それは、ヴィルヘルムの剣なんだよっ! 柄の部分に名前が彫られてるだろーが!」

「うるさいな、ボケ! いちいちしゃしゃり出てくんな! だいたいな! 俺がこの世界の字読めるわけないやろっ!」

「はぁ? 何言ってんだよ、お前! 字が読めないとか、ふざけてんのか!」

「ちゃうわ! 俺は別世界から来たんじゃ! 言葉は話せても、なんでか字だけは読めへんのじゃ!」

「別世界? なに法螺ほら吹いてんだっ! そんなもんあるわけねぇだろっ!」

「はぁぁぁ~~~~?」


 俺とランの口論はエスカレートしていく。

 子供の戯言だと割り切ればよかった。だが、ランの放つ言葉1つ1つが、どうしても鼻について仕方ないのだ。

 俺は歯を思いきり噛み締めて、剣の柄を握りしめる。


「てめぇ……上等やゴラァ。いっぺんその舐め腐った根性叩きなおしたるわ」

「やってみろよ、返り討ちにしてやる」

「いくぞボケェッ!」

「うらああぁああ!」


 俺とランが地面を踏みしめた瞬間、俺たちの頭に拳骨が振り落とされる。


「いい加減にしろよー。お前の頭は、話ができねぇ下位魔獣と同等かー?」

「ラン! あなたいい加減にして!」

「「す、すみません……」」


 と、リクトとランが地面に蹲り、使い物にならなくなった。

 どうやらここは、オレたちだけで、話し合いをするしかないようだ。

 この世界の人間と話すのは、いつぶりだろうか。オレが言葉を交わした人間のほとんどは、話の通じないバカばっかりだった。そう。それこそ、今地面で小さくなってる2人のように。

 でも、今前に立つ2人は、違うようだ。体から放出する魔力が安定している。敵対意識は感じられない。とりあえず、こいつらのことについて聞いてみよう。だが、今の状況からいきなり本題に入るのは良くないと、遠い昔に話の分かる人間から教えてもらったことがある。

 こういうときの話しはじめは、確か……

 

「あぁ、その……悪カッタナー。ウチノ奴ガ、変ナコトシチマッテー」


 オレは後頭部をかきながら、記憶の片隅にしまってあった定型文を口にした。

 あれ? こんな感じだったよな。


「え? あぁ……こっちこそ、ごめんなさい」


 オレの言葉に対して、ニーナと呼ばれた女が、頭を下げながら答えた。

 何とかなりそうだ。全く、人間というのはめんどくさい。これでようやく本題に入れる。


「それで、お前たちは何者なんだー? なんで、ここにいるー?」

「えぇっと、その……」

「いいよ、ニーナ。俺が話そう」


 そう口火を切ったのは、ヴィートと言われていた男だった。


「俺たちは、ここから東にむかった森の奥にある【リュヘリア村】からきました。そのリクトさんが持っている剣の所有者を探しにきたんです」

「ほー……確か『ヴィルなんたら』とか言ってたなー」

「はい、『ヴィルヘルム』です」

「それでー?」

「えっと……うちの村、武具生産が盛んな村で、ここにいる魔物の素材を使って武器を生産しているんです」


 一瞬眉間にしわを寄せる。

 なら、オレたち魔獣の敵だ。こいつらが、その気を起こす前に消すか……いや、まだそのときではない。今したら、このリクトバカと同じになってしまう。

 ヴィートは続けて、話を進める。


「ヴィルヘルムはその素材集めをしに、この草原で狩りをしてくれていたのですが、ある日を境に行方が分からなくなってしまって……」

「それで、お前らがそいつを探してんのかー?」


 オレがそう聞くと、2人は静かに頷いた。

 にしても、不思議だ。

 人間……いや、生物であるなら、こんなガキだけでこんな場所に向かわせるだろうか? オレが見てきた人間や生物は、子供を守ろうとする性質を持っていたし、そのためなら死をいとわないものだっていた。

 オレは雲一つない空に目をむけ、顎を触りながら「うーん?」と唸う。


「……それで、なんでお前らが探すことになんねん」

 

 ここで、地面に野垂れていた俺が復活し、体を起こす。ようやく冷静さを取り戻すことができた。

 ポンタには世話をかけたと思っているが、まだジンジンと頭部の痛みについては、あとでじっくりと話しあいをしたい。

 頭部を抑えながら胡坐をかき、目線をヴィートたちに向ける。


「今、村の人たちはそれどころじゃないんです。俺たちだってそう。でも、ランがいきなりこの草原に行ったって聞いて、それで急いで俺たちも」

「だから必要ねぇって言っただろ! 俺1人でやってやんだよ! じゃねぇと、父ちゃんと母ちゃんが……」


 いつの間にか復活したランが、俺と同じく胡坐をかいて、そう言葉を吐き捨てる。

 そのときの彼は、下唇を強く噛み締めて、拳を強く握りしめていた。


「……でも、相手は『S級魔獣』だよ? 『E級魔獣』すら倒してない私たちが、倒せるわけ……」


 ニーナが小言を呟くと、ランが勢いよく立ち上がり、彼女の胸倉をつかんだ。


「んじゃ、このままでいいのかよ! ヴィルヘルムがいねぇ今は、レア素材をとれる人間はいねぇんだぞ! それでも、あのクソ領主からは無理な命令されつづけて……でも、俺がここで『S級』の魔獣殺ったら、あいつから──」


 途端、ニーナの胸倉をつかむランを、ヴィートがいきなり突き飛ばした。


「いい加減にしろ! そもそも、領主は最初から期待してないんだ! お前の気持ちをへし折るために言ってるに決まってんだよ! よく考えろ! 『S級魔獣』でもこの草原のヌシ『ファントムフゥリィ』だぞ? お前がそんな大物倒せるわけねぇだろ!」

「ん?」


 ヴィートの怒号を聞いて、俺は思わず声を漏らす。

 俺の聞き間違いでなければ、彼は『ファントムフゥリィ』と言った。そして、俺の記憶違いを起こしていなければ、その名前は、確か──。

 俺は、視線をポンタの方へ向けると、彼女の顔からは何も色を感じられなかった。

 ポンタはゆっくりと足を前に出し、揉める3人のもとへと向かう。


「ぽ、ポンタさーん……ダメだよ、絶対ー。相手ガキだからねー」

「あー、わかってるよー。お前みたい、馬鹿じゃないからなー。でも、こういうのは、わからしておくべきだって、昔会った人間に、聞いたことあるからなー」


 俺はこの世界で、こんな緊張を味わうのは初めてだった。

 例えるなら、そう。俺が小学生のとき、問題行動をして初めて校内放送で、校長室に呼び出された時のような、そんな緊張感だ。

 だが次の瞬間、俺の緊張はそれを見事に凌駕されることになる。


「んだとてめぇ! 決めつけんじゃねぇよ! やってみねぇとわかんねぇじゃねぇかよ!!」

「あー、そうだなー……じゃ、やってみるかー?」


 荒々しいランの声が、静かで起伏のないポンタの声によって遮られる。

 揉めていた3人は、何かを察したように、息を殺しはじめた。

 手遅れだというのに、3人はあたかも潜伏しているかのような動きで、ポンタの方へ顔を向ける。それと同時に、彼らの顔はだんだんと引きつりだした。

 それもそうだろう。俺が当事者なら同じことになる。

 なぜなら、彼らの眼前にいるポンタは、バチバチと音が鳴る電気を収縮したような真っ青の球を右手に掲げ、3人へと見せつけていたのだ。

 この時点で、もうとっくに3人はポンタの正体に気づいているようだった。


「どうだー? やってみないと、わからないんだよなー?」

「「「……ご、ごめんなさい」」」

 

 ──ポンタを怒らせるのは、冗談でもやめておこう。

 遠くから見ていた俺は、そう心に決めた。




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