第7話 The unwritten rules of the village

 森林から聞こえる虫のささやかな音色とは裏腹に、金属が煮えた鈍い音に甲高い金属を叩く音が村中に響いていた。

 もう夜更けにも関わらず、この村は起きていた。

 そんな中、村の一角で突如として異色の音が現れる。

 ──爆発音だ。

 正確に言うのであれば、建物の一部が崩壊した爆発的な音が、村中に広がったのだ。

 村中の人達は、各々の作業を止めて音の方へと、足をむけた。

 そこは、ある名工の家だった。

 建物のドアがつけられていた壁に大きな穴ができていたのだ。その野外延長線上に甲冑の男が倒れていた。

 だんだんと周辺に人だかりができる。次第に騒がしくなり始めていた。

 そのとき、建物の中から一人の男が吹き飛んできた。

 村人たちは、その光景に目を丸める。

 飛んで出てきたのは、村の領主──ルベルトだった。


「な、なんなんです! あなたたちは!!」

「おいおい。さっきの威勢はどうしたんや?」


 彼が情けない声を上げたところで、破壊した壁から俺とポンタが身を乗りだし、ルベルトたちの方へと歩みを進める。

 ルベルトはさておき、甲冑を着た『カイル』という男。彼の力量は確かなものだった。振りかざす一撃一撃が、底が抜けそうになるほど重い。あれが剣でなくても、粉砕骨折は免れないだろう。

 でも、舐めてもらっては困る。こちとら、異世界で──WTFだけど──頂点てっぺん張ってたんだ。簡単に負けてては示しがつかない。それに、俺と共闘するポンタは、あの魔境のヌシ。鬼に金棒とはこれのことをいうのだろう。

 

「おいカイル! 早く立ちなさい! 私を守りなさい!!」

「…………」


 ルベルトが上ずった声で必死に指示するが、カイルは立て膝すら付けなくなっていた。


「ホンマに、なんで異世界の領主ってやつは、どいつもこいつもゴミクズばっかりなんかねぇ?」

「ぐぬぬ……」


 俺は剣を肩に担いだまま、ルベルトに詰めよると、彼は顔をひきつらせ、後ずさりをしていた。


 すると、


「──いいザマだぜ! このクソ野郎が!」


 一つの罵声が飛んできた。見渡すと大勢のギャラリーが俺たちを取り囲んでいた。

 この人数なら、村中の人達全員いてもおかしくないだろう。その中の一人が声を上げたのだろう。それからだった。


「そうだそうだ! 散々俺たちをこき使いやがって!」

「きっと天罰が当たったんだわ!」

「そんなんじゃ足りねぇ! 兄ちゃん、もっとそいつらをいたぶってくれや!」

「そうよ! 私たちの恨みを晴らして頂戴!」


 群衆から「やーれ! やーれ!」とコールが始まった。やはり彼は相当村人から嫌われているらしい。俺は、「ランの父親を脅している」ということしか知らなかったが、彼のこの態度だと、こういう風になることは想像に難くない。


「あ、あなたたち! そんなことしたらどうなるか、わかっているのです? 私は領主ですよ!!」


 領主がそう叫ぶも、もう止まらない。人が集団になった以上、もう止めることはできない。そこに一つの男の声が響き渡る。


「何事だ!!」


 その一言で、群衆は鳴りやむ。

 途端村人が一筋の道を作り、そこから白髪交じりのおじさんがこちらに歩み出てきた。


「おぉ、これはこれは。村長さんではないですか。」

「領主殿。これは一体何事です」

「いえね。私の前に立つこの男が、突然私たちに殴りかかってきたんです」

「はぁ? かかってきたのはそっちやろが!」


 俺が声を荒げると、ルベルトはこちらを見てほくそ笑んだ。まるで、勝利を確信したような、下卑た笑みだ。

 

「村長さん。聡明なあなたにお聞きしますが、この状況をどうお考えです」

「どう……といいますと」

「見ておりませんか? 私をいたぶる彼に、村の者たちは助長をしていたのです。これは、領主である私への冒涜。そんなことをしたら、どうなるか、と言うお話ですよ」


 村長は、視線を逸らして拳を握る。

 その行動の意図は俺にはわからなかった。

 ある村人は言う。


「村長! こいつにされたことをお忘れですか?」

「そうです! 今懲らしめないとチャンスはないんですよ!」


 村長は、さらに拳を握りしめていた。その瞬間、ルベルトは高らかに笑いだした。


「やはり村長、あなたは実に怜悧な方だ。君たちは何もわかっていないのですか? 誰かこの村の金銭面を支えていて、今まで以上の衣類、食料を得られているか。このまま私をいたぶってみなさい。私が「あなたたちとの交渉をしない」と言うだけで、あなたたちは、あの生活に逆戻りなんですよ?」


 村人たちは途端に口をつぐみはじめる。そして、ルベルトの笑みは倍増した。


「それでいいんです! わかっているではないですか? 君たちは私がいないとダメなんですよ! はっはっはっ」


 この短時間で、状況が一変した。


「さて、私は温厚です。一つ私の言うことを聞いてくだされば、許してあげましょう」


 そういって、彼は俺の方へと指をさした。


「──彼を拘束しなさい」


 村人たちは狼狽える仕草を見せるが、しばらくすると2人の村人が群衆から躍り出て、俺の両腕を強く拘束した。


「なんやねん! あんたら!」

「大人しくしろ!」

「コラ、暴れるな!」


 大人二人ぐらいと侮っていた。

 肌で感じる頑丈な筋肉の厚さ。恐らく鍛冶仕事で鍛えられたものなのだろう。暴れたところで、拘束具を付けられているのかと思うほど、びくともしないのだ。


「ふふふ……下民風情が調子づいたところで、所詮結果は同じなのですよ」


 揺曳しながら立ち上がるルベルトは、抑制されている俺にゆっくりと近づく。

 眼前まで来ると、俺の顎を持って無理やり顔を合わせられる。

 俺の目に映る彼は、典型的な悪人の相貌をしていた。


「人間、立場をわきまえることも大事なのです。あなたみたいがお子様が、でしゃばってはいけないのですよっ……!」


 勢いよく振りかざしたルベルトの右拳が、俺の顔面に直撃する。

 少し流して力は逃がしたものの、左頬が熱をもって腫れあがる感覚はあった。

 それからのリンチは激化していった。

 逆頬、腹部、鼻先……一方的に殴られつづけた。


「リクトっ……くっ、おい、てめぇらー、離しやがれっ!」


 遠くから聞こえるポンタの声。助けようとしてくれているらしい。でも、無理そうだ。恐らくあいつも周囲の村人に拘束されたのだろう。


 あぁ……視界がくらんできた。口に血の味が広がる。至るとこで、自分の血液が肌を伝っていた。

 でも、俺はこんな奴のまえで白目をむくわけにはいかない。

 負けたくない。負けてはいけない。こんなやつに負けてたら、俺の勝利のために敗北を味わったやつやこれまで支えてくれた奴ら、何より"ことの"に、どんな顔を見せればいいんだ……!

 負けねぇ……絶対に耐えてやる……っ!

 意識を引きとどめるように下唇を噛み締め、ルベルトを睨みつける。


「まだそんな眼をしますか? どこまで私を……」


 ルベルトは指を二本突き立てた。


「その眼、潰してあげますよ!」


 そういって、突き立てた指を俺の両目へと差しかかる。

 ──その距離僅か数センチのところで、徐々に指が眼球から離れていく。同時にルベルトの体は俺の視界から外れていく。代わりに入ってきたのは、体つきが良すぎる髭面の男──ジェフだった。


 彼がルベルトの顔面を殴り飛ばしていたのだ。


 ルベルトは慣性に従って地面を転げると、白目をむいて動かなくなっていた。


「どいつもこいつも……人んちで暴れるのも大概にしやがれってんでぃ……」


 ジェフは振りかざした拳を握りしめながら、小さく吐露した。

 彼はすぐさま甲冑の男の方へ目を向ける。

「おぅ、デカ物。このバカ領主を持って、さっさと帰りやがれ。お前さんらも、そのバカ野郎を放してやれ」

 

 彼の指示する声には、全く覇気を感じられなかった。

 村人からの拘束が解かれるや否や、俺は地面に体を打ちつけるように倒れこんだ。今までの草原とは違い、地面が硬い土だからか衝撃をもろに受け止め、全身に激痛が走った。

 この世界に来てから、ずっとこんな感じだ。だんだんと力が抜けて、視界が狭くなっていく。


「……リクト! おい、大丈夫かよ!」

「……リクトさん! 大丈夫ですか?」

「……リクトさん、お願い! しっかりして!」

「……お前ら、騒がしいなぁー。こんなんでこいつが死ぬわけねぇだろー」


 微かながらに、少年たちの声が聞こえる。あと最後に話したのはポンタだろう。


「一旦俺の家に運ぼう! お前ら手伝ってくれ!」

「……お前ら、よくそんな面倒くさいことできるなー」


「くそ……ポンタ……ちょっとは、心配、し……」


 ツッコミを言い切る前に、俺の視界は暗転した。


 ◇◇◇


 最初に耳に届いたのは、パチパチ弾ける火花の音。少し年季の入った木材の香りが鼻腔を通りすぎる。

 懐かしい。まるで祖父母の家で目を覚ましたような安心感が、俺の中で充満していた。

 背中に感じる柔らかいが肌触りの悪い感触は、藁だろうか。日本にいた俺なら寝心地が悪くうんざりしていただろうが、石上で数日眠っていた今なら、これは高級ベッドと大差ないほどに心地の良いものであった。


「……んー?」


 体が重い。四肢に何かがのしかかっているようだ。だからと言って、完全に体の自由を封じられているわけではなかった。

 俺は唸り声を漏らしながら体を起こした瞬間息をのみ、暫時思考が止まった。腰から伸びた足の先に、少年たちが突っ伏して眠っていたのだ。


「えぇ? 何しとんの? お前ら……痛っ!」


 俺は頬に鈍痛が走り、咄嗟に頬を押さえた。そういえば、俺は領主からリンチされていた。だが、あまりに殴られ過ぎてからか、それ以降の記憶が本当にない。あれから、どうなったんだ……?


「起きやがったかぃ。このクソ坊主」

「……あんた。ランの」


 顔を向けた先は、火花がはじける暖炉の方。正確に言えば、奥に続く階下──その先に暖炉があるのだろう──から髭ずらの男が昇ってきていた。

 彼からは先ほどの覇気はなく、自身の無力感がにじみ出ていた。


「……怪我の調子はどうでぃ」

 彼は罰が悪そうに口を開く。俺は調子を見るように体を動かした。痛みは残っているが、動けなくなるようなほどではなかった。ふと額に手を当ててみると、麻布のようなもので出血部を圧迫されていた。止血のための手当だろうか。


「なんともなさそうやで」

「そうかぃ」


 その一言を残して、彼は階下に降りようとする。


「ちょっと待って」

「……なんでぃ」

「この頭の包帯。誰がやってくれたん?」

「……俺ぁなんもしてねぇ。感謝するならそこで寝てるやつらにしな」


 そうして彼は、階下へと降りて行った。

 俺はベッドで突っ伏しているランたちを起こさないようにベッドから足を下ろした。どうやら部屋に三台並んでいるベッドのうち、真ん中のもので眠っていたらしい。

 両サイドを見ると片方は空いていて、もう片方には少しやつれた女性が、眠っていた。

 恐らく彼女は、ジェフの嫁……つまりはランのお母さんということになる。

 その瞬間、ランと出会ったときのことが頭をよぎった。

 

『だから必要ねぇって言っただろ! 俺1人でやってやんだよ! じゃねぇと、母ちゃんが……』


 ランのあの発言とこの女性の様相は、なにか関係があるのだろうか。

 そんな疑念を持ったまま、静かに階段を下った。


 パチパチと跳ねる火の粉がちらつく暖炉が部屋を灯し、部屋中が暖色に染めあがる。

 その隅に4人分の木製椅子と同じ材質のテーブルがあり、俺から見て右奥の席には、ジェフが腰を下ろし机上を見つめていた。


「……なんや、おっさん。シケたツラしてんなぁ」

「……うるせぇ」


 俺は嘆息をついて、彼の正面にある椅子に座る。


「……あんた、嫁さんはどうしたんや」

「な、何でぃ! 急に」

「あの領主に言うてたやろ。なにがあったんや?」

「……てめぇには関係ねぇだろがぃ」

「そうやな……でも、俺はあんたに救ってもらった恩がある。あんたの息子──ランにもや。やで、俺はその恩を返したいねん」

「…………」

「俺が手伝えることがあったら手伝う。やから頼む。俺に聞かせてくれ」

「…………」


 ジェフは首を傾げて唸り、葛藤する。

 しばらくその時間が続き、最後に大きくため息をついた。


「……俺の嫁はよぉ。目を覚まさなくなっちまったんでぃ」

「それは……なんかの病気?」

「わかんねぇ。村の医者に聞いても『原因不明』だってよぉ。でもある日、あの領主が言ってきたんでぃ。『嫁の病を治す薬が手に入れられるが、それが欲しければ私に従え』ってよぉ」

「そんでも。ジェフのおっちゃんは、あの領主のもとに下ってる感じやないよな」

「あたりめぇでぃ! 俺にも『鍛冶師のプライド』ってもんがあんでぃ。俺は最高の一振りを生み出すために、極めてんでぃ。それを一定の質のものを量産しろなんて、ふざけてやがるでぃ」

「なるほどなぁ……ほんで、そのプライドと嫁さんの命を天秤にかけられてんのか。おっちゃんは」

「ああそうでぃ。自分で何とかしてみせるでぃ。あんなクソ領主の力なんて借りねぇ」

「……でも、おっちゃん、その目途は立っとるん?」

「…………」


 ジェフは口をつぐんだ。

 俺は思わず額に手を添えた。


「やと思ったけどさ。どうすんねん」

「そ、それを今考えてるんでぃ」

「それで思いつめてもうて、ランに当たり散らかしとるんちゃうん?」

「うるせぇ! じゃあ、お前は何か知ってるんかぃ!」

「聞いたばっかの俺が知るわけないやろ?」

「なら、いちいち言ってくんじゃねぇ!」

「へいへーい。そりゃ悪ぅござんしたー」


 厄介なジジイだ。

 にしても、要は昏睡状態ってことか……そんな病気ってなにがある? 当然医学の知識があるわけではないから、わかるわけがない。

 こういうのって、AEDのような電気ショックを与えたら目を覚ますとかないのか。でもあれは、心肺停止しているときだけで、眠っているなら止まっていないはず。あぁ、何かしら方法はないだろうか。


 そう頭を悩ませていると、入り口が勢いよく開いた。


「おー、リクト。起きたかー」

 そこから顔をだしたのは、薄汚れたポンタだった。


「ポンタ⁉ そいえばおらんかったな。何してたん?」

「なにって、飯の調達だー。腹減ったからなー。そうだー、お前、起きたなら肉焼いてくれよー。あいつら狩ってきたからさー」

「お前さぁ、こっちは"けが人"やで? もうちょい気ぃつかえよ!」

「気を使うって、もう元気だろー?」

「はぁ……はいはい」


 せっかくの屋内なんだから、もう少しゆっくりしたかった。

 ふくれたようすで席を立った俺は、ポンタの方へと向かう。


「あ、ポンタ。ダメはモトモトで聞くんやけどさー。ずっと眠りつづける病気って、この世界に存在するん?」

「はー? 知るかよー。いきなりどうしたー?」

「いやさー。おっちゃんの嫁さんが、そういう病気にかかってるっぽくてー。それを領主が治す薬を出しに、おっちゃんを脅してるんやってー」

「嫁って、お前の隣にいた女かー?」

「そそ。知ってたんか」

「あー。あれ、病気なんかじゃなくて、ただの『呪い』だぞー」

「……は?」






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