第3話 Phantom Furly → Strolling around
今、俺は生きているのだろうか。その実感があまりにもない。
だが、背中にあたる地面は冷たいし、澄んだ空気の味もする。
ただ、俺の中でその疑いが晴れないのは、仰向きのまま開けた目線の先に、光沢を放つ巨大銀狐がビルのように聳え立っているからだ。
「で、デカっ!?」
声をあげて勢いよく体を起こすと、腹部に刺すような痛みが走る。
「おい、無理するなよー。さっきまで死にかけてたんだからー」
「死にかけ……ってことは、やっぱ生きてんねや」
俺はそう呟きながら体中を見渡す。
不思議なことに自分の体を見ると、傷がきれいさっぱりなくなっていた。穴が空いた腹も、全身に負った打撲すらもなかった。
未だに現実とは思えない。空気は肺に入り込む感覚は確かにある。──つまり生きているという感覚は確実にあるわけだが──それと同時に、鮮明に残っているあの痛み。地面を転がって体を打ち付け、鋭利な角で一突きされた腹部への激痛は、吐きそうになるぐらい鮮明に思いだせる。
「そーだなー。オレは死んだと思ってたけどなー」
狐は毛づくろいする。
そういえば、この狐はなんだ。先ほどの黒馬とは違い、言葉は通じるし敵意があるようには見えない。
「なぁ、あんたナニモンや? 俺をどうするつもりやねん」
俺はしゃべりながら剣を顕現しようとするが、現れる様子はない。あの戦闘で剣が壊れたことを忘れていた。
つまり今の俺は丸腰。襲われたら、もう助からない。
「まー、そんな警戒するなよー。もともと殺す気なんてなかったしなー」
「殺す? ……どういうことや」
「言われたんだよー、お前が倒れてる間に『お前を守ってほしい』って」
「は? 誰にや」
「お前の『守り神』って言ってたなー。ほら、お前の首にぶら下がってるそこからでてきたんだー」
俺は胸元に目を移すと、ボロボロの神社のお守りがあった。
これは、俺が幼少期から肌身離さずつけていたお守り。あの馬との戦闘で、無くなってしまっていたと思ったが、無事だったようだ。
それはそうと、この狐は不可解なことを唱えていた。
俺を助けたのが、このお守りだという。こんなもの、あまり言うものではないが、ただの物だ。気休めとして持っているものであり、これそのものには何もない。
「……お前、頭おかしいんか?」
包み隠すこともなく、思わずその言葉が漏れる。
「まぁ、お前がどう思おうがどうでもいいんだけどなー」
銀狐は大きく欠伸をする。
「なんか、お前適当すぎん?」
「もうだるいんだよー。最近面倒な人間に絡まれるし、さっきのヤツには『お前を助けないと殺す』って脅されるしなー」
「……?」
俺は傾げた首が戻らなかった。
「それは置いといてさー、お前。これからどーするんだー?」
銀狐にいきなりそう訊ねられ、頭を悩ませる。
まず、頭の整理が必要だ。ここはどこなんだ。俺がいた日本とは別世界なのか。というか、そもそもこの狐はなんなんだ。
考えが纏まらない。この短時間ででてくる情報が多すぎる。
何から手をつければいいんだ。変な焦燥感が襲ってくる。
「……なに悩んでんだー?」
「あかん……情報が多すぎんねん。そもそも、お前はなんやねん」
「あー、オレか? 人間には確か『ファントムフゥリィ』って言われてたなぁー」
「ふぁん、と……? あー、アカン、長い! 『ポンタ』でいい?」
「ぽん……? なんか、バカにしてないかー?」
「ちゃうちゃう! 愛称や! なんかアカンか?」
「まぁ、別にどっちでもいいけど」
その狐は無気力に応える。
「じゃあ、ポンタ。ちょっと聞きたいことあるんやけど」
「んー? どうしたー?」
俺は体を起こした体勢から、狐改めポンタの方に体を向けてあぐらをかく。
「この世界はなんなんや。まずそこから、教えてくれ」
漠然とした質問に、ポンタは顔を歪ませる。
「知るかよ、そんなのー。まぁ、少なくともお前がいた世界とは別の世界ではあるらしいぞー。さっきの奴がいってた」
「また出た、謎人間。まぁ別世界ってことだけはわかったけど……あっ!」
俺は目を大きく開け、額に強く手をあてる。
大事なことを忘れていた。
こんな散々なことがあったから、仕方ないというべきなのかもしれないが、それを理由にしたくない。そんな情けない自分が悔しくて嫌悪を覚える。
俺はすぐさま身振りを大きくつけながら、口を開く。
「なぁ、この辺りで黒髪の女倒れてへんかった? ここら辺の髪の長さで、ほんで……」
「あー、話にきいてた女かー。名前は確か、『ことの』だったかー」
「えぇ!? お前どこまで知ってんねん!」
俺の大声を浴びたポンタは、怪訝な顔を見せる。
「いちいち反応がでかいなぁ……そうだなぁ、お前の名前とこの世界に来るまでの流れとその女が途中で別れたってことと、今そいつを探してるってところぐらいか。あと、お前があっちの世界ではそこそこ強い方だってことも聞いたなー」
「そっか。ほんなら、もしかしたらここじゃなくて別の場所に落ちたかもしれんのか……それはそうとして……」
俺は眉をしかめて、右ひざに頬杖をついた。
「そこそこってどういうことや? 俺のこと、ナメてんな?」
「あーもう、そういうので噛みついてくるなよー。めんどくさいなー」
ポンタは嘆息をついて、体を丸めるように寝そべる。
「それで、もういいかー? 動くときになったら教えてくれー、オレは寝るー」
「ちょい待って。もう動く!」
そう言ってその場を立ち上がり、全身を伸ばした。
体はホントに元どおりで、調子もいい。もういつでも動ける状態だ。
だが、ここを出ればまたさっきの地獄。あの場所に戻ると思うと不安が押し寄せ、体の筋肉を収縮させる。
一つ一つの動作が重たい。呼吸をしている心地がしない。
「もう大丈夫」とあれだけ唱えても、結局心の底は覚悟を決め切れていなかったかもしれない。
俺は大きく息を吸い、両頬を強くはたいた。
これでもう大丈夫。今はもうとまっていられない。
「とりあえず、ここ周辺をもう一回探しまわる。それでおらんかったら、いろんなところに行って聞きまわるんや。けど、それに加えて一個やらなアカンことがある」
「んー? なんだー?」
俺は左拳を見つめ、強く握りしめる。
「リベンジや。あの馬……今度は勝つ! 勝ち越しは絶対にさせへん!」
「……あぁ、『ディボエラ』のことかー。あいつ、すぐ絡んでくるからめんどくさいんだよなー」
ポンタは俺の士気を下げるかの如く、大きな欠伸をする。
「っしゃ! 行くでポンタ! 善は急げや!」
「おい、待て待てー!」
勢いに乗った俺をポンタはなぜか引き留めてきた。
「なんでやねん! 今行く流れやったやろ?」
ポンタは大きく息を吐く。
「オレはいいけど、お前は武器ってやつがいるだろ? どうするんだよー」
俺は返すように、ため息をついた。
「ポンタ君わかってないねぇ。まずは、ことの探し。ほんで武器探しやろ。それぐらいはわかってくれないとさぁ」
「いや、わかるか!」
ポンタは体を起こし、再び息を漏らす。
「……そういうことなら、オレのこの体は目立つなー」
そういうと、ポンタは発光していた体をさらに輝かせた。
俺は眩しくて思わず手で目を隠す。瞼と指の間から微かに見える狐の体は、だんだんと小さくなっていった。
やがて光は落ち着き、明かり代わりだったあの輝きがなくなり、明かりは遠い出口から見える僅かな光のみ。ほとんど何も見えなかった。
「おい、ポンタ! どこいった? 見えへんぞ?」
「あー、この体。こうなるんだよな。確かこの辺に……」
と、いきなり暗闇に黄色い魔法陣が浮かび上がり、そこからある方向に一筋の青白い稲妻が走る。
そこには焚火がおいてあり、だんだんと燃え上がる木は、周囲を照らしはじめた。
「これで見えるようになったなぁ……あれ、もう木、少ないかー? またとってこないとなー。よし、またせたなー。行けるぞー」
「あぁ、ポンタ。そこにって、おぉ!?」
俺は声の方をむき、反射的に目を逸らした。
そこに立っていたのはあの狐ではなく、人間……いや、人の形をしたこれは、獣人? 俺にはわからなかったが、重要なのはそこではない。
見間違いではないはず、もうこの間2,3度は横目で見ている。
細い腰回りから伸びるすらりとした2本の生足に気持ちばかり膨らんだ胸元。そのすべてが、露わになっていたのだ。
「お、お前! なんで服着てへんねん!」
「服? あー、あれ窮屈なんだよなー。なんか気持ち悪いし」
「いやいやいやいやいや! それはえぐいって! 一緒にいる俺がなんか思われるから」
「別に気にしなくていいだろー。なんだー? もしかして、オレの体で興奮してんのかー? 人間ってのは、なんでこう──」
「うるさい、シバくぞ! もうなんでもええから、はよ着てくれ!」
「とは言われても、服ないしなー。仕方ない、あんまりしたくないけど、あれするかー」
そうぼやく声が聞こえたのち、ポンタの方から、青白い光が溢れだす。
光が落ちつき、おそらく大丈夫だろうと視線をポンタに戻す。
「どうだ? これならいいだろー?」
と、両手を広げて見せつけてくる。
「お前は、上を隠さんのか?」
ポンタは腰周りの謎の布で隠していたが、上は完全にあらわになっていた。
「なんだー? まだなんかあんのかー?」
「いや、大アリやな。てか、その布はどうしたん?」
「ん? これ、オレの魔力で層を作ってるだけだぞー」
「魔力? そいえば、さっきの雷といい、この世界は魔法が使えるんか」
「あー。そういえば、お前の世界は使えないんだっけか?」
「それも知ってんのかい」
ポンタの言い方から察するに、この世界では魔法が使えるのは常識らしい。もしかしたら、そうではないのかもしれないが、少なくとも魔法は存在し、それを使うものは存在するということ。ということはつまり……。
俺は自分の左手を見つめる。
「お前、もしかして魔法使えると思ってるかー?」
ポンタが腕を組みながら、問いかけてきた。
「なんや? 使えんのか?」
「無理だろうなー。お前から魔力が一切感じられないからなー」
「えぇ!? ガチィー!」
俺は膝から崩れ落ちる。
……魔法が使える世界で魔法使えんのかい……。
「それで、いつ行くんだー? もう行かないなら、オレは寝るけど?」
「いや、だから服!」
「めんどくさいなー、じゃあどーすればいいんだよ」
「どうすれば、かぁ」
そう言われると、難しかった。
服に関して全くの関心がないことに加え、女の服なんてわかるわけがなかった。それに、この世界の服装なんて、わからないのだから、相応の服を提案することもできない。──というか、説明もできないだろう──。
癖で携帯を取り出し、検索エンジンを開けるが、繋がるわけがない。
万事休すかと思ったところで、あるアイコンが目に入り、はっとなってそのアイコンをタップする。
──写真フォルダだ。
ここには、普通の写真だけでなく、WTFでのスクリーンショットが保存されている。そこには、ことのや他のゲー友とのものもある。これを参考にすればいいかもしれない。
何回かスクロールしたところである画像が目に止まる。
それを全表示させて、ポンタに見せた。
「こ、こんな服はどうや?」
ポンタの方を、直視はできなかった。
「なんだこの板はー? 中の奴ら、全く動かないし、何が起こって」
「ええから、はよしてくれん?」
「はぁ、仕方ないなー」
するとまた、ポンタが光りだし、数秒するとそれは収まった。さっきのこともあったから、俺は恐る恐る顔を向ける。
「……おぉ、ええやんええやん」
変身したポンタは、白い大きめのフードつきパーカーで上を覆い、その裾の下から黒いショートパンツが垣間見える。そして、首には何も繋がっていないヘッドホンが下げられていた。
初めて直視したポンタの髪は白くて短く、さらに狐耳が2つ生えていた。
そんなポンタは、自分の服を見てそわそわする。
「これで、本当にいいのかー?」
「おん。少なくともさっきのよりは」
「ふーん。ま、ならいいかー。もう行けるよなー?」
「おぅ、ほないこか!」
俺は、光さす洞穴の出口へ軽い気持ちで重い足を進めた。
◇◇◇
出発して約1時間。
「やっぱおらんかー」
「そうだなー。多分いないんじゃないかー」
阿鼻叫喚の中、俺たちはことのと武器の捜索を続けていた。
慣れというのは怖いもので、この気分が悪くなる悲鳴なども、最初よりも怖くなくなっていた。
道中死体とともに剣が落ちていることが多かったため、ここに来て手に入れた亜空間収納にしまっていった。
だが、それより気になっているのが、周りの魔獣の様子だ。
俺たちに目を向けているのだが、襲ってきそうでもなく、むしろ怯えているようだった。
おそらく、その原因はポンタ。魔獣たちの視線の先は大体、こいつに集まっている。
もしかすると、この一帯では敵なしなのだろうか。
そんな深読みに、思わず唾を飲み込んだ。
「なぁリクトー」
「なんや?」
「こっちきてみろよー」
両手をパーカーのポケットに突っこんだポンタが、草むらを見つめながら俺を呼んだ。
様子を見にいくと、一本の綺麗な剣が落ちていた。
それは刃こぼれもなく、少し刃に触れるだけで切り裂かれそうなほどの業物のように見える。この状態からして、恐らく所持者の手から離れて時間は立っていない。最近このあたりに訪れたものであることは間違いないが、もし持ち主が死んだとしても、周りにあるのは白骨遺体ばかりでそれらしきものはない。
となると、魔獣に怖気づいて武器を捨てて逃げた可能性が濃厚だろう。
まじまじと俺が刃先を眺めていると、ポンタが口を開く。
「多分、これならディボエラも斬れると思うぞー」
「それほんま?」
「ここで嘘ついてどーすんだー。まぁ、オレの魔法少し付与した方が安心かもしれないけど」
俺は剣を見てみると、柄の部分になにか刻まれていることに気づく。
英語の筆記体みたいに見えるが、それが何を意味しているのか、そもそもそれが英語なのかすらわからなかった。
「ポンタ、これ何書いてんの?」
「は? オレが人間の文字なんて読めるわけないだろー?」
「それもそうか」
俺は解読を諦め、軽く素振りをしてみる。
剣の中では軽い。WTFの頃から少し重量感のある剣が好きな俺からすると、あまり体には馴染まないが、それでも今の護身用としては十分すぎる業物だった。
「まぁ、一旦回収しときますか」
俺がその剣を手にすると、剣は粒子状になって消えていった。
それを見て、ポンタはつり目がかった瞳をこちらに向ける。
「お前、その能力はなんなんだー? 魔法じゃないよなー?」
「知らん。なんか使えるようになっとった」
「どういうことだー?」
「だから、知らんて!」
と、その時
「ブボオオォオォォオオォォ!」
荒々しい獣の声が上がり、すぐさま顔をそちらに向ける。
目線の先にいたのは、2頭の黒牛。俺が北海道で見た牛の3倍以上ある巨体に尖った角を生やし、鼻からは本当に白い蒸気のようなものが勢いよく吹き出ていた。
WTFでこんなモンスター幾度と倒してきたから余裕と思っていたが、さっきのディボエラとの戦いが断続的に過ぎり、筋肉に緊張が走る。
「あー、そういえば今日の夕飯まだだったなぁー。久しぶりに食うかぁー」
「そっか、夜飯ないんか。ポンタあの牛美味いん?」
「あれは美味いぞー。一時期ハマって2日に1回は食べてたなー」
「ほぉ。それは食べてみたいもんやな。今手に入れた剣の試し斬りついでにいてまうか!」
俺は口角をあげながら左手に光の粒子を集め、さっき拾った剣を顕現させた。
柄を握りしめ、腰を低く構える。
「なぁポンタ。どっちが速く倒せるか勝負せぇへん?」
「はぁ? めんどくさい」
「なんでやねん。ノリ悪いのぉ」
「知るかよそんなのー。第一、オレとお前だと相手にならねぇと思うぞー」
「おぅおぅ、言うやんけ。その言葉、後悔させたるからな……」
静かに息をのんですぐ「ブボオオォオォォオオォォ!」と叫ぶ声を合図に、俺とポンタは地面を蹴った。
◇◇◇
「うんま! なにこの肉⁉」
「あー、安定だなー」
日はもう沈み、月明りが照らしはじめた頃。
俺たちは、拠点である洞穴へと戻って焚火を囲い、狩猟した牛二頭の肉をこんがり焼いたものを食らいついていた。
その肉は、日本の食卓で出る肉とは明らかに違っていた。
口に含んだ瞬間、肉の油がジュワっと広がるや否や、身が蒸発するように溶ける。
食レポとしては、テレビ番組でよく使われるありきたりな言葉だが、これが一番適していた。高級焼肉店に行ったことがないからわからないが、恐らく高い肉はこんな感じなのだろう。焼き肉のタレがあれば、もっと美味しいはずだが、あいにくここにはそんなものはない。それでも、この味に飽きることはなかった。
口の周りにつく油なんて、気にせず俺とポンタがどんどん口に運んでいった。
「はぁ、うますぎやろコレ……てか、白米ほしいー……」
「うまいだろー? これ毎日食えちまうんだよなー」
「うわ、わかるわー」
俺が手を差し伸べるとポンタと手がぶつかる。
残る本数は、1つのみ。俺とポンタは顔を見合わせた。
「この1本、俺でいいよな? 牛の勝負勝ったし」
「いやいや、あれはほぼ同時だっただろー? それにオレの方が速かった」
「いやいやいや、おたく、何を言うてるんですか? これは俺に譲っといたらまるいんちゃいますん?」
「それはこっちのセリフだなー」
俺たちはお互い血相を変えて、立ち上がる。
「そもそも、お前何本食べてんねん! 俺より食べとるやろ!」
「いーや、オレはそんなに食べてねーよ! なんなら、お前の方が1本多い!」
「ふざけんな! そんなわけあらへんわ!」
お互い息を荒げ、一度口論を止める。
「このままじゃ、話にならないなー……やるか?」
ポンタがこちらを睨んでくる。
「おう、ええで。こっちも本気でやるしかないみたいやな」
俺は肩を大きく回した。
こうなった以上、やることは決まってる。
俺たちはお互い向き合い、低い体勢を取る。約数秒間の静けさのあと、大きく拳を振り上げた。
「「最初はグー! じゃんけん、ポン!!!」」
俺は勢いよくグーを出し、ポンタはパーを出した。
「なんでやねん!」
そう叫びながら、崩れ落ちる。
「残念だなー。お前が決めたルールだぞー。こういうときは『じゃんけん』で決めるってな。案外いいもんだなー、『じゃんけん』ってのは」
自慢げに俺を見下ろすポンタは、最後の肉を手にとって大きくかぶりついた。
目の前にある最高の食事が、1かけらずつ消えていく。それを見届ける俺は、きっと酷い顔をしているだろう。ポンタに物乞いのように手を差し伸べながら、最後は地面に倒れこんだ。
仕方がない。『じゃんけん』は俺が決めたルールなのだから。ことの探しに出る前、ポンタとある約束を決めていた。それはもし、話がつかないようなことがあれば、『じゃんけん』で決着を決めようということだ。この方が平等で、仕方がないと割りきることができる。
ポンタは『じゃんけん』というものを知らなかったため、軽く説明をして何度が練習をした。そのときは俺が勝ち越していたのに、今回ので並ばれて、それに肉も失った。1つの負けに、こんなにくらうとは思ってもいなかった。
俺は倒れこんだまま、ポケットにあるスマホを取り出し、画面を見つめる。もはや、この動作は無意識にやってしまっているため、なんの目的もない。
画面に表示される『9:28』を見るに、もう時間はあてにならないだろう。ただ、昼と夜の時間を反転させれば、それなりの指標としてつかえるかもしれない。
すると、画面に『バッテリーが20%以下になりました』と表示される。
──充電しないといけない。
そう思い体を起こすが、ここにはケーブルなんてものもなければ、コンセントすらない。つまり、充電する
もうこの携帯が使えるのも充電が切れるまでか、と悟りつつスマホを眺めていると、ポンタが携帯を覗いてきた。
「さっきも言ったけど、これなんなんだー?」
「ん? まぁ、うちの世界にあった便利グッズやな。これさえあれば何でもできんねん」
「へー。触ってみてもいいかー?」
ポンタがそう許可を求める。何事にも無関心そうなやつだと思っていたが、そういう訳ではないらしい。
もう充電がなくなればただの板だ。そうなるまでに少しでも異文化交流させてやってもいいだろう。
「どーぞ」
俺はポンタに差し出し、受け取った瞬間。
──ポンッ……
携帯から短音が鳴った。
「お? なんか、音がなったぞ?」
今の音、もしかして……。
俺は画面をのぞき込むと、画面に充電中のマークが表示されていた。
「ポンタ、ちょっと俺に返して」
「はいよー」
俺の手元に戻ると、充電のマークは消えた。
「おっけ、ポンタいいよ」
「なんだー?」
再びポンタのもとに戻ると、またもやポンッと音がなって画面に充電中のマークが現れた。
俺は短く息を吸い、ポンタの肩に手を置いた。
「……お前って、もしかしてモバ充?」
「なんかお前、バカにしてないか……?」
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