第42話 次のステージへ(最終話)
――三月中旬。
ストーカー事件が解決してから、一月が経過した。
俺たちには、日常が戻ってきた。
「行ってきまーす!」
「じゃあ、優里亜を送ってくるぜ!」
優里亜ちゃんが、保育園へ出発だ。
沢本さんがピンク色の軽自動車を運転して、祖母の家の駐車場から保育園へ向かう。
祖母がキッチンで食器を洗い始めたので、俺と御手洗さんは、朝食の片付けを手伝う。
洗った食器をきれいに拭いて、食器棚に戻す。
「まあ、まあ、二人ともありがとう!」
「どういたしまして!」
祖母は、沢本さん、優里亜ちゃん、御手洗さんを可愛がっている。
孫娘やひ孫感覚なのだろう。
ストーカー若山拓也の事件は、ニュースになった。
ワイドショーで大きく取り上げられたが、次の日には芸能人の不倫事件が起きて、ワイドショーは連日不倫した芸能人を追いかけ回した。
次のニュース、次のニュース、次のニュース。
テレビでも、インターネットでも、新しい『ネタ』が次から次へと消費された。
そうして、一月たった今では、ストーカー若山拓也の事件など、世間では忘れ去られてしまっている。
事件の直後、鉱山ダンジョンには規制線が張られ、現場検証の為に二日間入場が禁じられた。
だが、規制線が取り払われて入場がOKになると、何事もなかったかのように冒険者たちが鉱山ダンジョンに潜った。
冒険者がうちの鉱山ダンジョンに潜るおかげで、借金は返済され、祖母の収入は激増した。
税理士を雇わなければ、大変なことになりそうだ。
俺は特におとがめを受けなかった。
ダンジョン省の片山さんが、方々に掛け合って『何もなかった』ことにしてしまったらしい。
片山さんいわく――。
『スキル【ドロップ★5】持ちの冒険者が刑務所に入ったら、日本の大損失ですよ! だから、何もなかったんです!』
――だそうだ。
だから公式には、俺たちが捜査に協力して、ストーカー若山拓也を鉱山ダンジョンに呼び出し、警戒していた警察がストーカー若山拓也を逮捕したことになっている。
片山さんには、感謝しかない。
俺は感謝の気持ちを込めて、片山さんの肩をもんだ。
肩だぞ!
あくまでも、もんだのは肩だ!
「天地さん。そろそろ準備しましょう」
御手洗さんには、ご褒美をもらった。
ご褒美が何であるかは、二人の秘密だ。
ただ、御手洗さんとは非常に親密になったといえるだろう。
「天地さん! 早くしないと時間がなくなりますよ!」
「はい! わかりました!」
普段の態度は変わらない。
俺は御手洗さんによく叱られている。
愛情表現の裏返しなのだろう。
今日から俺たちは、お隣の神奈川県にあるダンジョンに潜る。
日本政府からの依頼で、スキル【ドロップ★5】で何がドロップするのか極秘に調査して欲しいそうだ。
ダンジョン省の片山さん経由で入ってきた仕事だ。
俺たちのレベル上げにもなるので、一石二鳥!
目的のダンジョンは、祖母の家から車で一時間ほどの場所にある。
沢本さんの車で移動だ。
支度を調えて、祖母の家の前で待っていると、沢本さんが戻ってきた。
「お待たせ! 行こうぜ!」
沢本さんのピンク色の軽自動車に乗って、現地へ向かう。
高速道路へ向かう途中、大きな公園の前を通った。
桜の木にちらほらと、花が咲き出している。
「今度の休みは、お花見に行こう!」
俺は、沢本さんと御手洗さんを花見に誘う。
二人とも嬉しそうに、俺の誘いにこたえる。
「いいな! 片山さんも誘うぜ!」
「お花見良いですね!」
沢本さんは、生活が安定して笑顔が増えた。
娘の優里亜ちゃんも、新しい保育園でお友達が出来て、毎日元気だ。
御手洗さんは、すっかり落ち着いて、ストーカー事件など、まるでなかったようだ。
彼女の中では、もう、終ったことで、次へ進もうとしているのだろう。
俺は冒険者がすっかり板について、ニートで引きこもっていた面影は、もう、ない。
政府から依頼も来て、次の活躍の場を得た。
これからも色々なダンジョンへ行くことになるだろう。
時間は止まらないから、俺も歩みを止めないようにしよう。
高速道路を一時間ほど走ると、目的地が見えてきた。
港と大きな街が、フロントガラス一杯に広がる。
ピンク色の軽自動車が、街へ吸い込まれて行った
――進め! 次のステージへ!
―― 完 ――
◆------------作者より------------◆
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