第41話 任務終了

 俺の振り降ろしたナイフ★4『縦横無尽』は、ストーカー若山拓也の喉に突き刺さった。


「グッ!」


 ストーカー若山拓也が、痙攣し、声なのか何なのかわからない音を発した。

 ダンジョン省の片山さんが悲鳴を上げる。


「駆さん! 何をしているんですか!」


 俺は御手洗さんを見た。

 御手洗さんは、俺の行動――ストーカー若山拓也を殺害しようとしたことに呆然としている。


「御手洗さん。俺は御手洗さんに感謝してるよ。御手洗さんと一緒にダンジョンを探索できて良かった。一緒にトレーニング出来て楽しかった」


「天地さん……」


 ニート生活でダメダメだった俺が、冒険者として頑張れたのは、片山さん、沢本さん、そして御手洗さんがいたおかげだ。

 本当に楽しかった。


 三人とも俺の大切な仲間だ。

 好きな女性だ。


 だから、何とか御手洗さんに幸せになって欲しいと思った。

 そう、思ったら、ナイフを振り降ろしていた。


「俺が手を汚せば良いと思った。それで、好きな女性が安心して暮らせるなら良いと思ったんだ。だから、俺が刑務所に行くよ」


「そんな……」


「御手洗さんは、安心して暮らしてね」


 ばあちゃんは、泣くだろう。

 父も母も悲しむだろう。


 だが、好きな女性を助けるために手を汚したのだ。

 ひょっとしたら、俺の気持ちをわかってくれるかもしれない。


 俺は機動隊員さんたちの方へ向かった。

 両手を揃えて前へ出す。


「お手数をおかけします」


「……」


 機動隊員さんたちは、沈痛な面持ちをしている。

 隊長さんが、無言で手錠を手にし、俺の腕を取って手錠をはめようとした。


「ヒール!」


 緑色の光がダンジョンの坑道を照らす。

 振り向くと、御手洗さんがストーカー若山拓也に回復魔法ヒールをかけていた。


 俺がストーカー若山拓也に与えた喉の傷が、みるみるうちに癒やされていく。

 緑色の光が収まった時には、完全に傷が消え、ストーカー若山拓也は気を失ったまま、静かに呼吸をしていた。


「御手洗さん!」


「……」


 俺は御手洗さんに駆け寄った。

 御手洗さんは、無言でジッとストーカー若山拓也を見ている。


 やがて、御手洗さんは立ち上がり、俺を見つめた。


「天地さん。ありがとう」


「いいの?」


 あのまま、放っておけば、ストーカー若山拓也は死亡しただろう。

 そうすれば、御手洗さんは、何の心配もなく生活が出来た。

 だが、御手洗さんは、ストーカー若山拓也の傷を癒やしてしまった。


 俺たちの周りは、機動隊員さんたちに囲まれている。

 もう、ストーカー若山拓也を害するチャンスは無い。


 御手洗さんは、優しく微笑んだ。


「良いんです。あんな人よりも、天地さんの方が大切ですから。私は、もう、大丈夫ですよ」


『もう、大丈夫』


 御手洗さんのこの言葉を聞けて安心した。

 それに、御手洗さんは、俺のことを『大切』と言ってくれた。

 それだけで、報われる。


 だが、俺がストーカー若山拓也を害したのは事実で、機動隊員さんたちに見られてしまった。

 この事実は、取り消すことは出来ない。


 結果的に、ストーカー若山拓也は助かり、生きているが……。

 俺は罪を犯したのだ。


 俺は再び機動隊員の隊長さんに腕を差し出した。

 だが、隊長さんは、俺の横を通り過ぎて、気を失っているストーカー若山拓也に手錠をかけた。


 なぜ、俺を逮捕しないのだろうか?


 俺は隊長さんの背中に問いかける。


「えっ? どうしてですか?」


 隊長さんは、部下の機動隊員さんたちに指示を出し、ストーカー若山拓也の身柄を鉱山ダンジョンの外へ運び出そうとしていた。


 隊長さんが、俺に振り向く。


「我々が命じられたのは、ストーカー若山拓也の身柄確保と、みなさんの身の安全を確保することです!」


「……」


 隊長さんは、何が言いたいのだろう?

 俺は隊長さんの言いたいことがわからず、次の言葉を待った。


 隊長さんは、一呼吸置いてから俺と片山さんに告げた。


「それ以外は、命じられていません! 後は、ダンジョン省の片山さんに処理をお任せします!」


 隊長さんはニヤリと笑うと、俺たちに敬礼をした。

 回れ右をして部下の機動隊員さんたちに指示を出す。


「任務終了だ! 引き上げるぞ!」


「「「「「ハイッ!」」」」」


 ストーカー若山拓也は、両脇をガッチリした機動隊員さんに挟まれて、気を失ったまま坑道を担がれて行った。


 俺、ダンジョン省の片山さん、御手洗さんが、鉱山ダンジョンの坑道に残った。

 俺は片山さんに謝罪する。


「片山さん。すいません。面倒な後処理をお願いすることになって……」


 俺が詫びると、片山さんは腕を組んでツンとした態度をとった。


「ええ、面倒ですね。駆さんは、ヒドイですよ! あそこでナイフを振り降ろすなんて! 厄介なことになったじゃないですか!」


「本当にすいません」


 俺の扱いは、どうなるのだろう。

 機動隊の隊長さんの口ぶりでは、穏便に済ませてもらえそうだが……。


 御手洗さんが、不安そうな口調で、片山さんに俺の処分を聞く。


「天地さんは、どうなるのでしょう?」


「大丈夫ですよ! 悪いようにはしません! 任せて下さい!」


 片山さんは、笑顔で請け負ってくれた。

 これはお任せして大丈夫そうだな。


「「よろしくお願いします!」」


 俺と御手洗さんは、片山さんに頭を下げた。


「オーイ!」


 沢本さんだ!

 ダンジョンの入り口から、こちらへ駆けて来る。


「警察から聞いたぜ。終ったんだってな! 良かったじゃねえか!」


 沢本さんが、御手洗さんの頭を乱暴になでる。

 沢本さんらしいな。


 とにかく終ったんだ。

 ホッとして、大きく息を吐いた。


「何だよ、カケル! デカイため息だな!」


「色々あったんだよ」


「ふーん。何があったか知らねえけど……、カケルのパンツはなぁ……、お尻のところ破れてるぜ?」


「えっ!? ウソ!?」


「マジだよ!」


 俺たち四人は、大笑いした。

 鉱山ダンジョンの坑道に、楽しい笑い声が響いた。

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