最終話 ぬくもりの愛


 ふたりの笑顔を見ていると、心がほっこりと温まる。


 ああー羨ましい…………。


 こんな素敵な夫婦になりたいと思わずにはいられない。奥様の顔には主人からのいつもの冗談を軽く受け流せる余裕があり、旦那様を温かく見守る姿が理想的な夫婦像を描いていた。突然、ふたりの恋の馴れ初めの話が気になってきた。どう見ても、ひと回り近く歳が異なり、生まれ育ったお国柄も遥か彼方に遠く離れた夫婦だ。


「ご主人、ほんにえがったら、教えでください。ひとづだけ。おふたりは最初さ、どんな感じで出会ったの?」


 職人の主人と同郷ということもあり、遠慮も無くなっていた。敢えて方言を交えて聞いてみた。一瞬、彼は下を向き、気づかないフリをしたが、突然にガハハハッと笑いだし、ここだけの話だと言いながら口を開いてきた。


「そ、 そりゃあ……。おら、言い寄られでしまってなあ」


 きっと、嘘ばっかりだろう。けれど、奥様も堪えきれずに笑っている。彼女曰く本当は主人がベトナムへ遊びに行った際に声をかけていたらしい。異国の旅先での出会いなんて運命的な香りすら感じてしまう。


「またあ──。父ちゃんたらそんなことばかり言って噓つき。本当に嘘つきなんだから。あんたの方から口説いてきたくせに……。」


 彼女の言葉にはほんわかする空気が漂い、少しだけ辛口の薬味が効いていた。主人は照れながら、奥様の顔を見ながらぼそぼそと呟いてくる。


「まあ、どっちでもえーがな。心がら感謝してらがら。母っちゃ、どうもな」


 ご両人を見て、さらに羨ましくなっていた。 大人の恋愛はニワトリさんと違い、どっちが先か後かなんて関係はない。ふたりの恋はこの上ない熱い愛になっているのだから。微笑ましい夫婦に、私は思いがけなく頬を赤らめて、ぼそつとひとり言を漏らしていた。


「ああ、美味しかったわ。ごちそうさま」


 私もこんな夫婦になりたい。


 もう一度恋を探そうかな……。思い浮かぶのは初恋の彼の顔だ。彼は都会のどこかで何をしているんだろうか。優しい笑顔がぼんやりと浮かんでくる。思い出させてくれたのは、秋田食堂の温かくて美味しい料理だった。


 都会の片隅で国境を越えた愛に出会い、親子丼の温もりを心に刻み込みながら店を後にした。



《 完 》


 最後まで読んでくださりありがとうございます。心から感謝申し上げます。 もしご意見や感想がありましたら、お聞かせください。


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ふんわりどんぶり「秋田食堂」 神崎 小太郎 @yoshi1449

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