天使のショウメイ

星雷はやと

 天使のショウメイ

「……う……」


 スマホのアラームにより意識が覚醒する。瞼を開くが、見慣れた天井を目にすることはない。俺の視界には暗闇が広がっていた。


「朝、だよな……?」


 音を頼りにスマホを手繰り寄せると、午前6時を示している。この部屋は東向きに面しており、朝陽が一番に差し込む。何時もこの時間ならば、カーテンの隙間から部屋を照らしている。だが、それが今日はない。昨晩確認した天気予報でも、今日は晴天の予報であった。雨の日でも、塗りつぶした暗闇になることはない。


「暗いな……ショウメイ」


 暗闇の理由は分からないが、今日も出勤をしなくてはならない。灯りを点けるべく、宙へと声をかけた。


「私は! 天使なのですが!?」

「自称だろう」


 頭の上から男の声が響くと、部屋が明るくなった。ベッドから立ち上がると、宙に浮ぶ男を見上げた。金色の髪に、白いスーツ。頭の上には金色に輝く輪が浮いている。我が家の照明であるショウメイだ。


「違います! 私は正真正銘の天使です!!」

「…………」


 頬を膨らませ抗議するショウメイ。外見だけは一般的な『天使』の部類に当たるのだろう。だが所詮、自称天使だ。因みに背中に沢山生えている翼は収納させている。この1DKには大きく邪魔であり、羽が抜けてしょうがないのだ。


 俺はショウメイの言葉を無視し、身支度を整えるとトーストを齧る。


「さあ! 今日こそ、私と契約をして頂きますよ!」

「嫌だ」


 テーブルの向こう側から身を乗り出す自称天使。朝から元気だ。ショウメイからの提案を即座に否定する。


「何故ですか!? 天使との契約ですよ!? 加護も付くのですよ!?」

「却下、嫌だ。要らない」


 何も魅力を感じない提案を続けるショウメイ。よく毎日、勧誘活動を出来るものだ。そう考えながら、使った食器を洗う。


「では、好きにすればいいです!」

「…………」


 自称天使は勧誘を止め、顔を逸らした。何時もならば後30分程、続く筈なのだがどんな心境の変化だろう。だが、これは好都合である。無駄な話しを聞く必要がないからだ。スーツのジャケットを羽織る。


「あ! ですが、優しい私から一つ警告して差し上げます。窓の外をご覧になった方がいいですよ」


 ショウメイがカーテンによって閉ざされている窓を指差した。このショウメイが、勧誘以外に何かを指示するのは珍しい。先程の諦めの良さといい、親切心ではなく何か魂胆があるそう俺は確信しながらカーテンを開けた。


「…………」


 窓の向こうには、赤黒い壁が広がっていた。その壁は所々、脈打ち無数の眼球が忙しなく動いている。如何やらこの趣味の悪い壁が、俺の部屋への日光を塞いでいた原因のようだ。


「見ましたか!? 恐ろしいでしょう? 悍ましいでしょう!?」

「いや、別に」


 自称天使は期待に満ちた顔をしながら、俺の隣で声を張り上げる。人を選ぶ壁だとは思うが、俺はゲームや映画で慣れているので特段何とも思わない。


 ショウメイの横を通り過ぎ、仕事用の鞄を手に持つ。


「……っ! そんな虚勢を張ったところで無駄ですよ!! 外に出ることは出来ません! 私が部屋に入って来ないように押しとどめているのですから!」

「…………」


 一段と大きな声が俺の背中に投げかけられたが、構わず靴を履く。


「貴方の選択肢は、唯一つです! 私と契約し外の奴を倒すことです!」

「断る」


 漫画の展開のような提案を口にする自称天使。虹色の瞳が自信を表すように輝いている。窓の向こうに個性的な壁が広がっていたとしても、自称天使と契約する選択はない。


「何故ですか!?」

「必要ないからだ」


 妙に食い下がるショウメイ。俺は本心を告げた。


「……なっ!? 何を……私は天使なのですよ!? このまま出たら貴方は命を落としてしまいます! 私はその事態から、貴方を守って……助けて差し上げようと……」

「ふふっ……」


 靴を履き終え立ち上がると、自称天使は狼狽した。先程の自信に満ちた態度が噓のようだ。俺はその反応が可笑しくて仕方がない。


「何を……笑っているのですか?」

「『何』を? それはショウメイ、お前がこの事態を仕組んだ犯人だというのに偽善者を演じているからだ」


 突然笑い出した俺に対して、ショウメイは顔色を悪くした。だから俺は分かり易く伝えてやったのだ。自称天使は『天使』ではないことを。


「ち、違います! 私は!!」

「外の奴は、お前が操っている。そして部屋の内側の人間に助けてやると言って契約を持ち掛ける。外の景色に恐れて慄いた人間はお前に助けを求める。……魂を喰われるとも思わずに」


 声を張り上げるショウメイだが、俺の中で『クロ』と決まった。事実を告げる。


「違ウ!! 私ハ天使デス!!!」


 天使を自称するには悍しい程に、顔を歪ませたショウメイが俺へと手を伸ばした。俺は玄関ドアを勢い良く開けた。


「……!!? ……」


 強烈な太陽の日差しが部屋に差し込み、断末魔を上げることなく自称天使は消えた。


「はぁ……。嗚呼、俺ですけど。報告通りでしたよ……自称天使は排除済みです」


 俺はスーツのポケットからスマホを取り出すと、仕事先に電話を掛ける。そして仕事鞄を手に外へと出る。


「これで連続失踪事件も無事に解決ですよ。……え? 今から報告書を提出しろ? 勘弁してくださいよ……危ないおとり捜査した後ですけど? ……はい。分かりました」


 上司に簡単に報告すると、出勤を命じられ肩を落とす。しかし、仕事柄こういう流れは何時ものことだ。観念し通話を切る。


「もうひと頑張りしますか」


 俺は手摺に飛び乗ると、背中の翼を広げ仕事場に向けて飛び立った。


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天使のショウメイ 星雷はやと @hosirai-hayato

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