最後の声
大隅 スミヲ
2022年最後の声
12月31日。きょうは一年の終わりの日、大晦日だ。
ここ数日、短編を書いてはアップし、書いてはアップしを繰り返していた。
しかし、年末ということもあってか、読者は少ない。
きっとみんな、年末は出掛けたり、人と会ったりしていて忙しいのだろう。
そう
12月に入ってから、WEB小説投稿サイト《読んでみれば書いてみれば》では『読み書き祭り』という名前のWEB小説コンテストを実施しており、大勢のWEB作家たちが新作小説を投稿して盛り上がりを見せている。
すでにPVの多い人は100万PV達成とか書いていたり、レビュー1000突破とか書いていたりするほどの盛り上がりようだ。
もちろん、ソウタも自信作を投稿しているのだが、相変わらずというべきか、まったく読まれる気配はない。
『令嬢転生、転生したらゴブリン狩りにあった件』。PV3。レビュー0。
『どうやらオレの幼なじみ(ボクっ
なんでだ。なんで読まれないんだ。
前回書いた『寝取られゴブリンの一生』のPV数が伸びない原因は自分でもわかっている。でも、令嬢転生は納得がいかない。今流行りの令嬢ものだぞ。それに転生ものだ。なのにどうして誰も読まないんだよ。
ソウタは枕に顔を埋めながら叫び声をあげていた。
ドンッ!
いつものように壁が音を立てる。
隣の部屋にいる双子の姉のミズキだ。
ソウタはミズキに怒られることを恐れて、叫ぶのをやめた。
今年は最後まで集中して執筆活動を続けよう。
ベッドから起き上がったソウタは、パソコンの置かれている机に向かうと、ブラインドタッチでキーボードを叩きまくった。
アイデアはたくさんあった。あとは、それをどうやって小説にするかだけだった。
絶対に面白いって思わせてやる。
そう思っていたのも5分だけで、すぐにソウタの手は止まってしまった。
気づいたら、最近お気に入りのVtuberの動画を見ている自分がいる。
「ねえ、年越しそば食べる?」
一階から母親が呼びかけてくる。
年越しそばだと。そんな俗物にまみれたものなど……。
そう思ったが、腹は正直なようで空腹感を覚えていた。
部屋から出て一階のキッチンへ降りていくと、すでにミズキの姿がそこにはあった。
ミズキはアイドルグループの年越しライブをテレビで見ながら蕎麦を食べている。
時計を見ると、あと30分で午前0時を迎えてしまう。
「ほら、おそばがのびないうちに食べちゃいなさい」
母に言われてソウタは自分の席に置かれていた年越しそばへと手を伸ばした。
蕎麦は美味かった。
普段であればこんな時間に食事はしない。
年越しそばは、大晦日にだけ許された背徳の蕎麦なのだ。
そんなことを思いながらソウタは蕎麦の汁まできれいに飲み干した。
テレビでは女性アイドルグループが歌いながらパフォーマンスを行っている。
「柊カナタちゃん、出てるよ」
ミズキがテレビ画面を指さしながらソウタにいう。
「あ、ああ……」
柊カナタはかつてソウタが恋していたアイドルだった。
アイドル兼小説家として活動しており、執筆した恋愛小説は今年の売上ベスト10に入るほど売れていた。
数ヶ月前、柊カナタには熱愛が発覚した。お相手は人気俳優の飯田マサキだったのだが、週刊誌に撮られた数週間後にふたりは破局していた。
しかし、ソウタの柊カナタへの熱はすでに冷めてしまっていた。
いまはVtuberのカメレオン
時刻は23時55分。あと5分で今年は終わる。
ミズキはテレビでアイドルたちが「あと5分」と騒いでいるのを真剣な顔をして見ており、母親は洗い物をしている。父は風呂に入ったまま、まだ出てくる様子はない。
ソウタはダイニングテーブルに座ったまま、スマホでカメレオン咲姫の年越しライブ配信を見ている。
みんなバラバラの年越し。家族で同じ家の中にいても、やっていることはバラバラなのだ。
カウントダウンがはじまった。
母は洗い物をやめ、父は風呂からあがってきた。ミズキは相変わらずテレビを見たままだし、ソウタはスマホの画面から視線を動かさない。
スマホの電池残量が1%となっていることに気づいたのは、その時だった。
やばい。年越しまで、なんとか持ってくれ。頼む。
いまから部屋に充電器を取りに行ったのでは、年明けに間に合わない。
「頼む、耐えてくれ、おれのスマホっ!」
思わずソウタは口に出してつぶやいていた。
「うるせえぞ、小僧」
そんなソウタにミズキがいう。
ソウタは言い返そうと思ったが、ミズキの目が思った以上に怖かったので言葉を飲み込んだ。
『5、4、3、2……』
「あっ!」
突然、スマホの画面が真っ暗になった。そして電池のマークが表示される。
最悪なタイミングでの充電切れだった。
「あけましておめでとうございます」
テレビ画面から声が聞こえてくる。
ああ、終わった。
ソウタはその場で崩れ落ちそうになる。
せっかく今年の年越しは推しであるカメレオン美姫と一緒にと思っていたのに。
しかも、2022年最後の声は「あっ!」だった。
「あけましておめでとう」
父と母がいう。
そして、ふたりの手にはお年玉の袋があった。
去年のことは、すべて忘れよう。
新しい年がはじまるのだ。
2023年こそ、プロ作家になるぞ。
ソウタは気持ちを新たに切り替えて、父と母からお年玉の袋を受け取るのであった。
最後の声 大隅 スミヲ @smee
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