第22話 なんでここにあなたが!?の巻

 荒畑さんが正式にコーチとなったため、私は正式なサッカー部の一員となった。

 今日はそんな挨拶をするための重要な日である。


「……大丈夫かなぁ、失敗しないかなぁ」


 私はそんなことを呟きながらランニングする準備を進めていた。荒畑さんの指導を間近で見られるのだから、仮に練習参加できないとしてもそれなりに誠意を見せるほうが良いと考えたからだ。


 愛用のサッカージャージをまとい、外に出る。

 朗らかな陽気に包まれた心地の良い日だ。

 風も笑っていると錯覚するほど、気持ちが良い。


「よし、頑張ろ……ふぇ!? えぇっ!?」


 私がそう言いながら家の外に出た直後だった。

 私は目を丸くしながら驚きをあらわにした。


「や、やぁ。接那さん、でいいのかな?」

「お、お、おはようございます! 荒畑さん!」


 私の視界に入ったのは荒畑さん本人だ。ジャージをまとっており、少しばかり汗をかいているように見える。


「あの……何時ぐらいからランニングしていたんですか?」

「五時半ぐらいからだね」

「五時半!? む、無茶苦茶はやくないですか!?」

「ハハッ、そうかもね」


 荒畑さんは爽やかに笑いながら軽い返事を返す。


「さて、一緒にランニングでもするかい?」

「えっ、いいんですか!?」

「うん。ペースは普段通りで行くから、ついてきてね」


 まさかのお誘いに驚いたが、断る理由はない。

 私は荒畑さんと共にランニングを行う事にした。


 一列になりながら蕨市内をたったっと規則正しいリズムで駆ける。荒畑さんの背によって目の前の邪魔な風が切られる。ランニングする際の負担が軽減されていた。


「結構体力あるんだね。接那さんは結構走ったりしているのかな?」

「はいっ! 無茶苦茶練習してきましたよ! 荒畑さんに憧れたので!」

「……なんというか、面と向かって言われると照れるね、ハハッ」


 そんなやり取りを交わしながら走っていると、学校前に到着した。

 荒畑さんはそこでピタリと足を止める。

 私もつられるように止めると、荒畑さんが口を開いた。


「今日からここで練習が始まるんだね。砂のグラウンド、懐かしいな」


 その発言を聞いた私はサッカーを始めたきっかけを思い返しつつ質問する。


「砂のグラウンドっていうと……群永高校時代ですか」

「あぁ、よく覚えているね」

「あの試合で得点した場面を見ていたんですよ。それで始めたんです」

「なるほど、通りで知っているわけか」


 荒畑さんは相槌を打ってからグラウンドを見る。


「接那さん、君は将来サッカー選手を目指しているの?」

「はいっ! 荒畑さんみたいに得点を奪いまくれる選手になりたいです!」

「なるほどね……じゃあ、事前に言っておこう」


 荒畑さんは少し険しい表情を浮かべながら私を見て、こう言った。


「接那さん、今の君だと到底プロにはなれないよ」

「――!」


 それを聞いた私は、結構強めなショックを受けた。

 当たり前だ、憧れの人からサッカー選手になれないって言われたんだから。


「あっ、あぁあぁ、ごめんごめん! そんな気はなかったから! そういう意味じゃないから、泣かないでぇ~~!」


 荒畑さんは私が泣きそうな表情になっていると思い、そんなことを言ってくれた。優しい人だなと私は思いつつ、目元を袖でくしくしと拭い問いかける。


「なんで、なれないんですか?」

「君は、選手として足りないことが多すぎる。FWとして必要なエゴイスト的側面も相手が危険なタックルをしてきた際に対処するための力も、全てない。現に、前回君と戦ったゲームで危険なタックルをよけれない状況だったじゃないか」


 私は荒畑さんに言われたことを思い返す。確かに、あそこで相手が突っ込んできた時に私は一歩も動くことが出来なかった。


「プロ選手として重要なのは技術もだけど、それ以上に怪我をしないことだ。それを実現するには、より周りを見れるようにならなきゃいけないんだよ」

「……なるほど。わかりました! 自分なりに方法を考えてみます!」


 荒畑さんにヒントを貰った私は、元気よく返事を返した。

 そんなやり取りをしていると、時計の針が六時を回っていることに気が付いた。

 シャワーを浴びる時間や着替えなど含めたら、早めに戻る必要があるだろう。


「あっ、そろそろ学校に向かうために着替えないと! それじゃ、失礼します!」

「あぁ。また後でね」


 私は荒畑さんに会えたことで気分上々になりながら家に戻るのだった。



(荒畑SIDE)


 一人残された荒畑宗平は彼女に手を振った後、ランニングを再開した。

 彼は走りながら、一人思考を回す。


 ――チームを勝たせられるようにするには、兎にも角にも体力づくりが必須。それを考えたら四月半月は持久力向上に当てるか。その間に、他校調査をしよう。


 荒畑はそう思いながら今日の朝に初音から渡された資料を思い返す。


 ――現在のサッカー界についてまとまった資料に目を通した感じ、近年は斉京学園って学校が有名らしいな。宇良高校はユースに有望株が流れているようであまり実績は残せていないって感じか。昔よりもユース志向・青田買いが強まった影響かな。


 特に斉京学園は学内の財力が他行の有望校と比べると二桁以上の差をつけている。プロ顔負けの設備・ユースレベルの有望株が切磋琢磨しあう環境。それがあれば高校サッカー界で連覇するのは非常に容易いだろう。


 ――相手は強い。だが、それで曲げるほど俺は弱い人間じゃねぇ。昔っから、我を通して生きていたんだから今回も自分なりにうまくやってみせるぞ。


 荒畑はそんなことを思いながら、エスガバレー埼玉まで引き返すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

セツナノトキニ ~Fリーガーと歩むプロサッカー選手への道~ チャーハン@カクヨムコン参加モード @tya-hantabero

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画