とある文明の興亡(または冷蔵庫テラフォーミング)
鳥辺野九
冷蔵庫は宇宙
お腹が空いたので冷蔵庫を開けたら、文明が発展していた。
ゴマ粒よりも小さな彼らは、狩猟生活から農耕生活へと移行する時期のようだ。
冷蔵庫の一角に大規模な集落を構築していた。なんと彼らはすでに火を発見しているようだ。冷蔵庫内の樹脂を削り出して火に焼べて樹脂土器を作成している。なかなか高度な文明だ。
呆然と眺めている私を、唐突に彼らは認識した。
ゾロゾロとゴマ粒たちが集まり、祭壇を作り上げる。火を焚いて、歌い、踊り、私へ供物を捧げる。
神として崇め奉られているようだ。
繁栄の兆しが見える彼らの冷蔵庫文明に外的要因である私が関わるのはあまりよろしくない。挨拶もそこそこにそっと扉を閉めた。
小さな声が耳に届いた。冷蔵庫からだ。開けてみる。冷蔵庫の中で宗教戦争が勃発していた。
彼らの小競り合いをよくよく観察すると、二つの軍勢に分かれて争っているようだ。
ふと、扉を開けた私に彼らは気が付いた。
神は存在すると主張する自然主義派軍勢が喝采の声を上げた。彼らの装備は見窄らしく、冷蔵庫内にある野菜から剥ぎ取った繊維質で作られている。
対して神否定派は樹脂土器をより発展させた冷蔵庫セラミックみたいな陶器的な武器を捨て、冷たい樹脂の大地に跪いた。
そこそこ発展した紡績工業地区は神の手によって樹脂陶器軍の侵略を免れ、救われた。
彼らは神に求めた。暖かい光を、もっと暖かい光を!
私は冷蔵庫の威力を「弱」にしてあげて、再び扉を閉ざした。
やたら冷蔵庫が騒がしい。扉を開けると、産業革命が起きていた。
腐りゆく野菜から発せられる炭酸ガスを高濃度に集積し、その圧力でピストンを動かす炭酸ガス機関が開発された。
彼らは冷蔵庫の一角に留まらず、各階層にまで文明の活動域を拡大させていた。軌道エレベータのような機械を動かして冷蔵庫内のあちらこちらで新たな勢力が発現している。私の缶ビールまで到達するのも時間の問題だ。
自分たちの文明力で冷蔵庫内の寒さを克服しつつあるせいか、彼らは久しぶりに顔を見せた神である私を崇めなかった。畏れることもなく、ただただ神に無関心だ。
彼らにアルコールは早い。そう判断した私は缶ビールを冷蔵庫外に避難させ、冷蔵庫の威力を「強」に戻して扉を乱暴に閉じた。
ついに冷蔵庫の扉はこじ開けられた。彼らの文明は飛躍的に革新し、その生存圏を拡大すべく次元突破を果たした。
冷蔵庫内の炭酸ガス濃度を高め、冷蔵庫中枢の排熱機構に穴を開けて熱を庫内へ再循環させる。炭酸ガスの温室効果で庫内の温度は穏やかに上昇。彼らは冷蔵庫テラフォーミングを成功させた。
高温で腐った豚バラ肉から純度の高い脂を抽出し、それを発酵させて燃焼効率を上げる。冷蔵庫の扉をこじ開けるだけのエネルギーを出力させる内燃機関を開発したのだ。
人類が第二宇宙速度に達して地球の重力圏を突破したように、彼らは冷蔵庫の扉を突破した。
しかしそこから先は神の領域である。私がそれを許すと思ったのか。
私は高濃度アルコール除菌スプレーを冷蔵庫内に大量散布し、発現した文明をスポンジ研磨材で根刮ぎ掃除してやった。
後には真っ白く除菌された空っぽの冷蔵庫だけが残された。
ふと、思う。
人類が地球を脱出して宇宙に進出することを、宇宙の神は許すのだろうか。
私は何となく天井を見上げて、小さく神様にお願いした。
「地球の温度はこれくらいがちょうどいいです。私たちもじっとしていますから」
寒くなってきたので炬燵を出動させた。暖まった炬燵の中を覗いてみたら、また文明が発展していた。
今度は砂漠文明だ。熱砂の民は神に対しても好戦的で困る。
もうやだ。
とある文明の興亡(または冷蔵庫テラフォーミング) 鳥辺野九 @toribeno9
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます