第5話 も、漏らしてないんだからね!

 俺が屋敷の二階へ上がると、大きめの鞄を小脇に抱えたミンティアが自分の部屋から出てくる所だった。


「あ、レイド、準備できたわよ。さ、行きましょ♪」

「うん」

「そういえば勇者たちは? 別行動?」


 一瞬、返事に困ってから、彼女には嘘をつきたくないと思って、俺は首を横に振った。


「いや。俺はクビになったんだよ」

「え……」


 瞳を凍り付かせる彼女に、俺は淡々と告げた。


「黒髪の仲間がいると世間体が悪いし、器用貧乏な賢者は邪魔だからってついこの前ね。だから俺はもう勇者とは無関係なんだ。ごめん、先に言った方が良かったかな」


 もしも、彼女のこの計画に勇者の影を感じて乗ったのだとしたら詐欺になってしまう。

 でも彼女は、むしろ申し訳なさそうに華奢で白い肩を縮めてうつむいた。


「ううん、違うの、そうじゃなくて……レイド」

 らしくない、しおらしい上目遣いの端には、涙がにじんでいた。


「あの時は……ごめんね……」



   ◆


 どこにでもあるつまらない話だ。


 貴族気取りの成金農商が貴族風にこだわり、跡取りは男でなければならないと決めつけた。


 女には社交界で見るような無知でお飾りのようなソレを求めた。

 第一子が娘だと知ると男は「なんだ女か」と言って顔も見なかった。


 将来は自分が農園を継ぐのだと信じた娘が本で知識を、現場で経験を磨き続けているのを知りながら、息子が生まれると周囲に跡継ぎだと吹聴した。


 娘の10年間は無意味に終わった。

 

「うるさいわね! 黒毛で馬鹿にされるのがなんなのよ! アタシなんて女ってだけで農園を継げないどころか今まで積み上げてきたものも夢も全部奪われたのよ! アンタみたいに何の努力もせずに賢者の加護をもらって楽して勇者パーティー組んで世界を救う英雄なんて言われている奴にアタシの気持ちがわかってたまるかぁ!」


「そうだね。君の言う通りだ。俺は恵まれているよ。黒髪の忌子と蔑まれても、賢者の加護のおかげで勇者の仲間にもなれた。だから俺は不幸なんかじゃない。そのことに気づかせてくれてありがとう。君は俺を救ってくれた恩人だよ。だから、君が困った時は、きっと俺の魔法で助けるよミンティア」



   ◆



「ただいま! みんな、この子がミンティ・パラワン。帝国一の果物農家の娘だよ、ってどうしたのミンテイィイイイイイイ!?」


 音速の10倍で一時間飛び続けてから村はずれの草原に着地した俺の腕の中で、ミンティは白目を剥いたまま手足を痙攣させていた。


 地獄の亡者のほうが、まだ生気を感じるだろう。

 数秒後、彼女の両眼に翡翠色の瞳が戻ると、電光石火の早業で拳が飛んできた。


「殺す気かぁああああ! って手ぇ痛ぁああああ!」

「駄目だよミンティア、俺レベル高いんだから」


 ミンティアは右の拳を抑えながら、草原の上を転がりのたうちまわった。


「うっさいわね! 空を飛ぶとは聞いたけどあんな殺人的豪速とは聞いてないわよ! おかげで三回も漏らしちゃったじゃない!」

「え? でも短パン濡れてないけど?」

「秒で乾いたわよ! 防御魔法越しでもね! んっ?」


 あらん限りの怒声を張り上げてから、ミンティアの目に留まったのは果物農家の次男や三男、それから、果物農家への転向を考えている農家のおじさんたちだった。


 彼らの存在に、ミンティアは両手で股間を抑えながら、リンゴにまけないくらい顔を赤くした。


「も、漏らしてないんだからねッッ!」

「いや遅いよ」


 俺はしなやかにツッコんだ。

 

   ◆


 それから赤面しながら体育座りで落ち込んでしまったミンティアを1000の言葉で慰めること30分後。

 俺は果樹園作りに取り組んだ。


「じゃあちゃちゃっと果樹園作るからちょっと待ってて」

「ちゃちゃっとって、まだ何も手を着けてないじゃない」

「まぁ見てて」


 ミンティアがくちびるを尖らせると、俺は彼女の前で軽く草原を蹴った。

 すると、前方に広がる樹海が一斉に鳴動を始めた。


「キャアッ!」


 まるで地震のように地面が揺れ始めると、樹海の樹が生き物ように動き始めた。

 権力者の登場した群衆のように木々が左右に割れると、その奥から果物を実らせる果樹だけが根っこをタコの動かし地面をかきわけ、あるいは昔の足のように動かし地面を走って移動してくる。


「なななんなんのよあれぇええええ!?」


 村のみんなも悲鳴や絶叫を上げたり、腰を抜かして地面で震えていた。


「土魔法と植物魔法の合わせ技だよ。こうやって、樹海から生態系を壊さない程度の果樹だけを移動させるんだ。ついてきて」


 ミンティアたちを連れて、俺は即席果樹園の中を歩きながら説明する。


「草原が手狭になってきたら樹海の手前にある果樹以外の木々を俺のストレージに入れて更地にして、その空いたスペースにまた遠くの果樹を呼び寄せる。それでもまだ果樹が足りないと思うから足りない分はこれだ」


 俺がストレージからバラバラと地面に落としていくのは、樹海で採れる12種類の果物の種だ。


「こいつを土系魔法で更地に等間隔に配置して、植物魔法で一気に育てるんだ。よっと!」


 俺が魔力を注ぐと、種の小山は地面に飲み込まれる。

 数十秒後、遥か遠くの更地を突き破り、若木が生えてきた。


「桃栗3年柿8年、柚子は9年花盛り、梅は酸い酸い13年、琵琶は早くて13年、梨はゆるゆる15年、蜜柑のマヌケは20年。だけど、俺の植物魔法なら一日一度の魔力供給で1年分成長する。マンダリンベリーでも20日後には実をつけるよ」


 ミンティアが目を落としそうなくらいまぶたを開けたまま、猫背で両肩を落とした。


「あんた、もうなんでもありね……」

「なんでもはありじゃないよ。できることだけ。じゃあミンティア、みんなの指導は任せたよ。俺は、ちょっと樹海に行って来るから」


「ちょっと、このアタシをほうっておいて何しに行くのよっ」


 すねたような口調で俺の手首をつかんでくる彼女に、俺は即答した。


「ヌシ狩り」

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