第8話 王様は賢者の存在を知る
その頃。
レイドを追放した勇者たちはと言えば……。
「勇者よ、表を上げよ」
「は、はい……」
大陸最大の国家、帝国皇帝への謁見の間で、勇者たちは見るも無残な姿で立ち尽くしていた。
傷は回復魔法で治ってはいるものの、髪はボサボサで部分的に丸刈りで、装備品は泥と血液で赤黒くなっている。
「此度の戦の敗因はわかっているな?」
「お待ちください陛下! 確かに我々は魔王軍大幹部の討伐に失敗しましたがそれは陛下が派遣してくださったサポーターが真っ先に死んだからでして」
「余の臣下を愚弄するか!?」
「いや、その、ですが」
歯を食いしばりながらも反論しようとする勇者を、皇帝は敵意を以って睨みつけた。
「奴は我が軍に長年尽くしてくれた忠臣。そも、戦闘力の劣るサポーターを守るのもそなたたちの務めであろう! それを仲間を守ることもできずみすみす殺され、あまつさえ任務の失敗を死んだ仲間になすりつけるとは見下げ果てるわ! それでよく勇者を名乗れるな!」
「う、ぐ、それは……」
――ふざけるな! 何が守るのが務めだ。それじゃあただの足手まといじゃないか!
そう言ってやりたいも、勇者はこらえた。
相手は仮にも皇帝陛下。
言ってしまえば、この大陸でもっとも権力を持った男だ。
逆らえば、社会的な地位は一瞬で吹き飛ばされるだろう。
「うるせぇな! 何が守るのが務めだ! それじゃあただの足手まといじゃねぇか!」
だが、勇者よりも頭の回らない脳筋の剣聖がまくしたてた。
「わっ、馬鹿やめろ!」
「ていうかお前が就けた部下が無能だったせいでオレらは負けたんだ。むしろ謝罪してほしいぐらいだぜ」
「そうよね。あのねぇ皇帝陛下? あたしは聖女、神の巫女なのよ。そのあたしに役に立てるだけでも感謝して欲しいのに足を引っ張るなんて言語道断だわ!」
聖女も一緒になって苦情をつけた。
せめてもの救いは大魔導士は眼鏡の位置を直しながらイラついているだけ何も言わない事だろう。
だが、もう遅い。
「なんという言い草だ。もうよい! 貴様らから一時勇者特権をはく奪する。以後、わしの許可が出るまでは平民と同じ地位で過ごせ! 誰か、こいつらをつまみ出せ!」
「そんな! 待ってください陛下! 考え直して下さい! 確かに我々は失敗しましたがこれまでの功績を考えれば一度の失敗でクビにするのは賢くありません! 陛下ならそれがお分かりになるはずです!」
「衛兵、こいつらを城の外に放り出せ!」
衛兵たちが勇者たちを取り囲み、まるで犯罪者のように捕まえた。
「ちょっと触らないでよ!」
「テメェ、オレを誰だと思っている!? 剣聖様だぞ!」
「もうお前らは余計な事を言うな!」
「ちっ、僕は自分で歩きますよ。くそ、なんでこうなった」
最後に、皇帝は言った。
「黒毛の忌子ひとり手なずけられずに逃げられ任務は失敗。無様なものだな。黒毛と言えど賢者の加護を持つならば家畜のように飼いならしてうまく使う手もあったろうに」
その言葉に、勇者は堪忍袋の緒が切れた。
「ッッ、それはお前が言ったんだろうが!」
最初に汚れた仲間を連れて歩くなんて品性がないと罵ってきたのは皇帝のほうだ。
けれど、今それを言うのは失言である。
「この無礼者が!」
皇帝の投げた金属製の盃が、勇者の顔面に当たって中のワインが顔を汚した。
痛くはない。
だが、最大限の恥辱に勇者は顔を真っ赤にした。
――くそぉ、なんでこうなったんだ!?
確かに、レイドは戦力としては物足りなかった。けれど、自分の身を守れるサポーター。それがどれほど貴重な存在か、彼は知らなかった。そして今、レイドが完成させた合成魔法が、既に大魔導士クラスの威力を持っていることも……。
◆
数日後。
月に一度の冒険者ギルド本部査察で、査察官たちは驚愕していた。
「な、な、なんですかこれはぁああああああああああああ!?」
「何って、うちの冒険者が持ち込んだ素材ですよ?」
冒険者ギルドの倉庫では、絶叫する査察官の横できょとんと首をかしげるファムの図があった。
「ちなみに討伐したのは俺です」
冒険者証をかかげてやると、三人の査察官はそろって息を呑んだ。
「え、Sランク冒険者!? レイド? まさか、貴方は勇者パーティーの!?」
「いや、勇者パーティーはクビになったので地元に帰って来たんです。今後、俺は地元の発展のためにここで生きていくんでよろしく。それで、このネイティーギルドにはこの素材を買い取るだけのお金がないから運営資金の補充をお願いしますよ。でないとこの素材は仕方ないので俺が直接他の町の商人の元へ持ち込みます」
「まま、待ってください! これほどの上級モンスター素材をよそへ取られるわけには! かしこまりました。今回の補充資金ですが、今ある分を全てお渡ししますので、どうか」
「いいんですか班長? まだこれから他のギルドも回らないといけないのに」
「馬鹿者! そんなものは別な日でいい! それよりも早くこのことを本部に報告するんだ!」
「は、はい!」
査察官達には悪いけれど、倉庫いっぱいの素材でも、まだ俺のストレージの1割にも満たない。
残りは後日、他の国で売らせてもらう。
ただしその時にこう付け加える。
出張販売は今日だけ。
次からはこの素材が欲しかったら、直接ネイティーまでお越しくださいと。
外の馬車から金貨の詰まった木箱を次々運んでくる査察官を眺めながら、俺はささやかな罪悪感から謝罪した。ただし心の中で。
――ごめんね査察官殿。
「レイド、今ちょっと悪いこと考えてる?」
「俺も旅の間に汚れちゃったからな」
俺が歯を見せて笑うと、ファムも楽しそうに笑ってくれた。
◆
レイドの祖国であるウェストリス。
その東端にある王都の王城では、今年王位についたばかりであるがゆえに姫王と呼ばれる少女が一杯の酒に口を濡らしていた。
「美味い。この酒は?」
少女とはいえ、すでに乱世を生きる猛将のような覇気漲る表情で、彼女は家臣に尋ねた。
「はっ、なんでも西の田舎村、ネイティーで最近作られた銘酒です」
「ほう、田舎に名のある酒造職人がくすぶっているのか?」
「いえ、なんでも賢者が錬成魔法で造ったとか」
姫王は眉をひそめた。
「賢者が? ……だが奴は、いや、待てよ……わかった。密偵を呼べ。至急、調べてもらいたいことがある」
姫王の瞳が好奇心に怪しく光った。
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人気になったら本格連載したいです。
●勇者パーティーを追放されたから田舎に帰ったら王様が遷都してきた 鏡銀鉢 @kagamiginpachi
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