第7話 ヌシを一匹見かけたら49匹いると思え!

 口を開けたままの姿で凍り付き、死にきれない運動エネルギーの余力で前のめりに転んでベヒーモスは木々をなぎ倒しながら顔面から地面に突っ込んだ。


 元凶たるベヒーモスが撃沈すれば地震も収まって、俺は胸をなでおろした。


「ふぅ、こんなもんかな。じゃあストレージに――」


 ツタの動きに俺は口を閉ざすと、反射的に頭上へ跳んだ。

 コンマ一秒後、俺の立っていた地面を一本のツタが深く刺し貫いた。


「これでも魔王軍の大幹部を数秒間足止めできるんだけどなぁ」


 そうやって俺が足止めしているところへ大魔導士が最強魔法を叩き込んで、最後に勇者がトドメの一撃をキメたのを思い出す。

 けれど、ベヒーモスは未だ健在で、地面から長い顔を引き抜くところだった。


「……もしかして俺、マズイ?」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」


 取るに足らない雑魚にコケにされた怒りか、ベヒーモスは今日一番の咆哮を上げた。


 森中がざわめき、鳥たちが飛び立ち、波が引くように獣たちが逃げていく音が遠く聞こえてきた。


「火、雷、氷が効かない。植物と風と水は論外。岩と鋼の魔法で物理的に致命傷を与えるか? いや、それこそ大魔導士並みの魔力がないと無理だろうなぁ」


 冷や汗を流しながら早くにまくしたてるも、ベヒーモスはお構いなしに突っ込んできた。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」


 あらゆる魔法を使えると言っても攻撃魔法の威力は大魔導士に下位互換。


 地元に帰ってきてから成功続きで気が大きくなっていたのか?


 フォレストベヒーモスは俺には荷が重かったか?

 こんなだから勇者パーティーをクビになるのか?


 けれど今はそんなことを考えている暇はない。

 今ある戦力で勝たなくては、俺にも過疎が進む村にも明日はない。


 ――でも、賢者の強みなんて全ての魔法が使えるってだけで、威力はトップランカー未満なんだよなぁ。


 飛行魔法で上空へ回避する。


 眼下をベヒーモスの巨躯が通り抜けていき、サンダーストライクでつけた傷とすれ違った。


「フォレストベヒーモスは植物属性。けど水を大量に含んでいるから火は効かない。雷撃も表面が爆ぜるだけ。水分を含んでいない層があってそれが雷撃をとどめているのか? いっそ全部が水を含んでいたら雷撃が……あ~、やってみるか」


 俺はイラプションとサンダースとレイクをそれぞれ使った時のように、両手にそれぞれ別の魔法陣を展開した。


 ただし、今度は両手首を重ね、手の平でドラゴンの口を作った。

 ふたつの魔法陣が重なり一つとなり、互いに共鳴しながら新たな魔法を生み出した。


「フリージング・ウェーブ!」


 空を飛ぶ俺が眼下に放ったのは、氷を伴った鉄砲水だった。

 土石流ならぬ、氷水流とでも言おうか。


 怒濤の勢いで衝突する絶対零度の激流に、フォレストベヒーモスは全身を濡らし、同時に氷結していく。


「    」


 呻き声すら出せず、白い霧の中でフォレストベヒーモスは動きを鈍らせる。


 その間も、小山のような巨躯はみるみる凍り付き、さらに氷の層は厚くなっていく。


 やがて、白いもやが晴れると、完全に氷漬けになったフォレストベヒーモスの姿があった。


 絶対零度の水に付け込まれ、その上で時間差で氷結していく。

 俺がこの場で新しく編み出したオリジナル魔法だ。


「トドメだ!」


 両手を頭上に掲げて形成したのは太く長い、城の天上を支える柱のようなサイズの鋼の杭だった。


 その超質量を俺が開放すると、重力に引かれて真っ直ぐその先端が樹海のヌシの背中を、続けて全身を粉砕した。


 断末魔の咆哮の代わりに氷の破砕音を鳴らして、フォレストベヒーモスは絶命。ストレージへとその身を落とした。


「ふぅ、あ~、疲れた」


 ゆっくりと地面に降り立ちながら、肩と頭をがっくりと落とした。

 でも、のんびり休む暇はない。だって。


「じゃあ、あと49体ぐらいフォレストベヒーモスを倒したら帰ろうかな」


 フォレストベヒーモスは魔王の人造モンスターじゃない。

 つがいになって交配して子供を作り、生まれれば成長する、生態系に根差した生き物だ。


 当然、種を維持し存続するだけの数がいる。

 探知魔法によれば、この樹海全体で、数百体のフォレストベヒーモスがいるはずだ。


 それらの数を半数以下にすることで、彼らのパイを奪えるというものだ。

 俺は次なるフォレストベヒーモスを探して、その場から離れた。


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