第6話 お前、魔王幹部より弱いよ

 たんに樹海と呼ばれるこの森の正式名称はネイティー樹海。

 広さはおよそ4000キロ平方メートルで大小無限大の生態系が築かれている。


 草木が鬱蒼と生い茂る、そこが見えない程に深く、森の奥が永遠に続くような気さえする。


 その奥へ行くほど強力なモンスターが多く、最深部では熾烈な生存競争が行われているという噂だ。


 そんな樹海の中層で、俺は千を超えるゴブリンたちを見下ろしていた。


「探知魔法。ゴブリンが1024体、ホブゴブリンが203体、ゴブリンメイジが80体、ゴブリンコマンダーが29体、ゴブリンジェネラルが5体、ゴブリンロードが1体。俺の誘因魔法で集まってもらったところ悪いけど、殲滅させてもらうよ」


 木の上に立ちながら、俺は魔法の準備を始めた。


 人間視点の話ではあるけれど、ゴブリンは死んでも森の生態系に影響はない。


 皮肉な言い方だけど、人間と同じくただ森の恵みを消費するだけの存在だ。


 別の言い方をすれば、生態系における人間と人間は同じポジションであり、パイを奪い合うライバルでしかない。


 ゴブリンが絶滅すれば、彼らが食べていた動植物が俺らに回って来る。

 加えて、樹海から人里に降りてきたゴブリンに襲われる心配もなくなる。


「広範囲毒魔法、エルダーポイズンフィールド」


 次の瞬間、地面を覆い尽くすゴブリンの軍勢が一斉に奇声を発し、苦しみ始めた。


 1024体のゴブリンが、

 203体のホブゴブリンが、

 80体のゴブリンメイジが、

 29体のゴブリンコマンダーが、

 5体のゴブリンジェネラルが、


 次々膝を屈して倒れていく。

 ゴブリンは即死。

 ホブゴブリンはのたうち回りながら徐々に静かになった。

 ゴブリンメイジは解毒魔法で対処しようとしているようだけど無駄だろう。

 ゴブリンコマンダーは苦しみ這いずっている。

 ゴブリンジェネラルは膝を地に付けたまま、肩で大きく息をしていた。


 自立しているのは、ゴブリンロード一人だけだ。


「■■!」


 小鬼と揶揄されるゴブリンとは思えないような巨体の上に乗った醜悪な顔を回して俺の姿を見つけたゴブリンロードは身をかがめ、跳躍体制に入った。


「ホール」


 ゴブリンロードの足元の地面に穴が空いた。蹴るべき地面を失った跳躍は空ぶって、巨体の下半身は穴に消え、でっぱった腹が穴の入り口にはまった。


「ストーンロック、続けてアクアプリズン」


 穴の中でゴブリンロードの下半身を石で固めて動きを封じ、地面から湧きあがった水がゴブリンロードの上半身を包み込んだ。


「■■■■■■■■■■■■!?」


 水の中で、ゴブリンロードは声にならない悲鳴を上げて両腕を振り回すが無駄な抵抗だ。


 いくら水をかいても体は動かないし、物理攻撃では水を消し飛ばせない。


 加えて、アクアプリズンに最大毒魔法をかければ、ゴブリンロードが絶命するのには一分もかからなかった。


 その頃には、他のゴブリンたちも皆、一様に動かなかった。


「ストレージ回収」


 周囲に広がるゴブリンたちの死体が一斉に消えた。

 これで、この森のゴブリンは全滅した。よそから流れてこない限り、もうこの森でゴブリンの姿を見ることはないだろう。


「よし、これで俺らの取り分が増えた。あとは生態系が壊れない程度に捕食者を討たせてもらうか」


 探知魔法で方角を確認してから、俺は森の最深部を目指した。


 俺は、無差別にモンスターを狩っているわけじゃない。


 俺の狙いは、人間のパイを増やすことだ。


 下級モンスターを中級モンスターを捕食し、さらにそれを上級モンスターが捕食。そしてさらにそれを頂点捕食者たちが捕食している。


 頂点捕食者を殺せば上級モンスターが増えて中級モンスターが食い尽くされる。


 だから一番いいのは、俺が頂点捕食者に成り代わることだ。


 すなわち、俺が頂点捕食者を殺し、今までそいつが食べていた分の上級モンスターたちを狩り、素材をギルドに提供する。


 そうすれば、ネイティー村は大量の上級モンスター素材を手にすることができる。


「最深部まではあと5キロメートル」


 直近の素材も欲しいので、途中、襲い掛かってきた中級モンスターや上級モンスターも片っ端から刈り取り、ストレージ送りにしていく。


 コカドリーユ、マグマスライム、ベアコング、パンサーオルタ、リーガルパイソン、デス・マーカス。


 いずれも並の冒険者では太刀打ちできない上級モンスターたちだけど、魔王軍幹部に比べれば大した敵じゃない。


 それこそ、器用貧乏の賢者魔法でも倒せてしまう。

 だけどこの奥に眠る頂点捕食者は別だ。

 上級モンスターたちが恐れ、彼らを捕食する奴がいる。


「いた」


 探知魔法に導かれるままに樹海を疾走すると、樹齢千年はありそうな巨木が倒れていた。


 でも、その正体がとあるモンスターであることを俺は知っている。


 鑑定魔法が教えてくれたモンスターの正体は超ド級、力だけなら魔王軍の幹部クラスにも匹敵する怪物だ。


「フォレストベヒーモス、勝負だ!」

「■■■■■■■■■■■■■■■■!」


 巨木が幹のように太い四肢を地面に突き立て、小山のような体を起こし吼えた。

 それは声ではなく、まるで地鳴りのソレだ。


 体から生える無数のツタが俊敏に動き、一斉に向かってきた。


 一見ひ弱に見えるが、空を切り迫るソレは一本一本が鋼のよりも強靭かつ絹のようにしなやかな凶器だ。


 サイドステップで避けると、コンマ一秒まで俺のいた空間を引き裂き、背後の木々を小枝のようにへし折った。


 あれなら、ベアコングの体も真っ二つだろう。


「■■■■■■■■■!」


 衝撃波を伴った咆哮が烈風にのように駆け抜け、俺の髪が背後に暴れた。


 鼻を突くように強烈な苔の匂いに顔をしかめながら、俺はベヒーモスの調理方法を頭の中で反芻した。


「■■■■■■■■■■■■!」


 人間が目障りな羽虫を手で払うように、無数のツタが襲って来るも、俺は左右にステップを踏み、木々へ飛び、幹を足場に三角跳びをして、かと思えば飛行魔法と空中歩行魔法を併用してまったく予想できない空中機動を描いて避けてやった。


「ほらほらどうした。当たらないよ!」

「■■■■■■■■■!」


 生意気な矮小生物に腹を立てたか、森のヌシはようやく重い腰を上げるようにして、四肢を動かしこちらへ移動を始めた。


「イラプション! サンダーストライク!」


 左右の手をそれぞれ上下にかかげて魔法を発動させる。

 まずはベヒーモスの真下の地面が噴火、続けて、俺の手から放たれた雷撃が大気に閃き樹木の背中を穿った。


「■■■■■■■■■!」


 ベヒーモスは唸るも大したダメージはではない。

 お腹の背中が少し焦げたくらいだ。


「やっぱり薪みたいにメラメラとは燃えないか。水分豊富だなぁ。ならやっぱり」

「■■■■■■■■■■■■!」


 ヒステリックに吠えながらベヒーモスが突進してくる。


 大地を揺らし、心臓に伝わるほどの地響きを鳴らしながら迫る姿はまさに生きた災害そのものだ。


 三年前の俺なら、恐怖で固まって動けなかっただろう。

 でも、


「お前、魔王軍幹部よりは弱いよ」


 最大氷結魔法を発動させると、ベヒーモスの全身が一瞬にして白く染まった。


「    」


 口を開けたままの姿で凍り付き、死にきれない運動エネルギーの余力で前のめりに転んでベヒーモスは木々をなぎ倒しながら顔面から地面に突っ込んだ。

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