第2話 追放者は地元で大人気

 レイドがいなくなったあと、ファムは誰もいないギルドホールで微笑を浮かべながら物思いにふけっていた。


 ――レイドが帰ってきてくれた。嬉しいな。


 ファムは、ずっとレイドのことが好きだった。


 レイドは優しくて働き者で、自分のことよりも他人の心配をする少年だった。


 レイドが勇者たちに誘われて村を出て行ったとき、ファムは寂しかった。


 きっと彼は世界を救った英雄として自分の手の届かないところに行ってしまう。


 こんな小さな村のことなんて、まして幼馴染にすぎない自分のことなんて忘れてしまうと思っていた。


 だから、レイドがクビになった理由を聞いた時は物凄く嫌な気分になったし怒りが湧いてきた。


 でも今は、不謹慎だとわかってはいても、レイドがクビになって喜んでいる自分がいた。


「……わたし、嫌な子なのかな」


 レイドがひどい目にあったのに、レイドがこの村にいてくれる。そのことに胸が熱く高鳴ってしまう。


 ――このまま村にいてくれるなら、もしかしたらわたしと……期待しちゃ、だめかな?


 ギルドの羽扉が開いたのは、ファムが自分とレイドとの未来に妄想を膨らませた直後だった。



「ただいまぁ、は違うかな?」

「えっ? レイド!?」



   ◆



 俺がギルドに戻ってくると、ファムが目をまんまるにして固まった。


「何固まっているの? それよりも、まだ誰も来てないんだね」


 相変わらずギルドホールには誰もいなかった。

 冒険者不足は本当らしい。


 ――便利屋の冒険者は大事な町のインフラなのに、これじゃみんな困るだろうなぁ。


 冒険者がいなかったら、危険なモンスターは退治されないし、危険地帯の資源採取もままならない。

 冒険者の質と人数は、自治体の生命線だ。


「べ、別に固まってなんていないよ。ほらほら動いてる動いてる」


 体を左右に揺らしながら、両手を動かして珍妙な動きをするファム。その姿がなんだか可愛くて仕方ない。

 ちなみに、動きに合わせてたわたな胸が揺れていたのはあえて口にしなかった。

 言わぬが仏、という奴だ。


「それよりもどうしたのレイド? 忘れ物?」

「ううん、仕事が終わったんだよ。ほら」

「え?」


 ぽかんと口を開けるファムに歩み寄ると、俺は異空間収納魔法を発動させた。

 カウンター前の床板に青い光が走り、幾何学模様を内包した円、いわゆる魔法陣を描いた。


 次々展開される12の魔法陣それぞれから、木の実でいっぱいのウッドコンテナが現れていく。


「え、えぇええええええええええええ!? なんなのこれぇ!?」

「俺が覚えた異空間収納魔法のストレージだよ。異空間に無限に物を収納しておけるんだ。樹海で採れる12種類のベリーを生態系が崩れない程度に採取してきたから、ストレージの中にはまだ数万箱ずつあるよ。好きなだけ持って行って」


 どうぞ、と俺が両手を伸ばすと、ファムは正気を取り戻したようにハッとした。


「いやでも、ここから樹海までは歩いて一時間以上かかるのに、まだ10分も経っていないよね?」


「高速飛行魔法なら一分かからないよ」

「でも樹海中に散らばる木の実を採取して回ったら日が暮れても終わらないよ」

「探知魔法で場所を特定してから回収魔法でストレージに回収すれば一瞬だよ」

「え~~……」


 信じられない、という表情で、ファムは首を猫背にして固まっていた。


「あと薬草も足りないって言っていたから、樹海中の各種薬草、山菜、キノコ、薪に使える枯れ木と枯れ枝も生態系が崩れるギリギリの量を採取てきたから、必要なものがあったら言ってね」


「えっ、あ、ああうん……いやいやでも駄目だよレイド。こんな一度に採ってこられても消費が追いつかないもん! 腐っちゃう!」


「腐らないよ。だってストレージの中のものの時間は自由に設定できるし、時間を止めておけばいつでも新鮮なベリーを食べられるよ」

「もう、なんでもありなんだね……」

「なんでもはありじゃないよ。できることだけ」


 でないと、勇者パーティーを追放なんてされることもなかった。


 そのことに気づいたのか、ファムは落とした肩と姿勢を正して申し訳なさそうな顔をした。


 だから、俺が話の軌道修正をする。


「さっ、それより査定を頼むよ。俺は酒場にジュースを売り込みに行って来るから」

「ジュース?」


「そっ。木の実には痛んでいたり、虫に食われていたり、地面に落ちていて商品価値のないものもあるだろ? そうしたベリーは錬成魔法でジュースに変えるんだ。こんな風にね」


 空間にちっちゃな魔法陣を展開すると、俺の掌に木製コップが落ちて、続けてピンク色の液体が注がれた。


「はい、ピースベリーのジュースだよ」


 俺がコップを手渡すと、ファムはジュースを大きく覗き込んで眺めてから口に運んでくれた。

 途端に、表情が明るくはじけた。


「おいしい!」

「だろ? 果実酒も作れるけど、仕事中に呑むのは駄目だよね。今夜持って行くよ。じゃ、俺は行くから査定よろしく」

「う、うん任せて」


 まだ驚きや動揺の残る表情ながらも、ファムはコンテナのベリーの査定を始めてくれた。

 俺は、踵を返してまた羽扉の外に出た。



   ◆



「おやレイドじゃないか。帰ってきていたのかい?」


 村で唯一の酒場に顔を出すと、看板女店主のメイナさんが笑顔で出迎えてくれた。

 三年前と変わらないエプロン姿とスカーフをまいた長い赤毛になつかしさを覚えた。


「ただいま」

「みんなー、レイドが帰って来たよ」


 メイナさんの呼びかけで、昼間から酒場にいるのんだくれのおじさんたちと、普通に昼食を食べに来た人たちが俺に首を回してくれた。


「よぉレイド、久しぶりだな」

「お前が出て行って何年ぶりだ?」

「ばーか、三年ぶりだよ。勇者業はうまくやってんのか? 今日はどうした?」


 やっぱりそうなるよな、と俺は苦笑いを浮かべながら、頭をかいた。


「いやぁ、それがクビになっちゃいまして」

「えぇ!? だってレイド、あんた賢者様なんだろ?」


 メイナさんがファムみたいに驚いて、それは他のみんなも同じだった。


「うん。だけど俺の黒髪は都会じゃウケが悪くてね。特に帝国じゃ黒髪の人がパーティーにいると貴族の人たちがいい顔をしないんだ」

「なんだそりゃ。そんな貴族野郎、俺ならケツを蹴り上げてやるぜ」

「そうだ。レイドは両親の敵討ちのために戦ってんだ。立派なもんだろ!」

「帝国の連中は性格悪ぃな!」


 みんなが口々に俺を弁護してくれるのが嬉しくもあるし、申し訳なくもあった。

 だって。


「それに、俺の実力不足もあってさ。賢者はあらゆる魔法を使えるから最初は役だったんだけど、戦いが激化するとサポートぐらいしかできなくって」

「はんっ、そこをなんとかするのが仲間ってもんだろ?」


 メイナさんは腰に手を当てて、男気溢れる美貌に厳しい表情を作った。


「気にするんじゃないよレイド。そんなクズ共に協力するなんて価値なんてありゃしないさ! 辞めて正解だよ! そうだろみんな!」


 メイナさんの呼びかけに、みんなもそうだそうだと同意した。

 その光景に、俺は温かさと同時に故郷の良さを理解した。


 この村で生まれ育った俺は、この村を普通だと思っていた。

 でも勇者と一緒に外の世界へ出ると、俺は黒髪を理由に冷遇された。勇者の仲間だと知ると手の平を返す人もいた。


 クビにされてからこの村に帰る道中で、俺が仲間をクビになったと聞いてさらに手の平を返した人もいた。


 けれど、勇者の仲間をクビになったと聞いて優しくしてくれる人は初めてだった。

 外を知って、故郷の温かさを知ると、メイナさんの言う通り、帰ってきて良かったと実感できた。


「ありがとうございます。それで今日はメイナさんに頼みたいことがあるんですけど」

「おやなんだい?」


「樹海の十二種類のベリーからそれぞれジュースと果実酒を造ったのでさしあげます。それでもしも全部売れたら、次回からは買い取ってくれますか?」


 俺は空のウッドテーブルに30個のコップを取り出すと、ストレージから次々お酒を注いでいく。


「これもあんたの魔法かい? 賢者の加護持ちってのは本当に絵物語の魔法使いみたいになんでもありだね」

「なんでもはありじゃないよ。できることだけ」


 それに、最初は喜んで呑んでいた勇者たちも、名声が高まって来ると数十年物のワインしか口にしなくなった。

 所詮は魔法で作った簡易酒。

 本物の酒造職人とは比べるべくもない。


「まぁ、とにかく飲んでくださいよ」


 俺が勧めると、メイナさんたちは思い思いのコップを手に取り、一気にあおった。

 すると、みんなのまぶたがくわっと見開かれた。


『ぷはぁっ! うまい!』


 みんな一様に舌つづみを打ちながら飲み干すと、まだテーブルに残っているコップを我先にと奪い合った。

 メイナさんも、酒の味には大満足のようだった。


「凄いねレイド! これもあんたの魔法かい!?」

「はい。探知魔法で樹海のベリーの場所を探知。回収魔法で回収。それを錬成魔法でお酒に変えました。12種類のベリーのジュースとお酒をタルで、合計24タル置いておくので、好きに使ってください」


「あいよ。じゃあ厨房はこっちだから」

「はい」


 俺はメイナさんに案内されて、厨房へ向かった。

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