●勇者パーティーを追放されたから田舎に帰ったら王様が遷都してきた

鏡銀鉢

第1話 Sランク冒険者で元勇者の仲間が帰郷します

「ただいまぁ」


 俺が故郷の冒険者ギルドの羽扉を左右に押し開けると、中から可愛らしい声が返ってきた。


「おかえりなさい。あ、レイド」


 俺の顔を見るなり愛らしい笑顔をさらに明るくしてくれたのは、幼馴染のファムだった。


 ふわふわの金髪に大きな青い瞳が宝石のように美しい。そして童顔で柔和な笑顔が魅力的な女の子だ。


「久しぶりだねファム。ここで働いているの?」

「うん。魔王のせいで村の冒険者はみんな村を出ちゃったからね。行商の人も来る回数が減って、宿屋もヒマなんだ」


 恥ずかしそうに照れ笑うファムの家は、この村唯一の宿屋を営んでいる。

 前は遠征に来た冒険者や行商の人が利用していたけど、俺が村を出てから三年の間に事情が変わったらしい。


「まぁ冒険者が少ないからギルドもヒマなんだけどね」


 二重に恥じらいファムが右手をあげて頬をかくときに、彼女の手が大きな胸を跳ね上げた。


 ――ッ、大きい!?


「三年の間に、随分変わったね……」

「うん、村もずいぶんさびれちゃって、レイドのいた頃が懐かしいよ」

「え!? あ、ああうんそうだね村がね、変わったねうん!」


 ファムの胸元から視線を外しながら、俺は必死に話題を逸らした。


 ――負けるなレイド! あれは目と心の毒だ。何よりもファムに失礼過ぎる!


「じゃあちょっとクエストでも見せてもらおうかなー、あははー」

「いいよ、って、あれ? みんなは? レイドって確か勇者パーティーに入ったんだよね」

「ああ、クビになったから戻って来たんだよ」

「えぇええええ!?」


 ファムは素っ頓狂な声を上げて驚いた。

 一方で、俺は平静そのものだった。


「そんな驚かないでよ。冒険者だったらメンバーチェンジはよくあることじゃないか?」

「いやでも! レイドは頼まれて、それにみんなあんなに仲良かったじゃない!」

「昔はね。でも都会の帝国じゃあ俺の黒髪はウケが悪くてね。邪魔になったらしいんだ」

「そんな理由で……」


 帝国はこの大陸最大の国力をもつ先進国だ。人類滅亡をかかげる魔王とは最前線で戦う存在で、昔から大陸のリーダー国を担っている。

 反面、身分を始めとする差別や格差も大きい。


「いや、実力的にもそろそろ限界だったんだよ」


 言って、俺は自嘲気味に頬をかいた。


「神様から加護を貰う13歳のあの日、俺は賢者の加護を貰った。そんな俺の話を聞きつけて駆け出し勇者だったあいつらは俺を勧誘した」


 田舎のしがない農家の息子で、魔王軍に両親を殺され失意の中にあった俺の前に勇者たちが現れた日のことは、今でも鮮明に覚えている。


 両親の仇を討ってから俺に手を差し伸べて言ってくれた。

 一緒に魔王を倒して大陸を平和にしよう。

 賢者のお前がいないと、魔王を倒せない。

 でも、現実は違った。


「賢者はあらゆる魔法を使える魔法のスペシャリストだけど、同時に器用貧乏でもあったんだ。攻撃魔法は大魔導士に敵わない、回復魔法は聖女に敵わない。戦いのレベルが上がって来ると、俺の魔法はどれも中途半端で、ささやかなサポートが精一杯だったんだよ。おまけに帝国じゃ不吉と言われる黒髪だ。なら、仕方ないだろ」


 もちろん、それは自分を納得させるための言い訳だ。


 自分のサポートで勇者たちの役に立ってきた自負があるし、世間体を気にして仲間を追放するなんて酷すぎる。


 むしろ、最初は散々俺の魔法に頼りきりだったのにと、彼らの手の平返しが辛くて苦しくて、クビを言い渡された日は独りで泣いた。


 ――ああだめだ。あの日のことを思い出すと……。


 また、惨めな気持ちが胸にわいてきて涙腺を刺激されてしまう。

 けれど、


「ひどい、レイドを物みたいに、そんなのないよ……」


 目の前のファムがしょんぼりと肩を落としながら眉を八の字にしてくれた。

 その姿だけで、嫌な気持ちが雲散霧消していくのがわかる。

 俺のことを心配してくれる人がいる。

 それだけで、気持ちが前向きになれた。


「いいんだ。あいつらの本性はわかったんだし。きっとあのまま一緒にいたらもっと酷いことになっていたよ。それこそ、魔王との戦いで囮にされたりとかね」


 冗談っぽく笑いながら、俺はファムの前で胸を張った。


「こうして無事に故郷に帰れたんだから、御の字だよ」

「レイド……」


 悲しそうな顔のファムを元気づけるために、俺は陽気に口を回した。


「それに冒険の旅は無駄じゃなかったよ。おかげでだいぶレベルも上がったしね。それこそ魔王本人が来ない限り、この村を守れる自信があるよ。魔王退治はあいつらに任せて、俺は地元を守るよ。ある意味、地元の勇者を目指そうかな、なんて」


 ファムの返事を待たず、強引に話題を変えるべく、ギルドのカウンターに肘をついた。


「というわけでさっそく依頼を受けたいんだけど、クエスト見せて」

「う、うん。じゃあ冒険者証見せて」


 俺に合わせるように、ファムは暗い表情ながらも、明るい声音を作ってくれた。


「ほい」


 と、俺が冒険者証である手のひら大の金属プレートを提示すると、ファムが目を丸くした。


「え、Sランク!? こんな田舎にSランク級の依頼なんてないよ!」


 依頼料次第でどんな危険なこともこなす冒険者には、FからAのランクがある。

 Aが一番高く、Sは規格外を意味する真の最上級ランクだ。世界には数える程度しかいないらしい。

 俺の冒険者証である金属プレートには、確かに【S】の刻印がされている。

 だが、


「いや、勇者パーティーに引っ張り上げられる形で昇格しただけだし、俺一人だとBランクがせいぜいじゃないか?」

「いやいやいや、Bランクでも高すぎるよ! ほらこれ!」


 ファムが広げて見せてくれた羊皮紙は、ランクの目安表だった。


 目安レベル

F  1~9新人冒険者   

E 10~19一人前の冒険者

D 20~29腕利き冒険者

C 30~39一流の冒険者。

B 40~49小国を代表する冒険者

A 50~59国を代表する冒険者。

S 60~規格外。勇者や英雄と呼ばれ歴史に名を残す。


「ああ、久しぶりに見たけどそう言えばこんなだったね」

「Bランクでも小国を代表できる強さなんだから」

「でもうちって樹海のヌシとかいるよね?」


「誰も討伐依頼なんて出さないよ。Bランクの依頼は莫大な報酬がかかるし、この村にそんな予算ないよ」


「あはは、それもそうだね」


 慌ててまくしたててくれるのが嬉しかった。

 理由はどうあれ、ファムが元気を出してくれたためだろう。


「じゃあそうだな。あのベリー採取の依頼でも受けようかな」


 俺が目線を向けたのは、依頼書が張り出されている掲示板だった。

 そこには、村の近くに広がる樹海に実る各種木の実を採取する依頼書が何枚も貼り出されている。


「あ、それ助かるよ。人手不足で誰もやってくれないから、ベリーや薬草はずっと不足気味なんだよね」

「OK。じゃあ村勇者レイドの初任務はおいしい木の実でみんなを満足させることだね」


 俺が歯を見せると、ファムの顔に自然と笑みがこぼれた。


「うん。張り切ってきてねレイド」

「任せて!」


 軽く胸を叩いて見せてから、俺は大手を振って閑散としたギルドを後にした。


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