第3話 俺の旅は無駄じゃなかった

 ファムの待つギルドへ戻ると、ファムが端のコンテナの前で何かを書き留めていた。


「あ、お帰りなさいレイド。今、査定が終わったよ。お金払うからこっちに来て」

「ありがとう」


 俺はファムへ促されるまま、カウンターへ向かった。

 ファムはたくさんの金貨と少しの銀貨と銅貨をカウンターに並べてくれたので、全部ストレージに入れておく。


「他に必要なものはあるかな?」

「うん、他にもキノコと薬草、山菜の依頼があるからこれもお願いしていいかな?」


 彼女が提示した羊皮紙を覗き込んで、俺はストレージを発動させた。


「えーっと、あれとこれとそれと、うん、大丈夫。でもここに出したら邪魔だろうし、倉庫に行こうか」

「そうだね。運ぶのお願いできる?」

「当たり前だろ。こんな重たいの、ファムに運ばせる気なんてないよ」


 笑ながら、ギルドホールに並べた12個のコンテナをストレージに戻して、俺はファムと一緒に倉庫へ向かった。


「そういえばレイド、今日はどこに泊まるの?」

「あ~、俺の家、魔王軍に壊されちゃったしな。今日はファムの家に泊まるよ」

「えっ!?」


 ファムが頬を紅潮させながら顔を跳ね上げて俺を見上げてきた。


「空いているなら、とりあえず一番いい部屋を一か月頼むよ」

「え……あ、ああうん宿ね、うんだいじょうぶ、お父さんに話しておくよ。うんうんうん。そうだよね、うちに泊まるってそういうことだよね。うん」


 ファムは独りでぶつぶつと言いながら、謎の納得をしていた。



   ◆



 ギルドに大量の木の実、山菜、キノコ、薬草を納入して、その依頼料を受け取ってから、俺は村中にあいさつ回りをした。


 みんな、勇者パーティーを追放された俺の心配をしてくれて、嫌な顔をする人は誰もいなかった。


 勇者パーティーを追放されたからずっと惨めな気持ちだったのに、村に帰ってからは、どんどん前向きな気持ちになれている。


 帰ってきてよかった。

 あらためてそう思いながら夜になると、ファムの実家の宿屋に向かった。


 夜でも入り口のカンテラに火は灯っていない。

 ろうそくを節約しないといけないくらい、お客さんが少ないらしい。


 ファムの言う通り、俺がいない3年間の間にすっかりさびれてしまったようだ。

 実際、あいさつ回りでは会えない人もたくさんいた。

 特に、同年代の若い人はみんな、都会に行ってしまっていた。

 ファムは、地元に残る数少ない若者ということだろ。


「ただいまおじさん」


 そう言いながら俺が宿の扉を開けると、カウンターにはファムの父親であり、昔からよく知るおじさんが座っていた。


「おうレイド、久しぶりだな。話はさっきファムから聞いたよ。大変だったらしいな」

「うん。でもいいんだ。みんなにも言われたけど、あんな酷い人たちの仲間なんて、辞めて正解だと思うから」

「なんだ、オレもそう言うつもりだったのに他の奴にとられちまったな。今、家内に部屋の用意をさせているんだ。何せ客なんて久しぶりだからな。つい掃除をさぼっちまった」


 ひとなつっこい笑みを見せてから、おじさんは口に手を添えて声をあげた。


「おいっ、レイドが来たぞ!」


 ドアが開く金属音の後に穏やかな足音が鳴って、二階の廊下からおばさんが顔を見せてくれた。

 その右手には、モップが握られている。


「あらレイドちゃんお帰りなさい。部屋の用意はできてるわよ」

「ありがとうございます」


 優しい、柔和な笑みで迎えてくれたおばさんの元へ向かって、俺は階段を登った。




 俺が通されたのは、街のホテルのように上質な部屋だった。


 廊下は木目剥き出しだったのに、この部屋だけは壁や天井が白い壁紙に覆われていて、ベッドも羽毛素材を使っている。


 昔、ここでファムと一緒に遊んで怒られたのを思い出す。


「昔は視察に役にのお偉いさんや出張に来た商人さんが泊まっていたんだけど、ここ何か月かは一度も使っていないの。レイドちゃんが泊まってくれるなら助かるわ」

「はい。俺の家はもうないんで、しばらくはここに暮らさせてもらいますね。というわけでこれ、さっきギルドで貰った依頼料です。これでしばらくお世話になりますね」

「あら助かるわ。これでまた夜に外のカンテラを灯せるわ♪」


 おばさんは俺から手渡された革袋を開くと声をはずませた。こういうところは、しっかり商売人である。


「じゃあ夕食は部屋に運ぶわね」

「はい」



   ◆



 おばさんが運んできてくれた夕食を食べてからベッドに寝転がると、俺は白い天井を見上げた。


 ずっと尽くしてきた勇者に追放されて、

 辛くて、苦しくて、悲しくて、

 一人で魔王を倒すなんて気概も無くて、

 故郷に逃げ帰ってきた。

 だけど、故郷は優しかった。

 だからこそ、俺はこう思った。


 ――逃げて良かったと思えたなら、逃げても後悔はない。なら大切なのは、逃げたことを後悔しないよう、逃げた先で何を成すかなのかもしれない。


 この村を守ろう。

 ファムに行った村の勇者を冗談じゃなくて本当にしよう。

 そう思いながら、俺は部屋の灯りを消して、目をつむった。



   ◆



 翌朝、おばさんの作ってくれた朝食を食べると、俺はメイナさんの酒場に向かった。


「おはようございます。メイナさん――」


 お酒の評判はどうでしたか?

 と聞こうとして、メイナさんが駆け寄ってきて遮られた。


「レイド! あのお酒もっとおくれよ!」

「え?」


 俺がのけぞり口を半開きにすると、背後からも声が聞こえた。


「おういたかレイド。なぁあの酒もっと売ってくれよ」

「昨日村のみんなで飲んでいたらすぐになくなっちまった」

「あんなうめぇ酒初めてだからよ」


 酒場の外には、いつもの今頃は畑仕事をしているはずの人たちが次々集まってきていた。


「メイナさん、本当にあのお酒、そんなにおいしかったんですか? 俺に同情しているわけじゃないですよね?」


 実のところ言うと、俺はお酒が苦手なのであまり飲んだことはない。

 それでも、勇者たちの反応からたいした事はないのだと思っていたので寝耳に水の話だった。

 だから、てっきり勇者パーティーから追放された俺に気遣っているのかと思った。


「みんなの反応を見ればわかるだろ? いつも仕入れているワインより高くてもいいから、すぐに売ってくれよ」

「いえ、値段は他のお酒の仕入れ値と同じで構いません。じゃあ厨房に」

「いいのかいあんないい酒を。なんだか悪いね。じゃあみんな、あの酒はいつも酒と同じ値段で店に出すから楽しみにしてな」


 メイナさんの一声で、店の外で歓喜の声が上がった。

 あまりの反響に、俺は今でも目を白黒させながら、もしかしてと思う。


 ――もしかして、これが人は情報を食べている、というやつなのかな?


 旅の途中でとある人が言っていた言葉だ。

 勇者たちも俺も、意味がわからなかった。


 でも、今ならわかる。

 ようするに、勇者たちは味なんてわかっていないのだ。


 【そこらの木の実を材料に錬成魔法でお手軽に作ったお酒】というラベルを吐き捨て、【厳選された極上ブドウの産地で造られた30年物のワイン】というラベルをありがたがる。


 それが、勇者たちの真実だ。

 きっと彼らなら、そこらの安酒を100年物のワインだと言って渡せば絶賛するに違いない。


 俺が呆れていると、メイナさんが声をはずませた。


「なぁレイド、こいつの味は本物だ。もしかすると、この村の名物になるかもしれないよ♪」

「名物? つまり、村の外にも売れるっていうことですか?」

「間違いないよ。酒場の娘に生まれて20年と数十か月のあたしと村の酒飲みたちが保証するよ!」


 俺の肩を抱き寄せながら、メイナさんはぐっと親指を立てて快活な笑みを見せてくれた。


 その笑顔ひとつで、半信半疑だった俺は確固たる自信を持てた。

 俺の錬成魔法で造った果実酒の味は本物だ。

 きっとこの村の名物になって、村の名前を高めてくれるだろう。

 でもそうなるとひとつ問題がある。


「材料が足りませんね」

「どういうことだい?」


「はい。このお酒は地元の樹海のベリーで作ったんです。だからこそ村の名物になり得ます。でも、樹海の生態系を崩さないギリギリの量のベリーを魔法で収穫しても、きっといくつかの国でいきわたる分がせいぜいでしょう」


「……ん? いくつかの国?」


「はい。大陸中にこのお酒を長期的に届けるには、ベリーの量を今の数倍、それを毎年安定的に収穫したいところです。それには果樹園が……どうかしましたか?」


 気が付けば、メイナさんが熱心に俺を見つめていた。


「いや、なんかレイド、スケールが大きくなったなって」

「どこがですか?」

「だってあたしは、せいぜい国内に流通させることしか考えていなかったのに、大陸中だなんて。やっぱり度に出て広い世界を知ったおかげかね」


 言われてみればそうだ。

 三年前の俺なら、メイナさんと同じで国内のことしか考えなかっただろう。

 でも、大陸中を旅してまわったせいだろう。

 いつも大陸全体を基準に考えるようになっている。


 ――やっぱり、あの旅は無駄じゃなかったんだな。


 自分の成長を実感しながら、俺は思い出した。


「メイナさんの言う通りですね。おかげでいいことを思い出した。俺の旅は無駄じゃない。きっと、この村を過疎から救うためにあったんです!」

「そうかい。何を思い出したのかは知らないけど、しっかりやりな」


 俺が握り拳を作ってみせると、メイナさんは優しく笑ってくれた。

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