第4話 彼女は借りていきますよ

 それから、俺は村長の家を訪ねてから、村の数少ない果物農家の人たちを集めて話を通した。


 みんなに計画を納得してもらうと、俺はあらゆる移動魔法を全て重ね掛けて、音速の10倍で帝国へ飛んだ。


 この国は大陸の西端、一方で大陸は東端なので、それぐらいの速度で移動しないと往復には日が暮れてしまうのだ。


 途中、俺から放たれるソニックブームに巻き込まれてグリフォン1300羽、ワイバーン600頭、ドラゴン200頭、龍1頭が撃沈したのでストレージに回収しといた。


 

 そうして俺が到着したのは、帝国のとある大果物農家だった。

 地平線まで続く果樹園の持ち主で、その財力は並の貴族を遥かにしのぐ。


 帝国最大の農家にして商人、パラワン一族の屋敷の門に降り立つと、警備の男性が警戒をした。


「ん? たしか……おやおやこれはこれは勇者様のレ……レイドさんでしたね。当家に何か御用でしょうか?」


 一瞬、俺の名前を忘れていた警備の男性は猫なで声を出すも、その瞳には黒髪への嫌悪が隠しきれていなかった。


 きっと、俺が勇者パーティーを追放されたことを聞いたら手の平を返すだろう。

 でも、今はそれは都合が悪い。

 ここは、あえて何も言わないでおいたほうがいいだろう。


「娘さんに用があってね。通してくれるかな?」

「かしこまりました。ではしばしお待ちを」


 警備の男は門の中に消える。

 五分ぐらい待っただろうか、門を開くと、中へ通してくれた。



   ◆



 下級貴族よりもずっと立派なお屋敷の応接室のソファに腰かけて、使用人の淹れてくれた紅茶をすすっていると、パラワン家の現当主が姿を見せた。


「これはレイド殿、本日はどのようなご用向きですかな? うちの娘が何か粗相を?」


 当主はよく肥えた茶髪の中年男性だ。

 前に、旅の途中で俺らはこの人の家に泊めてもらったことがある。

 テーブルを挟んで対面側のソファにどっかりと座る彼に、俺は切り出した。


「いえ、逆ですよ。彼女に、うちの村に来てもらえないかと思いまして」

「ミンティを? 魔王討伐と何か関係があるのですかな?」


「いえ、今日は魔王討伐とは関係ありません。私の故郷にかかわることでして。実はうちの故郷で果樹園を広げる大規模な計画がありまして、その指導員として来ていただけないかと。なので娘さんに――」


「パパ! レイドが来てるって!?」


 俺の声を遮るように、応接室のドアを蹴り破るような勢いで開けたのは、ピンク色の巻き毛が綺麗な眼の大きな美少女だった。


 格好は動きやすい短パンにノースリーブのブラウスというややボーイッシュではあるものの、生地は一級品で、お転婆お嬢様といった風情だ。


 ちなみに、お尻とおっぱいはメロン大なので彼女を男と間違う人はいないだろう。


「ミンティ、久しぶりだね」

「久しぶり、じゃないわよ。来るなら来るって一言いいなさいよね」


 語気を荒らげながら、彼女は大股でのしのしと距離を踏み潰して詰め寄ってきた。


「え、ああごめん」


 ――なんでこんなに怒っているんだ?


 しかも、ちょっと顔が赤いし。

 わけがわからない。


「今日は急用でね、君にうちの村へ来て欲しくて」


 ソファに座る俺を見下ろしながら、ミンティは腕を組んでさらに顔を赤くした。


「アンタの村に? な、なんでよ? ま、まさかとは思うけど、アタシが必要てこと?」

「うん」

「ッッ!?」


 ミンティのまぶたが限界まで上がった。


「君の知識が必要なんだ」

 ミンティの顔が青ざめながら硬直した。

「あ……うんはいはい。続けていいわよ……」

 何故か、ミンティはやるせない顔で視線を横に流した。

 ――さっきから情緒が不安定だな。まぁ、こんな家じゃ仕方ないか。

「うん。実は俺の故郷で大規模な果樹園計画が持ち上がっているんだけど、木の世話をする人が足りないから、君には指導員として来てもらえないかなって思って」

「指導員て、アタシがアンタの村の人たちに教えるってこと?」

「そ、成功したら、最低でも100ヘクタールの果樹園を君にあげたい。これは村長や他の果物農家も了承済みだよ」


 途端に、ミンティの顔色が変わった。


「それ! ようするにアタシに果樹園主をやれってこと!?」


 翡翠色の瞳を宝石のように輝かせる彼女に、俺は大きく頷いた。


「もちろんだよ。ミンティさえよければ、今から視察に来てくれないかな?」

「行くわ! じゃあパパ、アタシちょっと行って来るから。ママにはてきとうに言っておいて! 準備しなきゃ!」


 一方的にまくし立ててから、ミンティはつむじ風のように応接室から出て行ってしまった。


「じゃ、そういうことですので」


 俺が当主さんに断りを入れてから部屋を出ようとすると、彼は苦々しい顔をした。


「……本当に良いのですか? いくら知識があってもあれは女ですよ?」


 その言葉に、俺はつい足を止めた。


「むしろ知識があるせいで生意気で出しゃばりで、このままでは将来は嫁の貰い手もなく小姑として兄嫁をいびるだけでしょうから引き取って頂けるならこちらとしてはありがたい話ですがね」


 ぶちぶちと言い続ける当主に、俺は優しい、穏やかな声で捨て台詞を吐いた。


「貴方がそういうことを言うから連れて行くんですよ」

「? それはどういう意味ですかな?」

「さてね、とにかく、彼女は借りていきますよ。もっとも、彼女がこんな田舎で暮らしたくないと言えばこの話はナシですがね」


 彼女と過ごした数日を思い出して、俺は怒りを押し殺しながら応接室を出た。

 

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