私が生きていくための正しい服は、いったいどんなでしょうか

 滑稽なくらい幸せな夢から醒めた麻衣は、真っ暗な部屋でしばらく重たい身体を横たえていた。いま何月何日だ。限界まで見たくなかったスマホを、腹を決めて手に取ると、あの飲み会から四日ほど経っていた。バイト先からの着信が八件入っている。翌日からも通常通りシフトを入れていたので、麻衣は三回バイトをすっぽかしたということになる。二年間の間にころころ変わって六人目の店長は、私がどんなに愚かなことをしても絶対にキレない珍しい人だったけど、今回はもうだめだろうな。飲み会はめちゃくちゃになったし、あのあと家まで送ってくれたのにロクにお礼も言ってないし。辞めるとき挨拶って要るんだろうか。お世話になりました、ご迷惑をお掛けしましたって頭を下げる時は、どんな格好をしていけばいいんだ。麻衣には検討もつかなかった。寝過ぎて痛む身体を引きずって窓のシャッターを開けると、真っ白な光が差し込んできて麻衣を照らした。佐々木、という金の刺繍糸が光る、真っ青なジャージ。


 母親は出かけており、ダイニングに食事は用意されていなかった。虎徹はソファで寝ている。なにか温かいものを腹に入れたい気がして冷蔵庫や棚を漁るが、適当なインスタント食品がない。後頭部ではねる寝ぐせもそのままに、サンダルを引っかけて四日ぶりに外へ出た。


 角を曲がった大通りにあるコンビニは品揃えが疎らだ。少ない選択肢の中から牛丼を手にとってレジへ持っていく。自動ドアのガラスに影が写っていて、血の気が引いた。自分が高校のジャージのままであることに気が付いたのだ。こんなの、絵に描いたような引きこもりじゃないか。店員の女もそう思っているに違いない。「……すみません、」口に出た声はか細かったが、麻衣は振り絞って続けようとした。私、今から家に帰って着替えてくるので待っていていただけますか。でも、コンビニに来るための正しい服は、どんなでしょうか。私が生きていくための正しい服は、いったいどんなでしょうか。


「お弁当温めますねー」


 店員は慣れた手つきで牛丼をレンジへ放り込み、代金を読み上げた。


「えと……いまから……、」


「四百八十円です」


 催促するように二度も同じ調子で読み上げたので、麻衣は慌ててスマホ決済で支払った。チン、と小気味よい音を立ててレンジから出てきた牛丼をあっという間に袋に包み、店員は変わらない微笑みをたたえている。


「ありがとうございましたー。お次お待ちの方どうぞー」


 コンビニをあとにした。ビニール袋の底に触ると、ぬるく湿った温度が、手のひらに伝わってくる。

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正しいワンピース たつじ @_tatsuzi_

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