小さなお姉様はメイド様
「ティア」
一人しかいないはずの部屋に響き渡るのは、明るくて可愛らしい声。
「……ナギ」
セレスティアが“ナギ”と呼ぶ先には、直径10センチメートルほどの妖精が不安そうに顔を覗き込んでいた。
「今日から2年生だけど……、顔色が良くないよ」
「うぅん、やっぱりちょっと緊張しちゃって」
「……あぁ、昨日の一件?」
ナギは話しながらも、セレスティアの身支度を行う。小さい体ではあるが、魔法を使いながら手際よく進めている。
セレスティアがメイドを雇っていないのは、ナギがいるというのも大きな理由だった。その辺のメイドよりも仕事が丁寧で早く、お金もかからない。また年齢は優に100歳は超えている為、セレスティアの良き相談相手であり、姉のような存在である。
「心配しなくて大丈夫。あの人たちから悪意は何も感じられなかったし、好意的だったじゃない」
「そ、そうよね。怯えている方がきっと失礼よね」
「そうよ! ただ、なんとなく他の人と違う感じがしたから、それだけが不可解というか何というか……」
小さな眉間に少しの溝を作るナギを見て、セレスティアは一つの疑問を発した。
「他の人と違うっていうのは、シャーロット様のこと?」
「いや、昨日会った大半、かな」
誰とまでは言及せず言葉尻が小さくなっていった。しかし、すぐさま本来の明るい声色を取り戻して、セレスティアと向き合う。
「でも確信を持てているわけじゃないから、普通に接していればいいと思う。何かあれば私がすぐに耳打ちするから……。はい、準備完了。今日も可愛い!」
「ナギ、いつもありがとう」
鏡に映るのは自信のないあどけない少女。そんな少女に祝福のキスをして、ナギはセレスティアの髪の中で身を潜めた。セレスティアは控えめに口角を上げて、ドレッサーを後にした。
寮室を出ると窓から薄ピンクの花が覗いていた。空気を吸い込むと暖かで心地の良い香りに包まれる。
「綺麗」
(まるでシャーロット様の髪のようだわ)
緊張が解けた彼女は、歩幅がほんの少し大きくなった。
「あ、ティア!」
廊下の向こうから聞き覚えのある声と、印象的なキャッツアイが見える。
「ご機嫌よう、シャーロット様」
「ご機嫌よう! 昨夜はよく眠れた?」
「緊張はしましたが、よく眠れました」
「それは良かった。一緒にクラス分け見に行きましょう」
「はい」
(昨日たしか、シャーロット様、ゼファー様、エンリル様、レイ様、グレイシャ様が同じクラスだと言っていたけれど……。そんな豪華なメンバーが集まることなんてあるのかしら)
「寮の入り口に張り出されてるみたいよ」
「は、はい」
「昨日のメンバーが一緒なの? って顔してるわね」
「す、すみません……。あまりにも豪華なメンバーなので、信じられなくて……。シャーロット様のことを信用してないわけではないんですが……」
「大丈夫よ、言いたいことは私も分かるしね」
少し切なげな顔をするシャーロットだったが、すぐさま笑顔を作った。
「あ、掲示板が見えたわ!」
「そ、そうですね……」
セレスティアもなんとなくシャーロットの表情の変化に気づいていたが、見ないふりをして掲示板に向かう。
人混みの中自分の名前を探す生徒たち。あちこちで悲鳴のような歓声のような声が響き渡る。
「ゼファー様とエンリル様が同じクラスよ?!」
「え! どこ? どこのクラス!?」
「あそこよ、春組よ!!」
四方八方から聞こえる王太子の名前。
(やはりお二人は同じクラスなのね……)
“ティア、あなたの名前あったわよ”
馴染みのある声がセレスティアの耳元で囁くと同時に、本人も見つけていた。
「春組……」
均一な活字で刻まれた名前を目に焼き付ける。
「ティア、一緒ね」
ハッとしてシャーロットの方へ振り返ると、どこか切なく、儚く、苦しい笑顔をしていた。
「シャーロット、様……?」
「どうしたの? そんな不安そうな顔をして」
次の瞬間には、さっきのは幻覚かと思わせるほど満面の笑みを浮かべており、逆にセレスティアが心配されてしまった。
「いや、なんでもありません」
(見間違いだったのかしら)
セレスティアは少しの間、シャーロットのあの切ない顔を忘れられなかった。
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