恋する乙女は美しい
「ありがとう、セレスティア」
「い、いえ……」
シャーロットが大胆に抱きつくと、セレスティアは少し肩を震わせて、ゆっくりと彼女の背中に手を伸ばす。
「ふふ、石みたいに固まってるわね」
「も、申し訳ございません……」
「同い年なんだし、敬語はいらないわ」
「で、でも……」
悪女ではないと思いたいが、固定概念なのか、先入観なのか、それに似たものがあり、セレスティアは反射的に己の身を守ろうと、体が硬直してしまう。
「私がこの学園で、悪女だって言われてるからよね」
「え……」
セレスティアは次の言葉が見つからず、ばつが悪い顔をしてしまう。
「ふふ、図星みたいね。でも、私の場合は、そう言われても仕方ないことを、過去に色々していたから、自業自得。仕方がないことだわ」
遠くを見つめる彼女の横顔が、セレスティアには少し儚く見えた。
(シャーロット様に、何と声をかければいいのか分からない……)
「だから、セレスティアが私を怖がるのも無理ないわ。少しずつ仲良くなっていきましょう!」
「は、はい!」
「あ、あと、先ほども言ったように、セレスティアの婚約者探しを私にも手伝わせて欲しいの!」
ズイっと近づくシャーロットと、一歩後ろに下がるセレスティア。一進一退、プラスマイナスゼロとはこのことである。
「え、あの……」
「ね、いいでしょう? だめかしら?」
(シャーロット様は、ワガママというより小悪魔なのでは……?)
同性であるセレスティアさえも、心臓がドクンと大きく跳ねるのを感じた。青く光るキャッツアイ。そしてそれに沿って描かれたアイラインが、これだけ似合うのはこの人以外いないだろう、とセレスティアは思った。
「もし嫌であれば、やめておくのだけど……」
「嫌と言うわけではないのですが……。いや、むしろ嬉しいお話ではあるのですが……」
シャーロットの誘いは、セレスティアにとってもメリットが大きい。一番の悩みの種である、婚約者問題が解決するのであれば、それ以上に嬉しいことはない。
だが、おいしい話の裏には、何かが隠れていることもまた事実であり、セレスティアはそれを疑ってしまっていた。そんな疑い深い自分が嫌になってしまいそうだが、セレスティアは、貴族社会は華々しいようで、意外に泥臭いことを知っていた。
「身分の低い私だけが、良い思いをするのは良くありません。私にも出来ることがあれば、何でもおっしゃってください」
「そうね……、うーん……」
右手を自身の顎に添え、考えるそぶりをするシャーロット。何かを思いついたのか、大きな瞳をさらに見開いて、ピースサインを作る。
「二つでも良いかしら!」
「二つ、でも、大丈夫です」
正直なところ、どのようなお願いかによっては一つでも嫌なところではあるが、悩みの種であった婚約者探しを手伝ってくれるのだから、どんな要求でも飲もうとセレスティアは決意していた。
「そうね、じゃあ一つ目は、貴方のことを愛称で呼びたいの!」
「えっ、と……?」
どれほどの無理難題を突きつけられるのか、と身構えていたセレスティアは、拍子抜けしてしまった。
「へ、変なこと言ったかしら?」
「い、いえ……。その、お願いが思っていたよりも可愛らしくて……」
それを聞いたシャーロットは、ぽっと頬を赤く染めた。それを隠すかのように、口元を手で隠して話し出す。
「か、可愛いだなんて、そんなことないわ。セレスティアの方が何倍も可愛いもの……!」
「いや、私は……」
「もー! セレスティアは小動物のようで可愛いの! はい、この話はおしまい!」
「は、はい……」
強引に話を終わらせるシャーロット。そんな彼女を見て、どこぞの長毛の猫のように美しいと思ったことは、口に出さなかった。
「それで、愛称のことだけど……」
コホン、とわざとらしく咳払いをして、本題に戻るシャーロットとは裏腹に、セレスティアは自身のことを脳内で責めていた。
(公爵令嬢かつ王太子の婚約者である、麗しきシャーロット様が、長毛の美しい猫にしか見えないなんて……。私はとんだ無礼者だわ……)
「あ、愛称ですよね。是非シャーロット様のお好きなようにお呼びください」
「じゃあ、ティアがいいわ! そう呼ばせてちょうだい!」
「ティア、いいですね」
「小動物のように可愛らしいティアにぴったりだわ」
シャーロットは満足げに微笑み、そして、間髪入れずに次の話題へとうつっていく。
「二つ目だけど、これも簡単なお願いよ。今度私の婚約者と会って欲しいの」
次こそは、重いお願いが来るのかと思いきや、またもや拍子抜けな答えが返ってきた。しかし、シャーロットの婚約者ということは……、と考えようとしたが、セレスティアは思考を停止させた。
「えぇっと、あの、シャーロット様の婚約者ということは……」
「そうよ、アイオライト王国の第一王子である、ゼファー・アイオライト殿下に会ってちょうだい!」
「そんな! 私が気軽にお会いできるような方ではございません……」
「大丈夫よ! 明日のクラス替えで同じクラスになるから!」
「へ?」
「ん? ……あ」
マズイ、とでも言いたげな顔をするシャーロット。
「私、昔から……、勘が、いいのよ」
少し棒読みになっているが、何とか笑顔で乗り切ろうとする。しかし、目が泳いでいるので、あまりうまくは隠せていなかった。
(何かを隠そうとなさっている……。これはあまり深く聞かない方が良さそう)
「そ、そうなのですね」
「そうなの! だから2年生からは、私とゼファー様と同じクラスよ」
「えっと、シャーロット様も同じクラスですか?」
「あ、え、たぶん、多分そうよ、私の勘がそう言ってるわ」
「そ、そうなのですね……」
ここまで来ると、セレスティアも気づかないフリをするのが難しくなってきたが、公爵令嬢に恥をかかせるわけにはいかないと、口元に手を添えて笑みを浮かべ、平静を装った。
「だ、だから、明日ゼファー様とお会いして欲しいの!」
「分かりました。同じクラスであれば、お会いするハードルが下がりました。それでも緊張は致しますが……」
「大丈夫よ、とってもお優しい方だから」
そう語るシャーロットの顔は、まさしくセレスティアがいつしか夢見た、乙女な顔をしていた。
(私もいつか、シャーロット様のように恋をして、このような美しい表情になる日が来るのでしょうか……)
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