ヒロインと悪役令嬢の出会いは、偶然か必然か
セレスティアの顔は青ざめ、口に詰め込んだクッキーも、少しばかり口から落ちてしまったた。まるでセレスティアの周りだけ、時が止まってしまったかのように、沈黙が流れる。
「あら、なんてだらしない顔をしてるの」
口元を手で隠し上品に微笑むのは、学園で悪女と名高い、シャーロット・ノルン・ローズクウォーツだった。
(なぜ、シャーロット様が私に声をかけてらっしゃるの?!)
我に返ったセレスティアは、素早く立ち上がり、深く深くお辞儀をする。再びシャーロットの方を向くと、絵の中から出てきたような美しい顔が目に入る。
サファイアのように輝く猫のような目と、ローズクウォーツの名に相応しい、艶のあるローズピンクの髪。
ローズクウォーツ家と言えば、男はナルキッソス、女はヴィーナスと象徴される美形一家だ。その血が通っているシャーロットも漏れなく、美しさという観点においては太鼓判が押されている。
そしてシャーロットは、第一王子の婚約者でもあった。
そんな全てが完璧て、この世の全てを手に入れたと言っても過言ではない彼女が、悪女と言われてしまうのには理由があった。それは、異常なほどにワガママであり、自己中心的であると言うことだ。
少しでも自分の気に触ることがあれば、その者を良ければ退学。悪ければ追放、もっと悪ければ斬首刑にするだとか、悪い噂が後を経たない。
(私、何かしてしまったのかしら……? 折角無理を言って入学させてもらったのに……。私は、本物の親不孝者になってしまうの?)
セレスティアは、せめて退学であってくれと、この短時間で神に願った。
そんな彼女とは裏腹に、シャーロットは緩やかな笑みを浮かべて手を差し伸べる。
「私の、友達になってくれない?」
「……」
セレスティアはポカンと口を開けて、驚きのあまり、また時が止まってしまった。ついでに思考も止まってしまった。
「え?」
「ん?」
生気の感じられない目をしたセレスティアと、満開の花のように微笑むシャーロット。二人の間に、長いようで短い沈黙が再び流れた。
エスメラルダ家は辺境の男爵家。第一王子の婚約者が友達になろう、と自ら声をかけるには不相応な身分である。
勇気を振り絞り、声を絞り出し、セレスティアはシャーロットに問う。
「も、申し訳ございません、シャーロット様。ど、どなたかと勘違い、されていませんか?」
「いいえ、間違いないはずよ。貴方がセレスティア・エスメラルダなのであればね」
(私の、名前だわ……)
「そして、貴方が親不孝者にならない為に、婚約者を探しているということも、私は知っているわ」
「な、なぜ、それを……」
婚約者を探していることは、誰にも話しておらず、ましてや、両親のために探しているなんてことは、親にさえ言っていない。
「私の友達になって下さったら、貴方の婚約者探しも手伝うわ。貴方にとっては美味し話だと思うけど……」
(どう、しましょう……)
セレスティアから見たシャーロットは、少々強引ではあるが、噂に聞くような悪女には見えなかった。
しかし、噂が流れると言うことは、斬首刑は無いにしろ、退学や追放はあるかもしれない。そうなると、一緒にいる時間が長くなればなるほど、シャーロットの機嫌を損ねる確率は上がってしまう。
さらに、セレスティアの婚約者探しを手伝うとも言っていた。それらを考えると、セレスティアにしかメリットがなく、都合が良すぎる。
(でも、シャーロット様からのお誘いを断るなんて、そちらの方が無礼で、機嫌を損ねてしまうのでは……?)
様々なことを考えてしまうセレスティアを見かねて、シャーロットは差し出していた手を、自分の口元は戻した。
「……急に話しかけて驚かせてしまったようね。ごめんなさい」
少し吊り上がっている眉を下げて、どことなく寂しそうにシャーロットは呟いた。
(なんてしおらしくて、花のような方なの……)
セレーナの第六感が、初めて反応した。この人と友達になりたい、と。
「シャーロット様、すぐにお返事ができず申し訳ございません。こんな私でよければ、お友達になってください」
セレスティアは自分の少し震える声に気付きながら、片手を差し出した。
「ありがとう、セレスティア」
満足げに笑うシャーロットをみて、セレスティアは、悪女にこんな笑顔が作れるはずがないと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます