悪女と名高い公爵令嬢が、なぜか私のことをヒロインと呼び、自分の婚約を破棄しようと目論んでいるので阻止します
梅雨日和
第一章 出会いの春
プロローグ
青い若葉が太陽の光をキラキラと反射させている、そんなある日。セレスティア・エスメラルダは衝撃の告白を受ける。
「ゼファー殿下との婚約を、破棄しようと思っているの」
「え……」
目の前にいるシャーロット・ノルン・ローズクウォーツは、目を潤ませ、震える声で確かにそう言った。公爵令嬢であり、王太子の婚約者でもある彼女が、だ。
悪女だと噂された彼女だったが、辺境の男爵家に生まれた、何の権力もないセレスティアにも平等に接してくれた、たった一人の友人。
そんな分け隔てない彼女のことが、セレスティアは好きだった。だから尚更、納得ができなかったのだ。誰よりも彼女の幸せを願っていたから。
「なぜですか? シャーロット様はゼファー殿下のことを……」
シャーロットは、その後に続くであろう内容を聞くまいと言葉を被せる。
「私、転生しているの。バカバカしいと思うかもしれないけど…… 。前世の記憶があるの」
「てん、せい、ですか……?」
この世界にそのような言葉ない。セレスティアは混乱し、シャーロットが怪しい宗教か何かを信じているのではないかと疑った。しかし彼女の目に濁りはなく、とても最近聞き覚えた言葉を羅列しているだけだとは思えなかった。
「転生というのは、生まれ変わりのことを指すの」
「生まれ変わり、ですか」
「そう。前世で死んだ私は、この世界で新たに生を受けた。ただ、問題なのは……、私が前世の記憶を持っていたということね」
伏目がちなシャーロットとは対照的にセレスティアの目は大きく見開いている。
「前世の記憶があることに、どんな問題があると言うのですか?!」
セレスティアは、今まで見せたことのない剣幕で、シャーロットに問う。その姿は怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える。冷静なシャーロットに対して、セレスティアの目には涙が溜まっている。
「そうね、ただ前世の記憶があるぐらいだったら良かったのに……。私は……、私の人生の結末を知ってしまっているの」
「人生の、結末……?」
先程まで興奮して赤みがかっていたセレスティアの顔は、少しずつ青ざめていく。
「そうよ。物語には始まりと終わりがあるように、私たちの人生にも結末がある。私の運命は既に決まっているのよ」
確かに、今までのことを思い返すと、シャーロットは未来を予知するかのように、セレスティアの運命を言い当ててきた。シャーロットはただの勘だと言っていたが、少し引っかかっていたのだ。
「このまま、ゼファー殿下と過ごしてしまったら、私はもう後戻りできなくなってしまう。離れられなくなってしまう」
サファイアのように輝く瞳からは、大粒の雫が溢れ出す。その姿を見て、セレスティアの頬にも同じように涙がつたう。
「離れなくても、良いではありませんか……」
「そう、ね……。生まれ変わったとしても、前世の記憶がなければ、何も考えずにただ殿下のことを好きでいられたかもしれないわ……」
少しの躊躇いを見せたシャーロットは、苦しそうに微笑みながら、こう言ったのだ。
「どれだけ好きだろうと、結末を知ってしまっていたら、愛する人ではなく、自分の命を優先してしまう。私の思いはそれまでだったということね」
自分に言い聞かせるように、彼女はそう呟いた。
「それにね、ゼファー殿下はいずれ、あなたに恋をする……。そうすれば、私はもう殿下にとっては要らない人。いいえ、邪魔な存在になってしまう」
「ど、どう言うことですか? 私は、シャーロット様の婚約者を奪うようなことは致しません……!」
「そうね、ティアが私の婚約者を奪うだなんて思っていないわ。でも、この世界の運命は全て決まっている。だからそれを変えることはできないの。この物語のヒロインは私ではなく、貴方なのよ。セレスティア・エスメラルダ」
今にも消えてしまいそうなほど、儚い微笑み。目の端には涙が溜まり流れ落ちる。
「もし……、もしも、本当にそれが私たちの運命だと言うのであれば、私だけでもその運命に立ち向かいます。そして必ずしも、運命を変えてみせます」
これは、破滅エンドを阻止すべく婚約を破棄したい悪役令嬢と、婚約破棄を阻止したいヒロインのお話。
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