風魔法の申し子エンリルは、掴みどころがない

「……兄貴はめちゃくちゃ良い人だよ」

「へ?!」


 人の気配と、聞き馴染みのない声が聞こえ、セレスティアの背筋は凍った。身の危険を感じたセレスティアは、辺りを見渡す。


「へへ、ここだよ〜」


 イタズラに笑う声は、セレスティアの頭上から聞こえた。恐る恐る見上げると、これ以上近づけば触れてしまいそうな距離に、男の笑顔があった。


「っ!」

「初めまして、セレスティア」

「え、エンリル様?!」

「やっほー、エンリルだよー」


 目の前でぷかぷか浮いている彼は、ゼファーの双子の弟であるエンリルだった。白髪は太陽の光を浴びて輝き、アメジストのような瞳は、少し気だるげに見える。


 ゼファーが第一王子で、エンリルが第二王子であることは周知の事実であるが、エンリルの発言や態度を見て、能天気で破天荒な自由人だとセレスティアは思った。


「ご、ご機嫌、エンリル様……」

「そんな堅苦しいのはいいよ、普通に接してくれたら」

「しかし……」

「僕が言ってるんだし、いいのいいの」


 相変わらず地面に足をつけることなく浮いているエンリル。彼は風魔法の申し子だとちまたで噂されており、魔法を使わせれば学園一。いや、国一番かもしれないとさえ言われている。


「ん? 何か聞きたそうな顔してるね」

「な、なぜ私の名前を知っておられるのですか?」

「ん〜……。だって同じ学園の同級生じゃん?」

「そ、そうですが……」

「セレスティアだって、僕のこと知ってるよね?」

「それはもちろんです」

「じゃあそれと同じだよ」


(全く同じではないのですが……)


 エンリルは1人で満足げに笑い、空中で胡座あぐらをかく。それを見てセレスティアは頭を抱え、そんな彼女を見て、エンリルは愉快そうに問いかけた。


「それでさ、なんでセレスティアは兄貴のことを気にしてたの?」

「あ、それはシャーロット様からのお願いで、明日ゼファー様にお会いすることになっていて……。地位もかなり違うので緊張していたのです」


 セレスティアの発言を聞いて、エンリルはまるで演技が下手な役者のように、わざとらしいポーズをとると、ふむふむと、自身の中で解釈する。


「そうだったんだね。それなら全く心配する必要はないよ」

「シャーロット様達もそのように仰っていました。皆さんお優しい方ばかりだったので、とても安心しました」

「兄貴はあの3人よりも人が良すぎるから、誰かに騙されるんじゃないかって、弟の僕が心配するぐらいだからね」


 やれやれと首を横に振りながら、ようやく地面に足をつける。エンリルは思いのほか、身長は高めでスラっとした体型をしていた。


「セレスティアは、兄貴の何かを欲しがってる訳ではないみたいで良かったよ」

「ゼファー様の何かを欲しがる……?」

「次期国王なんだから色々狙われるんだよ。女性は婚約することを目的に近付く人が多いかな」

「そう、ですよね。貴族ならそのようなことを考える人がいてもおかしくありません」

「セレスティアは違うの?」

「私は……」


 セレスティアは一呼吸おいて、口を開く。


「私は、素敵な恋愛結婚に憧れておりますので」

「そりゃいいね」


 親指と人差し指で音を鳴らしながら、ウインクをする。しかし、彼はすぐに「でも」と話を続けた。

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