涼しい顔が赤くなる

 ずいっと一歩近寄りながらエンリルはセレスティアに問う。


「でも、セレスティアが兄貴を好きにならない理由はないよね?」


 セレスティアからすると、ついさっき知り合った人に、まるで”ゼファーを好きになる”と言い切られているようで、なんだか腹立たしかった。それどころか、無礼にもエンリルに「その様なことを言われる筋合いはない」とさえ思ってしまっていた。セレスティアは普段優しい目に少し力を入れて、エンリルに返答する。


「シャーロット様の婚約者ですし、私がゼファー様を好きになることはありません」


 セレスティアが少し不満そうにそう言い切ると、エンリルは目を見開く。


「そっか、そりゃすごいや」


 整った大人っぽい外見とは異なる、少年のような笑顔を見せたエンリルだったが、すぐに表情は固くなる。

 セレスティアには分からなかった。何故第二王子がここまで辺境の男爵令嬢に忠告をするのか。セレスティアは身の程をわきまえているつもりだった。


「無礼を承知で伺いますが、私がシャーロット様の婚約者を強奪するとでも言いたいのですか?」

「いや、そうじゃなくて。兄貴はシャーロットの事が大好きだから、セレスティアが傷つくのを見たくなくて」

「大きなお世話です……」

「でもさ、人が誰かを好きになるのって、地位とか、権力とか、そう言うことは関係ないんじゃないかなって思うんだ。そんな機械的なものじゃない……」

 

 恋をしたことがないセレスティアだが、ある事に気がついた。それは先ほどのシャーロットと同じ顔を、エンリルがしているということだ。


「……。そうなんですね、分かりました。ご忠告ありがとうございます」


 先程まで納得できないとでも言いたげな顔をしていたセレスティアは、表情筋を緩めてエンリルに微笑む。


「エンリル様にはきっと、好きな方がいらっしゃるのですね」

「っ……」


 先程まで涼しげな顔をしていたエンリルも、これには顔を赤らめる。


「だってなんだか、ご自身のことを話していらっしゃるみたいだったので……」

「別に、そんなことは……」

「私の勘違いでしたら申し訳ございません。ですが私は少し羨ましいのです。そこまで好きになれる相手がいることも、誰かに好意を持ってもらえるお相手のことも。私にはまだそう思える方がいませんので」


 少し遠くを見つめていたセレスティアは、クスクスと口元に手を当てる。


「なんて……、私の話をしても面白くありませんね。申し訳ございません」

「面白くないなんてことはないよ。まぁ、またゆっくり話そう」


 そう言うとエンリルは、まるで春の陽気に包まれたかのようにふんわりと浮かぶ。日光が当たり、本物の翼が生えている天使の様にも見えた。


「エンリル様は天使様の様ですね」

「ははっ、そうかな?」


 笑い合う二人の間に爽やかなそよ風が吹いた。


「じゃあ、そろそろいくね」

「はい」


 一息で校舎の屋根に近い所まで飛び、手を振ってからシャーロット達の向かった方角へ飛んでいった。


(なんだか変な人だった……)


 天才と変人は紙一重なのかもしれないとセレスティアは思った。

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