食人鬼
にのい・しち
食人鬼
1945年、戦場のフィリピン。
その夜は唐突に起きたのだ。
米軍は日本軍が陣取りしていた塹壕を爆撃。
数十名いた部隊は半数以上が戦死。
難を逃れた者は、続く米軍の攻撃により散り散りとなった。
俺は火傷をおった広瀬二等兵を担ぎ暗黒のジャングルに逃げ込むが、そこには米軍よりも危険な敵がいた。
森に住む原住民。
奴らは人間を狩る食人鬼だ。
森を歩く中、食い荒らされ骨を露出させて死んだ、人間を見た
奴らは今、腹を空かせている。
「た、
「バカ。置いていけるか」
「自分は足でまといです。腰の
「自決は最後の最後だ」
話し声を悟られた。
風が凶器に変わったのかと思えた。
目の前にある大木に刺さった矢を見て青ざめる。
奴らが来た。
焦りから早歩きになると、負傷した広瀬が石につまずき転ぶ。
「ひ、広瀬!」
「班長、行って下さい!」
またしても、風が凶器に変わる。
「広瀬!!?」
上半身を上げた広瀬の胸を、矢が貫いた。
広瀬は苦悶の表情を見せながら、俺を突き飛ばす。
すぐに起き上がり広瀬と目を合わせるが、彼は林の中へ引きずりこまれる。
まるで、森に食われたようだ。
茂みから広瀬の悲鳴が聞こえ、気が動転した俺は、とにかくジャングルを駆ける。
隊の仲間を見捨てた罪悪感と、食人部族に殺される恐怖で、俺は戦意を失い怯えきってしまった。
俺を追う奴は闇に目が慣れているのか、放つ矢からは逃げきれない。
矢の先が右の太ももをかすめた。
その拍子にぬかるんだ土へ倒れこむ。
急いで立ち上がらねば。
だが、背後から追っ手にのし掛かられ、押さえこまれる。
俺は必死に抵抗した。
こんな野蛮な俗物に殺されるのも、食われるのもごめんだ。
たまたま掴んだ巨木を、追っ手の肩へ叩きつける。
反撃に驚き飛び退く追っ手。
俺は追撃する為に巨木を持って、襲いかかろうとしたが、相手の顔を見て手を止める。
「早坂? 貴様は、第四分隊の早坂二等兵か?」
早坂は答えない。
その身なり軍人とは思えないほど、軍服は切り刻まれたように破け、目は
手に持った武器は表面が荒削りで、手製の弓矢だと推察される。
「早坂、俺だ! 第ニ分隊の高天だ。生きていたのか。半年以上も、どうやって?」
早坂の表情は変わることなく、息を荒げ敵意が伝わる。
身の危険を感じた俺は、腰に装備したホルスターへ、ゆっくりと手を近づける。
早坂に動きがあった。
にらみ合いに業を煮やしたのか、早坂は素早く弓を構えて矢を放つ。
俺は腰から拳銃を抜くと、銃口を奴へ向け引き金を引く。
暗黒の森で一発の銃声が響いた。
早坂が放った矢は、姿勢を低くした俺の頭上を通り過ぎ、草むらへ消える。
一方、俺の撃った銃弾は角度がつき、早坂のアゴから斜め上に後頭部を貫いた。
倒れた早坂の死を確認しようと歩み寄ると、草むらの奥で草木を分けて近づく気配を察知した。
俺は息を押し殺し後退すると、生い茂る葉の影へ身を隠す。
すると、草むらから三人の男が現れた。
なんとも言えない不気味さを醸し出す三人。
連中は早坂の死を目視で観察すると、身を屈めて早坂の死体にかじりついた。
人肉を食い漁ってる。
だが、それ以上に驚き恐怖する光景があった。
人肉を食らう三人は、軍服を着込む日本兵。
しかも、早坂と同じ第四分隊の兵士だ。
仲間の死体を食ってる。
体の震えが止まらず、屈めた姿勢を維持出来なかった俺は、隠れた葉を揺らしてしまう。
三人はそれに気づき、興味を早坂からこちらへ向けた。
その時の顔は、脳へ鮮明に刻印される。
爆撃で起きた火災が瞳に反射したのか、男達の両目は赤く光っていた。
正しい判断だったかわからないが、俺は隠れていた葉のカーテンから飛び出し、振り返ることなく走った。
三人から逃げ切った俺は今、極限の空腹と戦っている。
餓鬼そのものだ。
おかしくなる前の早坂と話した時、奴は言っていた。
(戦争が終わったら田舎へ帰って親孝行します)
なのに、過酷なジャングルが奴を変えた。
ろくに前線の生態も知らず戦地へ送りこまれ、携行する食料がなくなれば、現地で調達するしかない。
しかし、その知識すら得ることなくここへ派兵された。
ここ数日、ネズミや蛇を捕まえて食ったが、腹を満たすほどの量にはならない。
餓鬼となった俺は理性を失いかけ、あの赤い瞳を見せた兵士へと、化けようとしている。
何でもいい。それこそ、人すら食わねば、この苦しみから逃れられない。
俺も獣に成り下がるのか?
その後は運が良かった言えるのか、森をさ迷う俺は偵察へ来た米兵に捕まり、捕虜になった。
長い尋問を受けている間に日本は敗戦。
国際条約により、俺は日本へ送還されることになった。
この島には、変わり果てた化け物がいる。
いや、本当の化け物は、まともな人間を獣に変えてしまう、戦争だ。
食人鬼 にのい・しち @ninoi7
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