カエル肉は嫌だ。
「がるるるるる…………」
「がるるるるるるるる……」
最悪の空気だった。
リピルがアルテを睨み付け、一生唸り続ける。アルテもアルテで自らの失言によって人の人生を否定したのだと知って落ち込んでいる。
その二人から醸し出された重い空気を吸うしか無い被害者二人も重苦しい表情をしている。気にして無いのはエルムとその双子従者のみである。
「…………やっぱり唐揚げが一番無難か?」
「がるるるるる──……。どうしても、どうしてもカエル肉を食べさせる気なんだね……?」
いや、正確に言えばクラヴィスのみ、空気の重さじゃなくカエル肉を嫌がっているだけだった。リピルと一緒にガルガルする程に。凄く嫌らしい。
場所はギルドから変わって獣車の中。エルムは今日買った食材を使って下処理が必要な物を扱いながら、目的地に着いた後の献立を考えていた。
今は手を動かしながら膠を煮込みながら精製し、純度の高いゼラチンへと変えてる途中だ。ゼラチンが無いとマシュマロも作れず、双子がハマったスモアも作れない。
「カエル肉は嫌だ、カエル肉は嫌だ、カエル肉は嫌だ…………」
「…………魔法学校に通うやつがそれ言うと中々迫真よな」
不幸なことに、エルムは組み分け帽子じゃないので容赦なく「
「食文化の差異による軋轢なんかは理解するところだが、そこまで嫌なもんかねぇ?」
「逆に、なんでエルムはそんなに前向きなんだい……?」
なんでと聞かれれば、エルムは経験済みだからとしか言えなかった。
かつての旅路。魔王をぶち殺す為に六人で歩んだその道は、決して平坦では無かった。
樹法使いたるプリムラがそこに居たのだから、最悪でも穀物や野菜、果物はいつでも食べれた。しかし旅の途中で寄る人里で出される料理に対しては魔法のクオリティなんか関係ないのだ。
大して毒の抜けてないキノコを「毒抜きしました!」と出す村もあれば(善意)、その時期に最も簡単に得られるタンパク源として虫を食べる街もあった。
それに比べれば、カエル肉のなんと健全な事か。エルムには忌避する理由が欠片も無い。少なくとも朽木を割って得た何かの幼虫や、腐らせたおが屑や糠に湧く幼虫を焼いて食べるよりは心理的な負担も無い。
「と言うか、お前だってヤキニクの尻尾は食うじゃん。種族的にはそこまで大きな差は無いぞ」
「全然違うよ!」
全然違うらしい。カエルとトカゲならば、むしろトカゲの方が嫌だと言う者も居るのでどっちもどっちだが。
最近のエルムは弟子のハルニースへと教えながら料理する事が多かったが、この課外授業では一年生しか居ないのでスムーズに腕を振るえる。
ふと、エルムが一瞬だけ外を見た。
「…………ちょいと出てくる」
「え? エルム?」
まだ文句を言い足りないだろうクラヴィスを置いて、精製の終わったゼラチンの後始末を双子に任せる。というよりタマに任せる。実は性格的にポチの方がしっかり者なのだが、料理に関してはタマの方が信用度が高い。
重力魔法なんて物は未だに見つかってないが、もし存在したらこの獣車の中の事だろうと錯覚するような空気の重さを無視してエルムは外に出た。
「報告か?」
「ああ、集めて来たぞ」
獣車から一人出て少し歩いたエルムの横に、いつの間にか、最初から共に歩いてたかのように居るザックス・ウィングハート。
「わざわざ報告するって事は、何かあったのか?」
「ああ、きな臭い」
双子が絡むとデレデレに顔を緩めたダメおじさんになるザックスだが、しかしやはり有能なのだ。一家に一台ザックス・ウィングハートなのだ。
「報告する。目的の村は現在、蛙狩りどころじゃないらしい。見たことも無い蜘蛛の魔物が湿地帯を占領していて、下手に押し入ると被害が出るそうだ」
「蜘蛛の魔物……?」
エルムは記憶を巡らせる。魔物とは魔王の部下の部下であり、魔族が生み出した新生物だ。
(俺だって、この世の全ての魔物を知ってる訳じゃねぇ。結局、俺が魔王と戦って死ぬまで名前すら知ることの無かった魔族だって珍しくない)
魔物の存在は魔族とイコールで繋がる。アンデッド系の魔族が魔物を作るならアンデッドであるし、獣系の魔族が魔物を作るなら獣系なのだ。
(だが、蜘蛛……? いや、それより────)
欠片も記憶に無い。だがそれは自分の知らない魔族が居ただけで何もおかしな点など無い。しかし、現在の魔王は人類と敵対などしてない。同じくも魔族も人類に仇なす存在ではなくなってる。
もちろん野生化した魔物が人間を襲うことはある。親である魔族が一度死んでいるのだから、繋がりは明確に絶たれて独立していてもおかしくない。
(だけどそれは、生物として生きる為にだろう)
一つのエリアを占領する程に大規模な活動など、どうぞ見付けて下さい滅ぼして下さいと喧伝してるに等しい愚行。魔物は魔族が産んだ存在であり、殆どの魔物はある程度の知性を有しているにも関わらずだ。
前回の課外授業で被害を出した魔物だって、あれは人間が手を加えた結果そうなったに過ぎない。最初からあの種が人類に特攻をかけるほど愚かなわけではないのだ。
「ザックス、追加で調べろ。この件、なんかおかしいぞ」
「御意」
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