第12話 器の大きな先輩

風呂から上がり、待ち合わせ通りに料亭で待っていると、ホカホカとした顔の

明海先輩と、宮間がこちらへ談笑しながら歩いてくる。

スタイルのいい2人が歩いてくると、モデルがランウェイを歩いているように見えた。

特に宮間は、モデル体型とよく呼ばれるからか、緑色の浴衣が似合っている。

2人ともの顔には化粧の跡はなく、化粧は落とし切ってきたのだと分かった。

俺が目のやり場に困る中、先輩はすぐに明海先輩の元へと行き何か声をかける。

楽しそうに笑った明海先輩の隣に自然な流れで中路先輩が腰掛けた。

腐れ縁とでも言えそうな2人の関係は、少し羨ましくもあった。あんなに宮間は俺に心を開いていない。

取り繕わない顔で出てきてくれた事への喜びと、化粧すら施す必要のない存在である悔しさが

俺の中でずっと鬩ぎ合っている。

宮間は俺と先程から顔も合わせようとしない。

そんな俺たちを会話の端で心配している明海先輩が見えた。

にしても綺麗に手入れされた顔だな。と思わず明海先輩を見る。最近綺麗さが増したようにも思う。

メイクを落とした明海先輩の顔は、どこか幼さを感じるだけで、なんら変わらない。

俺たちに若い、若いなどと言ってはいるが、先輩も十分若いのである。

宮間もそうだ。

赤いリップではなくて、桜色の唇のほうがよっぽど可愛い。

そんなこと、言えないが。

俺は宮間の少し不機嫌そうな顔が好きだ。毒を吐いている顔が好きだ。その方が宮間だと思うから。

俺は、宮間がそうであれるようにしたい。馬鹿でムカつくやつな、宮間が好きだから。

「なぁ宮間」

ビクッと肩を震わした宮間は、子供のような顔で俺の顔を見る。

立派な言葉なんて一つも思い浮かばない自分を呪いたいような気分になった。

「…俺の前では、化粧とかしなくていいよ」

「…は?」

何言ってんだコイツ。という顔をする宮間の向こう側で先輩2人が料理を突きながら、笑っている。

俺は懸命に言葉を繋いだ。いや、ほとんど思ったことを口にしていただけか。 

「…化粧してなくても、十分可愛いと思う…から」

眉の落ちた顔でも、ほら今みたいに感情が見える方がよっぽどいい。その方が、ずっと。

「何…言ってんの!?」

耳まで真っ赤にした宮間は、ほんの一瞬だけ泣いてしまいそうな顔をしたように見えた。

それに驚いて思わず彼女の目元に手を伸ばすと、ザッと身を下げ彼女は、拒絶する。

彼女はいつもそうだ。俺が男として接しようとするたびに、こうして拒絶する。

それに柄にもなく傷ついている自分がいた。何も出来ないまま手だけが下がっていく。

2人の間に降りた沈黙を破るように、明海先輩と中路先輩が大袈裟に椅子を鳴らして、立ち上がる。

先輩たちの手の中には、酒瓶が収められていて、先輩たちが俺たちのグラスに注ごうとした。

俺たちは慌てて立ち上がり、酒瓶を受け取る。

そこからは、先輩方がうまく話を振り分けてくれ、

気付けば料亭の色鮮やかなごはんは胃袋に収まっていた。


飲み足りない中路先輩と俺は、酒を購入してから、部屋に戻って飲み直すことにした。

明海先輩と、宮間も飲み物を買うらしく、ロビーまで4人で並んで歩く。

すると、明海先輩が手に握っていた黒いスマートフォンが、プルプルと震えた。

明海先輩は、その液晶画面を眺めて、少しだけ頬を緩ませると、俺たちに断って、電話に出る。

え?言ってたよ?と電話先の相手と心底楽しそうに話しながら、中庭に向かって歩いていく。

その後ろ姿を羨望するような視線で宮間が眺めていた。

「旦那さん…すかね?」

「あーそうだろうな」

隣の中路先輩は、甘すぎるものを摂取した。と顔を顰めている。心が若いのよ。

しかし、その裏に見え隠れするのは、どこか、同僚である明海先輩の幸せを喜んでいるようだった。

「幸せそう…だな」

「若者が言うセリフじゃねぇな」

先輩は、真っ赤なソファーに沈みながら、男性にしては赤く艶やかな唇を片方あげて見せた。

なんと言うか、明海先輩の世代は本当に大物感がある。器のデカさや肝の座り方の段が違うのである。

特に中路先輩と明海先輩はどこか似通っていた。

「そうですか?それに、中路先輩たちとそう年変わりませんけど」

俺も隣の座り込む、尻が吸い込まれるような高いソファー。

先輩のように、この場に馴染む男になれるだろうか。あと、数年で俺も三十を迎えると言うのに。

「心の若さが違うのよ。惚れた女のために、そこまで真っ直ぐになれんだろ?」

「…ちょ」

慌てて、周りを見渡すと、ロビーに残っているのは俺たちだけで、宮間は知らぬ間に、消えていた。

キョロキョロとしてみても、影も残っていない。

「宮間さんなら、寺山とほぼ同じタイミングで部屋に帰って行ったよ」

「え?」

俺の豆鉄砲を喰らった顔を見て、先輩は心底楽しげに笑いながら見透かしたように目を細める。

俺はそんな揶揄いも相手にできないほど追い詰められていた。

わざわざ高い金を払っていいロケーションの場所を探したのは、今夜のためだ。

宮間に話をするため。俺の気持ちを宮間に伝えるため。部屋に逃げられては、それが叶わない。

落ち着きなく立ち上がると、先輩は俺に向かって手にしていた、レモンサワーを一個投げた。

「やらないといけないことがあんだろ?ほら、行ってこい。それ、選別な」

言うだけ言って、自分は自販機の前に立ち新しく、缶ビールを購入している。

そのデカい背中に頭を下げて、俺は酒の入って緩む足元を叩いて、階段を駆け上がった。

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