第2話 お節介の代償

翌朝私は、すやすやと眠り、昨夜の独白の跡の残す後輩の頬を撫でる。

結局酒を飲み、訴え疲れた彼女は眠ってしまった。

そんな彼女を寝室に横たえてから、私もソファーでアラームをかけてから寝た。

朝日がカーテン越しに差し込んで、私はアラームとほぼ同時に目を覚ます。


「好きなんです…!彼だって好きだって言ってくれた!悪いことだって分かってても。

 彼が私を好きだって言ってくれるから!彼が好きだって言ってくれるから!だから…。

 私はどうすればいいんですか」


彼女の叫びに私は何も答える術を持たない。

彼女の吐き出すものを、ただ聞くことしかできなかった。

私はなんと言うのが正解だったのか。誰か最適解を出してあげられる人間はいるのか。

少なくとも私は分からなかった。

浮気は悪いこと。それは、分かっているし、止めるべきだと思う。

でも、何故か彼女の涙を見ると何も出てこないのだ。

せめてもの慰めとして、朝ごはんを作ってあげようと時間を確認して冷蔵庫を覗く。

彼女らしい生活感がきちんとある、整理された冷蔵庫。

こんなに真面目に生きている子が、不倫、浮気に足を踏み入れてしまうのか。

トントントンと、お味噌汁に入れる具材を切っていると、スマホに通知が来た。

スマホの画面を見ると、旦那からのLINEだった。

「飯」

一言だけ送られてきた素っ気ないLINEに、溜息をこぼした。

昨夜もどうせ遅くに帰ってきて、

朝起きてようやく私が留守にしていたことに気がついたんだろう。

で、朝ごはんが用意されていないから、用意しろと送ってきたわけだ。

しかし、愛しい後輩を置いて帰ってあげるほど私は優しくない。

「冷蔵庫の中に冷凍ピザあるから。それ食べて」

色気も何もない文章を返してから、スマホの画面を暗くする。

するとまた、すぐ明るくなった。

「飯」

しつこいなっ!こっちは二日酔いで疲れてるんだから!朝ご飯ぐらい自分でどうにかしろ!

そう思いながらも、トーク画面を出すとそのメッセージの送り主は私の古馴染の親友だった。

紛らわしいな…もう…。と思いながらも、緩む口を抑えた。

「行くぞ。明海」

親友らしい口調のメールに、今日の予定を思い出して返信する。

「オッケー また連絡して」

ポコンとキモかわな謎生物のスタンプが送られてきて、

クスッと笑うと寝室でガタン!と音がする。

「先輩!すいません」

私の顔を見るなりすぐに頭を下げる宮間に、少し笑ってから顔を洗ってくるように言った。

パンパンに腫れた顔で、職場に行っては何事かと騒ぎになる。

氷を目に当ててあげればよかったかな。と思いながら、食卓にお味噌汁とご飯を並べた。

ドダドダと騒がしい音で帰ってきた宮間に、

大丈夫だからご飯食べて出勤しようと言うと、チビチビと食べ始めた。

「美味しいです…ありがとうございます」

小さな子供のように私の顔色を伺う宮間が可愛すぎて、少し笑うと宮間がやっと小さく笑う。

彼女の笑った顔を見て、少しだけ安心した。

時計を確認して焦ったように洗面所に駆け込んでいく、

宮間の後ろ姿に若いっていいね。と吐き出した。


職場に宮間と行くと、後ろめたそうに今野が近寄ってくる。

「昨日はご迷惑をおかけしました…」

シュンと効果音がつきそうな今野は少しだけ幸せそうな顔をしていて、

また惚気られた気分や。と呟く。

「いいのいいの。あんたたちもう、さっさと結婚して。めんどくさいからさ」

結婚!?と吃る幸せな子をスルーしながら、自分の席に座ると若い言い争いが聞こえた。

「お前何、昨日号泣したの」

「うるさい、黙れ」

「なんで泣いたの、ウケんだけど」

「クズ男黙れ」

宮間の席で言い争うのは、泣き跡を隠しきれなかった宮間と、同期の友井だ。

からかっているような友井の顔には少しだけ、心配が滲んでしまっている。

それこそ、友井と付き合えばいいのに。と思うことはあるのだ。

どこからどう見ても、友井は宮間を特別に思っている。

でも、宮間が疲れている今、ウザ絡みはしないほうが身のためだろう。

「友井。宮間疲れてるから。仕事に戻んなさい」

文字に表せない返事を引きずりながら、

席に戻っていく友井の後姿を眺めて、

デスクトップを開くと、ブルーライトに目がしょぼしょぼした。


「どしたの、わざわざあたし呼び出すとか」

「いや、みんなに声かけたけど来れたのがあんただけだったのよ」

居酒屋で酒を煽りながら、私より何倍も大きいジョッキを豪快に煽る親友を見た。

中学の時に塾で出会ってから、随分と長い付き合いになる。

高戸たかとよし。寝ても覚めても仕事をしている、仕事大好き人間だ。

私があきれるほどに仕事ばかりしているのだから、生粋の仕事人間だ。

「実家がうるさいのよ。結婚しろって」

「さっさと結婚すればいいじゃない。あんた、昔からモテるんだから」

顔だって悪いほうじゃないし、性格だって確かに女っぽさのみじんもない人間だけど、

悪くないほうだと私が保証する。

「私の第一優先事項は仕事なのよ?付き合うとか無理。結婚も無理。仕事以外を求めんなって話よ」

「それを親に言ったわけ?なんかさ、納得させる方法考えればいいじゃない」

ガヤガヤと酔いどれの騒ぎ越えの中で、親友の女にしては太い声が聞こえていた。

「あの親が納得すると思う?世間体ばっかり。女の幸せが結婚とかいつの時代だよ」

「あんたのことを心配してんのよ。考えるだけでもしてみたら?」

「結婚してから、あんた柔軟になったわよね。考え方」

結婚というのが幸せではないと知ったからだよ。とは言えるわけもなく、

ただでさえ、私が結婚するときに親友をはじめとする友人達は、大反対だったのだ。

「そんなことないって。どっちかというと、周りの若い子たちの影響よ」

まぁ、昨日あまりにもすごい世界に踏み入れる後輩に巻き込まれたばっかりだけど。

そんなことを心の中で話しながら、ジョッキを空けまくる姿を見ていた。

「あ、そうだ。まぁ私の結婚は相談ってより、愚痴だから別にいいのよ」

「勝手に話しておきながら…」

「私があんたを呼び出した理由はこっち」

本当酒に強いよなこいつ…と思いながらも、差し出されたスマホを見て酒の混じった溜息を吐いた。

「行かないよ」

スマホに写っていたのは、同窓会の招待だった。

私が高校卒業後、一度も行っていない同窓会。スマホを押し付けて、酒を一気に流し込む。

「別にさ、あんたもう既婚者なんだし。過去の男に会いたくないからって

 行かないのもさ、やめなよ」

「別にそういうわけじゃ…」

図星を突かれて目を逸らすと、好は少し笑ってから言った。

頬杖をついて、溶けた瞳で私を見ながら、懐かしむように声を発する。

「みんな、あんたに会いたがってんだって。

 それにさ、あんたが見事にひっかけたクズたちもみんな、結構頑張ってんのよ」

私の元カレは、今までで3人いる。大学の時に今の旦那に会って、24の時に結婚した。

その高校時代の彼氏たちは、みんなが目をむくほどのクズばかりだったのだ。

今思い出すだけでも、酒を飲んでもやってけないほどの怒りが湧き上がってくるやつもいる。

確かに、あいつらに会いたくなくて行ってなかったって言うのは一理ある。

でも、好のいうこともわかる。

もうアラサーなのだ。クズだって、それなりに世間を知ってまともになっているだろう。

今まではLINEだけで済まされていた、同窓会の誘いも好を差し出してくるまでになった。

もう逃げるのは無理か。

はぁと息を吐いてから、近くを通った威勢のいいお兄さんに声をかける。

「お兄さん、ビール大ジョッキで!」

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