壊れたオルゴール

からいれたす。

壊れたオルゴール

「ねぇ、鳴らなくなっちゃった」


 両手で持ったそれを彼に見せる。古ぼけたシリンダーオルゴルール。


 かつて、巻き上げたゼンマイが円筒シリンダーを動かし、設けられた突起が櫛歯を跳ね上げ、乾いた素朴なメロディーを一定のリズムで爪弾いてくれたものだ。


 私はそれがひどく好きで、落ち込んだときや寂しいとき、無聊ぶりょうを慰めてくれたから。機械的でありながらも、どこか温かみのある旋律が溢れてきたから。大好きだった。


「どれ、ちょっと見せてみてよ」

 そう言って、ネジを巻きフタを開く彼の姿にドキドキすることもなくなってひさしい。愛情はあっても恋情は薄れた。


 居心地がいいだけの関係だけでは、鳴らないものもあるんだと、気がついてしまった。閉塞感だけが降り積もっていく。ひとしきり弄り回してから、机にコトンとオルゴールを置いた彼に問う。


「直るかしら?」と不安そうに覗き込むも、彼はただ肩をすくめて一言だけ。


「新しいのを買えばいいじゃん、鳴らないオルゴールに意味はないだろう?」


 君の誕生日に初めていったデートで買ったミュージックボックス。かつてフタを開けると大きな古時計がゆったりと流れた自鳴琴。やっぱり覚えていないんだね。拍動は穏やかなまま。


 きっと互いに高鳴った鼓動があったことすら、忘れていくんだね。


 もう君といても、高鳴らないこの鼓動と一緒なんだとおもうと、悲しいというよりは寂寞としたものが胸に去来する。


 壊れたオルゴールは治らないまま、私の気持ちとともに朽ちていくだけなんだね。


 うるさいぐらいに鳴っていた心臓は凪いだまま。


「そっか。私、もう行くね。ありがとう、ばいばい」


 君にサヨナラを告げるかのように、思い出したのか「ピンポロン」と最後に儚げに鳴ったそれは。終わるふたりへのはなむけにも思えた。


 最後にちょっとだけ音がこぼれたのは、サヨナラのときだけだったんだ。

 それは、ちょっと跳ねた私の鼓動なのか、オルゴールの音なのかもなんだか不明瞭で曖昧で、涙の雫が歌ったような気もした。


 これは私なのかな。動かなくなって、進まなくなって、生きて逝くのか悔しいから。いままでありがとうの気持ちとともに置いて、君とは違う道に進むね。


 いつか歳を重ねていつか再会したならば、オルゴールはなにを奏でてくれるのかな?


 沈黙したままのオルゴールが愛おしくてただ悲しかった。

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