物の怪の夫に狂わされたのは、かすみか読者か

せつない、つらい、激しい。
この作品を読んで燃え尽きたのは主人公ではなく、読者である私でした。

主人公のかすみの感情の激しさに揺すぶられ、物の怪の夫である燈悟に翻弄され、愛され、夢見て、裏切れて――。

かすみは滓の実か、幽の身か。
文明が開花する頃、未だ古き因習に囚われた隠れ里でかすみは生まれ、虐げられてきました。
安是の里の女は恋をする光に濡れる。
光に濡れるというこの言葉の淫靡さは、読んでみないとわかりません。安是の里の誰にも光らなかったかすみが、物の怪の夫の前だけでは光り濡れる。このえもさ。唯一無二の比翼の連理を体現してくれるこの出会い。それが、最後の最後でまさかの。

燈悟のことに触れてしまうと、この物語の真髄に触れてしまうので控えますが、何より貴い。この夫婦、里の誰よりも貴い夫婦なんです。

かすみは己の身が蔑まれる身であると知っていても、この貴い夫に釣り会えるようにと、なんでもします。かすみからすればなんでもという言葉は嫌だろうけれど、なんでも。
かすみの身体は夫のために光り濡れるものだから、その身体に無体を強いる者を、彼女は許さない。その強さに惹かれてしまうのです。

尊い夫婦を取り巻く因習の謎が一つずつ紐解かれ、かすみが強かながらも狂っていく様をその一番そばで見ているのが、私たち読者です。

どうして、どうして、燈悟、救ってよ……!
違うんです、かすみが救いたいのは実は。
救われてほしい、報われてほしい、読み終わった時にのまさかの着地点に、涙が止まりませんでした。

ぜひ、皆さんもこの作品に狂わされてください。

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