壊れたオルゴール

大隅 スミヲ

壊れたオルゴール

 不協和音だった。

 櫛歯くしばが折れているらしく、聞こえてくる音は耳障りなものになっていた。


「これ、幾ら?」

 店番をしている若いに声をかける。

 公園でやっていたフリーマーケット。そこで見つけたのは壊れたオルゴールだった。


「5000円です」

 ニット帽を目深にかぶった彼女は笑顔で答える。

「え、壊れているのに?」

「はい。壊れていなければ1万円だったんですけれど、壊れているから5000円です」

「もうちょっと安くならない?」

「5000円です」

 彼女は笑顔で同じ答えを口にする。交渉の余地なし。笑顔にはそう書かれていた。

「わかった。買おう」

 私は5000円を彼女に渡した。


 どこにでもあるオルゴールだった。蓋を開けると、音が鳴る仕組み。元は「カノン」だったが、いまは不協和音しか聞こえてこない。

 このオルゴールの出元はわかっていた。だから5000円を払ってでも取り戻す必要があった。


 売り子をやっている彼女は私のことを知らない。だが、私は彼女のことを知っていた。数か月前に写真を見たのだ。仲の良い妹がいると。


「ありがとうございました」

 紙袋に入れられたオルゴールを受け取った私は、売り子である彼女の妹に微笑みを送った。ありがとう。これで問題は解決するよ。私は心の中で呟いた。


 彼女が死んだのは二か月前のことだった。

 些細なことで喧嘩となり、カッとなった私は彼女を木箱で殴りつけた。木箱はちょうどコメカミの辺りにぶつかり、彼女は床に崩れ落ちた。

 木箱を元の場所に戻し、私は動かなくなった彼女の部屋を出た。


 その木箱が、このオルゴールだった。

 木箱に破損は見られなかったが、中身は壊れていた。

 これは私が彼女にプレゼントしたものだった。

 だが、もうふたりで同じメロディを聞くことはない。


 コンビニのゴミ箱で、私は紙袋に入ったオルゴールを捨てようとした。

「あの、すいません」

 突然、背後から声を掛けられた。

 振り返ると背の高い男と女が立っていた。二人ともスーツ姿だった。

「私たち、こういうものです」

 女の方が取り出したのは、身分証だった。そこには警視庁新宿中央署刑事課と書かれている。

「ご同行願えますか」

 その言葉に私はあがらうことはしなかった。


 最初からすべてが罠だったのだ。

 私が普段通る公園の中でのフリーマーケットも、彼女の妹が出品している壊れたオルゴールも。

 壊れたオルゴールに5000円も出すような人間は、犯人である私以外にありえないことなのだから。

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壊れたオルゴール 大隅 スミヲ @smee

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