3  一日の終わり

 ひとまず、時空の裂け目の修復は終わった。

 キワ子の縫ったあとは、銀の航跡にしか見えない。

 あの銀の糸は、時空になじみ消えていく糸だ。


『ごくろう。大事にならない内に退しりぞけたな』

 中尉がねぎらってくる。


 中尉は未就学児童のお迎えがあるから、午後3時までにはでも仕事を終えたいのだ。

 〈キワ子のミシン部屋〉に差しこむ日の光は、もはや午後の色だった。


 キワ子はミ・シンのスイッチを切ると、そのコンセントも丁寧ていねいに抜いた。

 このコンセントを差し込んだままだと、電気使用量がハンパなく上がる。

 時空を縫えるのだから、動力源も宇宙そらから取り入れられないものなのか。

なんで、現実に電気料金がかかるのだろう。

 賃金と見合わないので、この任務に就こうとする女子は減る一方だという。

 その血筋自体、絶えたり、母親が娘に伝えなければ、自身がそうだと知らないケースも増えたと聞く。

 キワ子を天啓に導いた亀松かめまつばばさまは、一昨年おととし、百余歳で大往生した。たびたび、婆さまは年齢詐称をくり返したため、村の者は誰も彼女の正しい年齢を知らないままだった。

 今は、亀松かめまつ若婆わかばばさまが、天啓を取り仕切っていると聞く――。 


(スーパーに行くのは、夕方のタイムセールの時間として。本を返しに行こう)

 キワ子は、地区会館に図書館の本を返しに行くことにした。中央図書館の本の貸し出しと返却を、徒歩圏内の地区会館でできる。

 そこから、スーパーも公園を抜けて行けば徒歩圏内だ。



「あら、お出かけ?」 

 玄関を出た途端に、お隣のヨネダさんにつかまった。

「こんにちは」

 キワ子は丁重なお辞儀を返す。

「いいわねぇ」

 ヨネダさんは小首を傾げ、右の人差し指で自分のあごをちょっと支えて、笑った。

 何がいいのかはわからない。


 この新興住宅地で、キワ子のような子供のいない家庭は稀有けうな存在だ。

 ヨネダさんは、やたらそこにからんでくる。「あの、お宅、まだ子供ができないのね」とか、井戸端会議で言っていることも、キワ子の耳には入っていた。彼女は地獄耳なのである。

 ちなみにキワ子に子供ができないのは、夫理由である。


「それでは」

 ヨネダさんを残して、キワ子は地区会館へ向かった。



 内職のあとに外に出るのは、時空の裂け目をうまく修復できたかを確かめるためでもある。

 時々、ひつれたりして、そういうときは空がまだらになっている。


 自分に酔い、走り過ぎた縫い目は見苦しい。

 ただ祈り、縫う、それがキワ子の目指す境地だ。

 実戦と内省を繰り返すことが、明日の〈い〉に繋がっていく。

(どこまでわたくしはっていけるだろう)



 公園で、自転車の前後まえうしろに未就学児童を乗せている女と、すれ違った。


 それが、もしかしたら中尉かもしれない。

 密命を帯びた彼女らは、互いの素顔を知らない。



 そうして、世界は守られている。






        〈了〉

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ミ・シン 魔法主婦の出撃 ミコト楚良 @mm_sora_mm

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