一日の終わり

 ひとまず、時空の裂け目の修復は終わった。


 キワ子の縫ったあとは、銀の航跡にしか見えない。

 あの銀の糸は、時空になじみ消えていく糸だ。


『ごくろう。大事にならない内に退しりぞけたな』

 中尉がねぎらってくる。


 中尉は未就学児童のお迎えがあるから、午後3時までにはでも仕事を終えたいのだ。

 キワ子の所属する隊は、この地方に来た転勤族の妻でまかなわれているという。


 〈キワ子のミシン部屋〉に差しこむ日の光は、もはや午後の色だ。


 キワ子はミ・シンのスイッチを切ると、そのコンセントも丁寧に抜いた。

 このコンセントを差し込んだままだと、電気使用量がハンパなく、あがる。

 時空を縫えるのだから、動力源も宇宙から取り入れられないものなのか。

なんで、現実に電気料金がかかるのだろう。

 まったく、賃金と見合わないので、この任務に就こうとする者は増えない。


(スーパーに行くのは、夕方のタイムセールの時間として、本を返しに行こう)


 キワ子は、図書館に本を返しに行くことにした。




「あら、お出かけ?」 

 玄関を出た途端に、お隣のヨネダさんにつかまった。


「こんにちは」

 キワ子は丁重なお辞儀を返す。


「いいわねぇ」

 何がいいのかはわからない。


 この新興住宅地で、子供のいない家庭は稀有けうな存在だ。

 ヨネダさんは、やたらそこにからんでくる人だ。「あの、お宅、まだ子供ができないのよね」とか、井戸端会議で言っていることも、キワ子の耳には入っていた。彼女は地獄耳なのである。

 ちなみに、キワ子に子供ができないのは、夫理由である。


「それでは」

 ヨネダさんを残して、キワ子は図書館へ向かった。



 内職のあとに外に出るのは、時空の裂け目をうまく修復できたかを確かめるためでもある。

 時々、ひつれたりして、そういうときは空がまだらになっている。


 そして、自分に酔い過ぎて走り過ぎた縫い目は、わざとらしく見苦しい。

 ただ祈り、縫う、それがキワ子の目指す境地だ。

 実戦と内省を繰り返すことが、明日の〈縫い〉に繋がっていく。


(どこまでわたくしは縫っていけるだろう)



 公園で、自転車の前後まえうしろに未就学児童を乗せている女と、すれ違った。


 それが、もしかしたら中尉かもしれない。

 密命を帯びた彼女らは、己らの素顔を知らない。


 そうして、今日も世界は守られている。






  〈了〉

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ミ・シンは世界を救う ミコト楚良 @mm_sora_mm

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