2  天啓の日

 なぜ、キワ子がミ・シンの操縦者であるのか。

 それは、天啓だからとしか言いようがない。


 キワ子たちの存在は秘匿されて来た。

 さかのぼれば、いにしえの記録に、その者たちが、まつろわぬ者として書かれた文献がある。

 その者たちは輪廻転生する。前世の記憶があるかどうかは、個体による。ただ、特性は引き継がれるようだ。

 キワ子の前世のひとつは、アマテラスの織女しょくじょだったという。

 キワ子に、その記憶はない。ただ、亀松かめまつばばさまが、た。

 10歳になったときのことである。


 10歳を迎えた日に里の女子は、一人ずつ、亀松かめまつのお屋敷に呼ばれる。

「キワ子よ」

 右手で杖をついた亀松かめまつ家の長老であるばばは、その枯れ枝のような指の左手を、キワ子に伸ばしてきた。

 キワ子は、目の見えない老婆の手が届くように、背をかがめた。絹糸のようなキワ子の薄い色の髪が、さらりと、その半袖のブラウスの肩を伝う。

「天啓が下るときが来た」

 そのまま、ばばはキワ子の左腕にもたれて、聖堂へとキワ子をいざなった。


 聖堂の円形の花窓からは、午後の光が差している。この聖堂は特別な祈りの場。天啓を受ける女子のための清らかな空間だ。

 キワ子の心臓が、とくとくと波打つ。

 今日の天啓によって、自分の生き方が決まる。与えられる天啓は、時に思いがけないものであるという。自身で選ぶことはできないのだという。運命さだめだという。

 祭壇の前に、キワ子はひざまずき、両手を胸で組み、目を閉じた。

「ひ~ふ~み~よ~い~む~な~や~こ~と~」

 そのうしろから、ばば祝詞のりとの声をあげた。


 自分のまわりの空気が渦巻くのを、キワ子は感じた。

 円形の花窓の通りに、床に描かれた模様が、さざ波を立てた。

 午後の光ではない、泡のような光が、そこここに明滅している。

「与えたまえ。この者に天啓を!」

 ばばは、ひざまずくキワ子のうしろで、杖を大きく振りかぶった。

 この婆こそは、かつて、打球鬼だきゅうきと呼ばれた乙女であった。

 彼女がフルスイング全振りした後に、は白光に包まれ出現した。


「ミ・シンか」

 ばばは、視力をほぼ失った目で感じ取った。

「キワ子。教えておくれ。そのミ・シンは、どんな姿をしておる」


「全身、銀のうろこ模様だ。蛇のような目が、一つ」

 キワ子は、その現われしものの形態を、できるだけくわしく、亀松のばばに伝えようとした。

「舌は針のようだ。指を一本、立てている」


ジャか」

 亀松のばばは、くわっと目を見開いた。

「ミ・シンの舌には糸を通す。指には糸玉を差す。決まったな。キワ子、お前の天啓は、天のほころびを、そのミ・シンで縫うことじゃ」


「わたくしの天啓」

 キワ子は空中に、たたずむミ・シンに手を伸ばした。

 10歳のキワ子にも、少し重いが持ち運びはできる。早速、家に持って帰ることにした。

 屋敷に設けられた保護者待機所では、キワ子の父が気をもんで待っていた。母もいたはずだが、いなかった。

「持とうか」

 キワ子の父は、見た目ミシンの、キワ子の天啓に手を伸ばした。

「いいよ。わたくし、持つから」と、キワ子は一文字に、その口を結んだ。

 自分の天啓は自分で持つものだと、キワ子は誰に教えられずともわかっていた。


「持ち運びができるものでよがったな」

 キワ子の父は、ほっとしたようだ。

「いや、シゲルちゃんな」

 父は、キワ子の幼なじみの名を口にした。キワ子の先に、シゲルは天啓を受けに聖堂へ入って行った。


「コー・ウンキが出て来てな」

「地をほぐす天啓だね!」

 キワ子は目を輝かせた。

 シゲルは花や木の名前を教えてくれる、やさしい女子だ。地をほぐす天啓は、彼女にこそ、ふさわしい。

「あぁ。カセットボンベで動かせる最新のやつだったけど、シゲルちゃんの体重より重いだろ。持って帰るのが大変そうで」

 それで、先にキワ子の母は、シゲル母子に付き添って帰ったのだという。

 シゲルの小さい妹と弟もいっしょだったから。


「まず、直線縫いの練習をしなさいって」

 キワ子は、大切にミ・シンを運んだ。

 お屋敷を出ると、アスファルトの道。すうっと、初夏の風が吹いてきた。


 その日、キワ子の天啓が、はじまった。

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