エセ魔術師

「事件は10日前、連中が活動の拠点にしている屋敷で起きた。魔術師たちがいつもと違うことをしようとしたそうだ。普段、下女、下男にやらせる準備を自分たちでして、手伝いも断り……いや、追い払ったと言った方が良いな」


「自分たちだけで済ませようとしたのですね」

「うむ、使用人たちは主人に小遣いをもらって、屋敷を追い出されたそうだ」

「魔術師たちは、人目に触れては困るようなことをしようとしたのでしょうか」

「子供を生贄にして、悪魔でも呼んだか?」

「それならば、メイビルが無事なはずはないですね。今ごろ灰になっています」


 ミルトマンさんは喉の奥で唸る。

 魔術師を野放しにするとはそういうことなのですが……。

 まあ、それを今言っても、仕方が有りませんね。


「あなた方の調査が進まないのは、目撃者がいないのが理由にありそうですね」

「そうだ。何が起きたのか、皆目検討もつかん」

「で、議員の家族から、なんとかしろと突き上げを食らってると」

「通常の犯罪ならまだしも、我らは魔術には疎い。すっかり弱ってしまってな」


 この事件、どう手を付けたものでしょうか。

 基本に立ち返りますか。まず――


「まずとっかかりとなる手がかりを当たるなら、魔術の儀式に使われた触媒を知らないといけませんね。触媒がわかれば、その出所でどころをあたることで、何かがわかるかもしれません」


「ミルトマン、魔術師が消えた現場に残っていたものはなんだ?」

「報告書に寄ると、鏡、それと何かの石だな」

「それだけだと掴みどころが有りませんね、現場は保存されていますか?」

「誰も触りたがらないからな、そっくりそのままにしてある」

「なら、魔術を特定するには実際に現場を見たほうが話が早そうですね」

「他になにか、お前たちの調査でわかったことはないのか?」

「む、何かとは?」

「お前なぁ……」


 シリウスさんは、やれやれといった様子で眉を下げました。


「例えば、家族に何か悩みがあるとか、普段の振る舞いなんかの言動、最近何かした、しようとしたとか。魔術がわからんといっても、使うのは人間だろ?」

「あ、それもそうか……」

「お前は頭が固いんだよ、もうちょっと意識しないと――」

「シリウスさん、そのくらいにしましょう」

「いや、カマラ女史、捨て犬の言うとおりだ。こいつのことは死ぬほど気に食わんが、言う事はいつも正論だからな」


 なんでしょう、ミルトマンさんとシリウスさんは、憎まれ口をたたき合いながらも、お互いを認めている様子ですね。

 このお二人は仲が悪いのか、それとも良いのか、よくわかりません。

 ちょっと微笑ましくもあります。


「それで、魔術師たちに関して、彼らの動機などはわかっているのですか?」

「待ってくれ……確かあったはず」


 重ねられた蝋板をめくっては重ね回すことをしばらく続け、ようやく目的のものを探し出した彼は、その内容を読み上げ始めます。


「まず魔術師会のリーダー格の男だが、とある評議員の次男で、最近見合いに失敗したそうだ。相手に断られたようだな。なんでも見た目の問題で」

「ふむふむ」

「ついで腹心の男だが、彼はリーダーとは違う評議員の三男坊で、役目なしの部屋住みで、婿にだそうとしたが、余りにも品位がないとかで断られたそうだ」

「見合いの話ばっかだな」


 その後も説明が続いたのですが、私たちはある共通点に気が付きました。


「メンバーは全員、男の人、それも結婚に失敗した人たちばかりですね」

「ああ……たしかに言われてみれば」

「魔術の方向性が、なんとなく見えてきたな。きっとあれだ、モテる魔法を使おうとしたが、それが世界の理に反していたんだ。で、全身がチリになった」

「そんな魔法があるのか!」

「ありません!!」


 お二人して、そんな濡れた犬みたいな顔をしなくても。


 彼らは魔術の事を何だと思っているのでしょう。

 ピシャリと否定した私は、ちょっとした推測をしてみます。


「魔術師会の人たちは、恋愛、結婚に対して鬱屈した感情を持っていた。まずそう『仮定』してみましょう」


 私が「仮定」を強調したのは、今から言う意見はあくまでも参考だからだ。

 これからの調査で見つかる証拠を、今から言う仮定を補強、実証するために紐づけ始めてしまうと、真実が隠れてしまう。

 それを怖れたから、私は「仮定」としたのだ。


「そうなると魔法を使う動機はだいたい目星がつきます。好きな人を振り向かせたい、あるいは自分を美しくしたい。見た目が問題となって結婚に失敗した方がいたようですし」


 ミルトマンさんは、ハッと何かに気づいた様子だ。


「だとすると……鏡は魔術と関係なかった?」

「その可能性もあります。もちろん、鏡を使う魔術もありますけどね」

「連中が手を出した魔術、それが絞り込めそうだな」

「いえいえ、ただの仮説です。結婚に失敗して、邪神を呼び出して世界を滅ぼそうとした可能性だって、無いとはいえません」

「もしそうなら、消えたままにしておいたほうが良いな」

「はい、もちろんそのつもりです」

「白魔女殿はさらっと恐ろしいことをいうな……」


 ムッとした私は口をとがらせ、つい強い口調で答えてしまいました。


「エセ魔術師を放っておく方が恐ろしいです。白魔女であるサラトガさんは、無論魔術が使えます。なのに彼女が武技も磨く理由がおわかりですか?」

「魔術というのが、それだけ危険だからか」

「まさにそのとおりです。出し惜しんでいるわけではありません」

「サラトガやカマラさんがどっちかっていうと肉体派なの、ちょっと気になってたんだけど、そう言う理由があったのか」

「ええ、『矢避け』のような受動的なおまじないならまだしも、何かに働きかける魔術は危険が伴いますからね」


「――ともかく、説明で大体の事はわかった。実際に現場をあたってみるか?」

「そうですね。調査書の内容だけでは結論を出せそうにありません。その魔術師が消えたという現場を見て、彼らが使った魔術を特定しましょう」


「白魔女どの、ご助力に感謝する」

「何言ってるんだ、お前も行くんだよ!」

「えっ」

「え、じゃないぞミルトマン。後から報告書なりを書いて届けろっていうのか? 時間が惜しいんだ。無理を聞くんだから、お前もそれくらいしろ」

「……分かった、筆記具を持っていく」


 こうして私たちは、ミルトマンさんを連れ、その魔術師たちが姿を消したというあるお屋敷に向かうことになりました。



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白魔女、捨て犬(人狼の騎士)を拾う。 ねくろん@カクヨム @nechron_kkym

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