魔術結社
ミルトマンさんが私達を案内したメイビルの軍令部は、街の中心から外れた場所にある、古い塔を改装したものでした。
相当古い建物なのでしょう。塔に使われてる石材はすり減って丸くなって、石と石の隙間が目立ちます。ですが、その隙間は苔で埋め立てられ、灰色の塔を鮮やかな緑で彩っています。この塔が経た年月の長さ、風情を感じさせますね。
「絵物語のドラゴンでも出てきそうですね」
「ここらじゃ一番古い建物っぽいな」
「建物の雰囲気がだいぶ違いますよね」
この塔、古いは古いのですが、神聖帝国の遺跡とは造りが違います。遺跡は積み石の大きさが揃っていて、きれいな四角で統一されていましたからね。
きっとあれより後の時代に建てられたものなのでしょう。
「見てないで中に入れ」
「悪い悪い」
「お邪魔します」
石塔に入ると、まずは階段が出てきました。――その狭さといったら!
誰かと向かい合ったら、お互いが横になって、ようやっとすれ違うことが出来ます。塔の大きさに比べて、通路はあまりにも窮屈です。
「上に気をつけろよ。近ごろ雨漏りがひどいんだ」
「まったく、前よりひどくなってないか?」
「あら、シリウスさんはこの塔に来たことがあるんですか?」
「今みたいにミルトマンにこき使われる時にな」
「そうだな、飼い主が見つかってよかったじゃないか」
「わんわん! ……って、彼女はそんなんじゃねぇよ」
「ほう! なら――」
「言わせねぇよ、さっさと案内しろ」
どうもミルトマンさんとシリウスさんは、お互いに軽口を交わせる間柄のようです。オウガさんには悪いですが、どうも彼より信頼を置いている感じがあります。
何ていうんでしょう? そう、頼れる仕事仲間って感じです。
「どうした白魔女さん? なんか変な顔して」
「ああいえ! ちょっと考え事を」
「ここだ、汚いがゆっくりしてくれ」
ミルトマンさんは、そう言って分厚い木の扉を押し開けました。扉の先は塔の形に沿った丸い部屋になっています。外は少し暑いくらいの陽気なのに、この部屋の中はというと、ひんやりとした冷気に包みこまれていました。
「このクソ狭い塔でも、一つだけ良いところがある、涼しいだろ?」
「えぇ、外からは想像できませんが、快適ですね」
「人が集まると、そうでも無いんだがな……まあ座るか。」
「依頼主より先に座るな捨て犬」
「まだ受けるかどうか、決まってないだろ」
「ほんとに口の減らんやつだ」
「すみません」
「ああ、ええと……」
「カマラです。」
「カマラ女史が謝らなくてよろしい、この犬と俺の因縁ですから」
「そんな上等なもんじゃないけどな」
「殴っていいか?」
ミルトマンさんの言葉につい吹き出してしまいました。
このお二人はいったいどういう関係なのでしょう?
「お二人は一体どういう間柄で?」
「あー、なんだ……」
「ブーツの紐が自分で結べるようになったら、やんごとなき貴族様の家に行儀見習いに出されてな。そこでミルトマンと一緒になったんだよ」
「なるほど、そういう馴れ初めですか」
「仕事の話をするぞ、これ以上お前に口を開かせたくない」
「へいへい」
なんだか、お二人は兄弟みたいですね。
これをいうとミルトマンさんがすごいしかめっ面をしそうですが。
「まず今回の事件だが、とある魔術結社が問題を起こした」
「魔術結社とは穏やかじゃないな。街の1ブロックが砂糖菓子にでもなったか?」
「まさか。そんな事ができる連中じゃない」
「どういった方々なんです?」
「怪しい連中じゃなかった。同好の士が寄り集まって、魔術書っぽいものを書いたり、妙ちくりんな置物や人形を作ってよろこんでる連中だった」
「それで?」
一拍置いて、ミルトマンさんはため息と一緒に言葉を吐いた。
「消えた。綺麗さっぱり手がかりも何も残さずにな」
「……面倒事が解決したように見えるが」
「その消えた連中の中に、メイビル評議会の家族が居なければな」
「お話が見えてきました。その方を探し出せばよろしいのですね?」
「さすが白魔女。察しが良いな」
「一つ気になることがあるんだが、いいか?」
「なんだ捨て犬」
「白魔女ならこの街にもサラトガがいるだろう? 何で彼女にやらせないんだ?」
「もう頼んだよ。だが……教訓として残した方が役に立つ、だそうだ」
「さすがサラトガさん、手厳しいですね……」
たしかに彼女が言いそうなことです。
危険な魔術で火遊びする人間を助けるより、後の者への警句とする。
それは白魔女としては正しいのですが、ちょっと厳しすぎる気もします。
「おなじく白魔女であるカマラ女史も、これに思うところはあるだろう。だが、そこをなんとか曲げて……助力を願えないだろうか」
私は腕を組んで目を伏せ、考え込んでしまった。
これはとても難しい問題だ。
事件が、ではなく、白魔女のあり方として難しい。
人々が手に負えない疫病や怪物、誰かの心無い魔術でひどい目にあった時、それを助けたいと思って立ち上がった者が始まりとなって生まれた存在。
それが白魔女だ。
この事件が魔術を弄んだ結果なら……自業自得だ。
ですが、うーん……自業自得なのかどうか、それはまだ解らないですよね。
第三者の関与があれば、魔術結社の人たちは被害者なわけですし。
「わかりました、まず調査は請け負いましょう」
「おお!」
「ミルトマン、最後まで聞け。そういうとこだぞお前」
「何だとこの――」
「彼女は『調査』といった。事件を解決するとは言ってないだろう」
捨て犬さんは私が言う前にちゃんとわかっている様子ですね。
そのとおりです。
「はい。調査の結果、この事件が魔術結社の人たちの自業自得の場合、解決に関してはお約束できません。私も危険を伴うわけですから」
「うぐ……」
「ですが、これが事故ではなく、第三者の関係する事件であった場合、対処を約束しましょう」
「とまぁ、そういうわけだ。わかったか?」
「失礼した、ならば重ねてお願いする。この事件の『調査』を依頼する」
「承知しました。では事件の詳しい説明をお願いします」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
ミルトマンさんは、背後にあった収納箱からいくつかの板を取り出しました。
板には蝋が張られ文字が書き入れられています。
この蝋板は、きっと事件の報告書ですね。
板を並べた彼は、咳払いして喉を整えると、息を深く吸い込みます。
「よし、では始めよう――」
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