メイビル評議会(2)

「……しかし我々に何が出来る?」


 静まり返っていた議場で、声と共に立ち上がった男性がいます。

 サーコートを羽織った、体格の良い軍人風の方でした。


「君はシリカ帝国の野望を防ぐため、メイビルに軍を出せというのか?」


 きっと彼は、メイビルの軍事面での責任者かもしれませんね。彼がはなった「軍」という言葉に不穏なものを感じ取った議場は、にわかにざわつき始めました。


「そこまで事態がひっ迫しているとは思えんぞ?」

「帝国を刺激するだけではないのか?」

「そうだ、帝国が侵攻してくるはずが……」


「無いと言えるか? すでに王国のときと時代は違う」


 捨て犬さんは一歩前に進み出ると、議員たちに口さがなく告げます。


「諸兄はまるで養鶏場のニワトリだな。野犬が入ってきても、知らんぷりを続けるつもりか?」


 捨て犬さんの言葉に、立ち上がった軍人風の議員さんが言葉を重ねます。


「――彼の言うとおりだ。したいものは、自分の仕事を続けていれば良いだろう。だがそれは、『ご主人さまどうぞ』と首を差し出しているのと同じことだ」


「気が合うようで何よりだ、ミルトマン」


「言葉を慎め、捨て犬」


 おや?

 どうやら軍人風の男性と、捨て犬さんは知己ちきの間柄のようです。


 そういえば、彼は盗賊騎士や傭兵として活動していたのでしたっけ。

 メイビルに彼を知る人が居ても、何らおかしくありませんね。


「リバーミルでは、シリカの連中が名主のドヴォールの息子をかどわかし、帝国に都合が良くなるよう頭のすげかえを狙っていた。魔術を使ってまでな」


「その証拠はあるのか?」


「ない。連中はプロだ、そう簡単に証拠を残さない。」


「そうですね。全ては状況証拠です。この狂星の地図を得ようとして遺跡に侵入したブレイズも、みんな死んでいましたから」


「どう思うのかは議員の皆様におまかせします。ですが――」


「どうか、後悔のなきように」


 しんとなった議場に、引き潮が返ってくるように、ざわめきが帰ってくる。

 メイビルの議員たちは小鳥のように忙しなく左右を見回し、さえずります。


「重要なのはわかるが……」

「しかし、『あの問題』をそのままに……」

「どっちが大事なんだ?」


 王様の居ない政治とは、なんともまどろっこしいですね。この議場から感じられるメイビルの政治の印象は、あまり良いものではありません。

 雲に驚く羊に率いられた国といいますか、なんというか……。


「静粛に。どうか静粛に」

「決議を取る前に問題を明確にしよう。我々は何をすべきだ?」


 ミルトマンは、議員に呼びかけます。


「正直な話、この地図の真偽については、私も疑っている。しかし考えても見て欲しい。帝国は今後我々に何をするとおもう」


 彼は議場に掲げられた旗を指差した。

 緑地の旗には、西方州を流れる7つの川をしめす樹形が描かれている。


「彼らが掲げた旗を見ろ。そして考えろ、諸君らの背後にいる父母、子、兄弟のことを。彼らの運命は、――今ここにいる、我々の選択で決まる。」


 ミルトマンが堂々と拳を振りあげてみせると、ポツポツと声が上がります。

 最初はあやふやな言葉でしたが、別の言葉がそれに重なるごとに、とりとめのない言葉の羅列は次第にこの議場の意思となっていきます。


 なるほど。まるっきりどうしようもない、という訳ではなさそうです。

 それからしばらくして、結論が出ました。


「この狂星と帝国の関係。この話は、付近の国々にも知らせるべきだ」

「そして、メイビルはシリカ帝国が川を越えることに対して備える」


 悪くない結果、重畳ちょうじょうといったところですね。


「皆様の選択に敬意を評します」


 ・

 ・

 ・


 遺跡で発見した地図は、一旦複製のためにメイビルに預けることになりました。


 要点となる場所については、既に把握しているので帰ってこなくても別に大丈夫なのですが、念のため、サラトガさんを受け取り主にして置いてきました。


 それは良いのですが、なんともまぁ――


「あんまりにも人が多くて、喋るのに緊張しましたね」

「白魔女さんでも、そういう事あるんだな」

「何だと思ってるんですか」

「悪い悪い、いつも堂々としてるからな」


「……なぁ、白魔女さん。」

「何でしょう?」


「ふと思ったんだが……あ、魔法に詳しくない俺の考えだから、見当外れの事なら、笑ってくれよ?」

「笑ったりなんてしませんよ。トカゲにするだけです」

「おお怖い」


 シリウスさんは細いあごをかいて、何か決心したように言います。


「まあ、なんだ……もし魔法の力がなくなったら、俺は人間になるのか? ――それとも、狼になるのか?」


 予想だにしてなかった言葉に、私は返答に詰まってしまいました。

 生まれた時から存在した、魔法。その魔法がない世界というのは、想像もできません。いったいどんな姿をしているのでしょう?


 いえ、それはこれからシリカ帝国が作ろうとしているのでしたね。

 差異のない世界とは、不寛容のはびこる世界のような気もしますが、その気付きすらない世界とは、一体どのように、互いを受け入れるのでしょう。


 おっと、シリウスさんの質問から、思考が大分だいぶれてしまいました。


 喋りながら考えるとしましょうか。


「想像すらつかないというのが本当なところですね」

「カマラさんでもか?」

「はい」


「魔術的な人狼は、人と狼につながりをもたせ、肉体や魂を共有させるものですが、シリウスさんの場合、もっと旧い血縁によるものですからね」


「もし狂星が失われたら……穴開きチーズになったり、体が真っ二つになるかもしれませんね」

「おぉ怖い」


「いや、ふざけるのはやめよう」

「白魔女さん、現状維持。それが最善なのか?」


「……最善ではありませんね。今の世界にも問題は数多くありますから」

「次善でしょうか。もっと悪い選択肢が、たくさんあるという意味で」


「なるほど。じゃ、今より悪くならないようにするか」

「はい、できるだけ早く、ホワイトバックを目指しましょう」


 そして、議場を出ようとした所です、私たちは兵士を連れたミルトマンさんに呼び止められてしまいます。

 ……忘れ物を渡しにきた、そんな様子ではありませんね。


「捨て犬、まさかこのまま帰るつもりじゃないよな?」

「そのつもりだったんだが? 荒事ならそこの兵隊にさせればいいだろ」

「こいつらじゃ無理だ。――魔法の絡む話でな」


 シリウスさんは、何かに気付いたようで、片眉を曲げ、口を開きます。


「議員の一人が『あの問題』と口走っていたな?」

「流石だな。これが解決しないまま、帝国と事を構えるのは不安が残る。ぜひとも手を貸してもらいたいんだがね」


「では、お話を伺いましょう。」


 どうやら、まだここを経つ訳には行かないようです。

 私たちは彼に誘われるまま、メイビルの軍令部に向かう事となりました。

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