メイビル評議会

 西方州メイビルは、メイビルという都市を中心に、政治的に独立して周辺の村々を支配している都市国家です。

 メイビルは堅固けんごな二重城壁という軍事力、そして街の南北を流れる巨大な水路という経済力を持っており、それがこの街の支配を支えています。


 この街メイビルでは、「メイビル評議会」が全てを決定しています。税金、軍事、教育に関する事柄まで。国がすべきことは、大凡おおよそこの評議会がしていると言っていいでしょう。


 ――つまり、この国には貴族や王様が居ません。


 代議制といい、民の代表となった議員が、多数決で重要事項を極める。

 そういう政治体制です。


 商人や大地主からなる有力者が、議席を奪い合う形ですね。

 貴族のように、代々の血縁からなる権力というのが存在しないのです。


 まあそれが良いのか悪いのか? とだけいっておきましょう。

 

「さて、ここが評議会のある場所ですか」

「俺はなんか、スゴイ偉そうな建物を想像してたんだが……」

「なんか普通の建物ですよね?」


 そうなのです。

 おもったより貧乏くさいというかなんと言うか……。


 建物は2階建てで、屋根は2段になっていて緩いアーチを描いており、入り口は正面にひとつだけで、建物とは不釣り合いなほどに、大きく造られています。

 これは見た感じ、古い劇場を改装したものでしょうか。 


 玄関にはちんまりとしたお年寄りの衛兵が二人立っているだけです。

 これで大丈夫なのが、かえってメイビルの治安の良さを物語ってますね。


「ともかく約束の時間が近いし、さっさと入るか」

「ええ、そうしましょう」


 しわくちゃの衛兵さんに「白魔女サラトガ」の紹介ということを説明すると、すんなりと中へ通されました。……こんな警備で本当に大丈夫なのでしょうか?


 中に入りますと、その内装が意外と小綺麗なのに驚かされました。

 けっして華美ではありませんが、清潔感があるというのでしょうか?

 秩序だって、清掃の行き届いた室内というのは。ドヴォールさんの館ではついぞみることがなかったものです。


 さて、すこし中へ進むと、私達を待ち構える人がいました。

 よもやと思って声かけると、彼は丁寧に腰を折り、こう続けます。


「お待ちしておりました。サラトガ様からご紹介のあったお二人ですね。

――私は評議会の議員で、ガノンと申します」


「議員の方でしたか、失礼いたしました。これはご丁寧に」

 ……これを語ったのは私ではなく捨て犬さんです。


 彼は弓のように腰を折り、右手を胸の前に抱え、左手で宙を掻くようにします。

 これは、ボウ・アンド・スクレープという敬礼ですね。


 ……こういうのはなんですが、彼ってやはり育ちが良いのですよね。

 そう思って突っ立っていたら、彼の視線が私に刺さっていました。


 「あっ」と思い、私も膝礼カーテシーでガノンさんにお辞儀をします。

 ちょっと恥ずかしい思いをしてしまいました。


「どうぞこちらへ」


 ガノンさんに私達が通した場所は、なんと議場でした。

 てっきりどこかの一室を使うかと思ったのですが、議員さんまで居ます。

 あの、おもったより大事おおごとな様子なんですが……。


「さて、お集まりの諸兄らには、これからある議題について、議論を交わしていただきたいと存じ上げます。――メイビルの興亡に関わる話です」


 ……サラトガさん? いくらなんでも、お話を盛り過ぎではないでしょうか?

 確かにそういった可能性もあります。ありますが……面と向かって「滅ぶの?」なんて問いただされると、私もちょっと困ります。


「ふん、白魔女はいつもそうやって我らを焚きつける。あの者らの手にかかれば、ネズミの大群も死神、ワイルドハントの群れになるわい」


 禿げ上がって太った商人風の声に、笑いの声が上がる。


 ――ほう? これは聞き捨てなりませんね。

 私はすこしカチンときて、強めの語気で応えます。


「お言葉ですが、白魔女は世の中を騒がせるためにそういった事をしているわけではありません。現にネズミの大群は紫斑病をもたらします」


「ネズミの群れは、亡霊の夜猟者と同じ、いや……もっと恐ろしいものです」


 紫斑病は高熱、内出血を伴う伝染病です。腋の下や会陰部の腫れ、肺病を伴い、とくに肺を患った場合、猛烈に周囲の人間に感染させる危険な病です。


「手遅れになってからでは遅いのです。何も起きなければ、確かに空騒ぎに見えるでしょう。それが汚名というのなら、私は喜んで被りましょう」


 商人風の議員は、息をつまらせたようにして押し黙る。

 これは良さそうな雰囲気なので、勢いのままに言ってしまいましょう。


「まずはこの地図を御覧ください」


 私は捨て犬さんに視線を投げかけると、彼に地図の端を持ってもらいます。

 そして議員たちの前で、サラトガさんから預かった、件の地図をひろげました。


「この古地図は、各地に遺跡を残す、『アマルテイア神聖帝国』のものです」


「その古地図が何だというのだ」

「それを根拠にシリカ帝国の領域が広がるとでもいうのか?」

「いまさら滅びた帝国がなんだというのだ」


「ここに書かれているのはこの世界に魔法をもたらした『狂星』それの位置です」


「シリカ帝国の間諜スパイがリバーミルで策謀し、越境してまで遺跡を探っていました。間諜は遺跡の中に居た怪物によって死亡しましたが、求めていたのはこれです」


「その『狂星』とシリカ帝国に、一体何の関係性がある?」

「そうだ。シリカはそもそも魔法に対しての弾圧をしていたはずだ」

「何を言おうとしているのだね、君は?」


「――シリカ帝国が考えていることには、おおまかに二つの予測が経ちます」


「ひとつに、この世界から魔法を消すこと。狂星がこの世界に魔法をもたらしたなら、狂星を消し去ることで、魔法が消えるかも知れません」


「2つ目が、狂星からさらに魔法の力を得ること。狂星がこの世界に魔法をもたらしたなら、魔法の力の源流。それがこの場所にあるはずです」


「どちらにせよ、世界は大きく影響をうけるでしょう」


「考えても見てください。深く地に根を張った草を引き抜けば、土も持っていかれます。魔法を消すにしても、きっと、ただ消えるだけで済まないでしょう」


「そしてさらなる魔法の力を得る場合は、この世界を変えるだけの力を少数の人間が持つことを意味します。それは死を超越するかもしれません。

――もしそうなれば、永遠の支配が続くでしょう」


 私の声を受け、議場は静まり返った。

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