サンタがねだられて困るもの
真花
サンタがねだられて困るもの
クリスマスイヴ。肌に刺さる冷たい風、私はそびえるツリーの前に立っている。他にも何人も一人で佇んでいるけど、一人、また一人と待ち合わせの相手がやって来て、小さな世界を作りながら去ってゆく。私の待ち人は、だけど恋人ではない。恋人になる可能性もない。「お互いに一人だから、何となく対抗して二人で過ごそう」と同盟を結んだ幼馴染だ。
「ツリー、でっかいなぁ」
見上げて、イルミネーションの点滅を目で追う。
「アキ、お待たせ」
振り返れば、ヒロキが親指を立ててウインクしている。
「どうして、アロハ?」
「大事な一日には正装じゃないとね」
「ここはハワイじゃないよ?」
「色は赤と緑でクリスマス感あるでしょ?」
「上が真っ赤で、ズボンが緑って、歩行者用信号機か!」
「隠れているけどベルトは、黄色だぜ」
「車道用になって、それはグレードアップと言えるの?」
「信号機に優劣はない。……袖もない。寒い」
「あなたは信号機じゃないから!」
「いや、俺は信号を発信している。俺はクリスマスだ」
でん、とヒロキは構える。
「違う。クリスマスはもっと暖かいものだよ! そんなワサビがおろせそうなサブイボじゃない」
「めっちゃしみそう。そのワサビで食べる魚はやっぱりトロなの?」
「意外と赤身が美味しい、……じゃなくて、誰が食べるのよ!?」
「サンタクロース」
「刺身とサンタですか?」
「ええ、日本酒もどうぞ」
「仕事明けの一杯がまさかの純和風!?」
「暖かい畳の部屋であの赤いもふもふを脱ぐと、俺と同じ服が出て来る。ちゃぶ台に就いて、あぐらをかき、『今日も大変だったね』と一人で言って、スーパーで買って来た刺身と日本酒。これぞアフタークリスマス。髭が邪魔で食べにくい」
「世界的な仕事なんだから、もうちょっといいもの食べさせてあげて!」
「じゃあ、来年は座敷を予約しておこう。芸者さんとサンタって、なんかすっごいハメ外して怒られそう」
「サンタさんどれだけ抑圧されてるの?」
「だって仕事は毎年同じだし、数は多いしで、大変なんだよ! サンタ業も」
「業界あるの?」
「あるよ。俺は俺がクリスマスであるために、サンタにインタビューをして来た。その成果を聞いてもらおう」
「誰にインタビュー?」
「サンタだよ。『ねだられて困ったものは何ですか?』これよ。渋谷にいるサンタ百人にインタビューして来た」
「渋谷にサンタいるの!? 百人も!? 確かにあれだけ人がいたら何サンタか混ざっててもおかしくないけど、そんなにいるものなの?」
「いた。意外といるんだよ、これが。パッと見サンタに見えなくても、ぐいぐい行くと白状することがある」
「関係ない人にもぐいぐい行ったってことだよね? よく通報されなかったね!」
「いや、ハチ公前交番の常連になった。最後には『またお前か、ほら、帰っていいよ』ってなった」
「絶対ならないから! もっと大きなところに連れてかれるでしょ!?」
「交番のお巡りさんが、実はサンタだったから許してくれたんだよ。そこもぐいぐい行った」
「連行されている最中にサンタインタビューって、度胸なの!? それとも、おかしいの!?」
「度胸だよ。そんな努力の結晶を聞いてくれ!」
ヒロキの真っ直ぐな目に私は頷く。ロマンティックって何だろう。
「『サンタがねだられて困るもの』第五位、『いくら』」
「ナマモノ! 食糧全般困りそうだけど、何故、『いくら』?」
「それは分からない。厳然たる結果として、『いくら』が食い込んだ。ちなみに二十七位に『白子』がある」
「『白子』とか子供食べないでしょ!?」
「同率二十七位『ポン酢』」
「絶対同じ子が言ったでしょ!」
「『いくら』を頼んだ理由は『一度でいいからお腹いっぱいいくらを食べたい』と『一度でいいからいくらを食べたい』が二大理由だった」
「切ない貧富の差を感じる」
「そんな『いくら』だけど、実際に提供されたことはない、とサンタは言う。その理由として『ナマモノはちょっと』だけが理由」
「冷蔵とか頑張ればいけるんじゃないのかな、『いくら』」
「俺もそう問い返した。サンタは言う。『僕がよくても、鬼よ……お母さんが許してくれないから、そんなファンタジーなプレゼントは出来ないんだ』」
「いくらがファンタジー!? じゃあ白子は転生モノか!?」
「いつかサンタの立場がもっとよくなったらいいな、と遠くを見詰めてしまった」
「目の前のサンタ見て」
「第四位『マッサージ』」
「絶対嘘でしょ! 何で幼い子供がマッサージ求めてるの!? しかもサンタにしろ、って?」
「サンタにしろ、って。恐らく子供には陰謀があって、実際に触れなくてはならないプレゼントなら、サンタの正体が分かる」
「確かに、子供の頃サンタの正体知りたくてツリーの影にずっと隠れたりした」
「そこまで執念深い子はいなかったけど、『マッサージ』の表向きの理由は「ゲームのし過ぎで肩が凝る」がダントツの一位」
「遊んで凝って、じいさんに揉ませるって、その性根は腐りかけてる!」
「第二位の理由は『バイオリンで肩が凝る』」
「ハイソな一群!」
「なお、同様の、サンタ労働系のねだりものは、第十一位に『東京マラソン走って欲しい』がある」
「他人のじいさんが長距離走ってるのを見てどうするつもり!?」
「ほら、二十四時間テレビとかで走ると、とりあえず感動する感じになるでしょ? ああ言うのを求めてるんだよ、きっと」
「じゃあ、そう言うお涙ちょうだいマラソンに最初から出せばいいじゃない」
「それが第三十二位『二十四時間テレビで走って欲しい』」
「あるの!?」
「あるの。子供達は老人が頑張る姿を見て、涙したいんだ」
「病んでる! そんな子供は嫌!」
「サンタの言い分は『配る以上には働きたくない』が主だった」
「やる気!」
「第三位『土』」
「ツリーの下に土を敷くの!?」
「実際にはプレゼントしてないよ。子供は『砂場を独占したい』ってのと、『リビングを独占したい』に意見が二分された」
「砂場を家に持って来て、ってのは可愛らしいけど、土でリビングを独占って、どんな生存競争の家なの?」
「リビング独占派のコメントには『僕以外の何人たりとも我が領土に入ることを禁ず』と」
「余計に分からない! とにかく占領したいんだね?」
「そのよう。サンタは『土は流石に重い』『お母さんが激怒するのが目に見えている』と言った少数意見があって、多数派は『僕の領土の土を渡すものか』だった」
「サンタも土で領土を主張してるの!? そしてそれはどこなの!?」
「場所は秘密。サンタの情けで言えない」
「武士に比べてずっと優しそうな情け!」
「領土系のねだりものは、第二十九位の『海』が後はあるだけ」
「でっかく出たね」
「理由に『白子が取れるから』」
「さっきそれ書いた奴いたよね? ポン酢君だよね?」
「第二位『お兄さん、お姉さん』」
「これは本格的にキツイ奴だ」
「ちなみに『弟、妹』は圏外。そこは言ってはいけないと弁えているようだ」
「じゃあ、兄姉も弁えようよ!? 時空間的に不可能でしょ!?」
「不可能だからこそ、サンタにねだるんだよ。俺だって、子供の頃、『双子の兄弟が欲しい』とねだった」
「悪用する匂いがプンプンするね」
「次の年は『三子の兄弟が欲しい』」
「双子でダメなら諦めなよ!」
「でも『恋人が欲しい』とはまだねだったことはない」
「今でも毎年ねだってるの?」
「そりゃそうだよ。プレゼントが来るか来ないかなら、一回だって来たことはないけどね」
「それなのにサンタと会ってるって」
「だから会うんだよ。もしかしたら俺のサンタがいるかも知れないから」
「恋人は欲しいんだ?」
「そりゃね、でも今日はアキと過ごすから一旦忘れる。で、兄姉が欲しい理由は『お母さんの怒りの矛先の傘になってくれそうだから』と言うものが一番多かった。どの家庭もお母さんが怖いね。二番目は『兄と比較することで、自分の優秀さを証明する』と言うもの」
「どんだけ自信があるんだよ! 後、怖くないお母さんもいるから、この世のどこかには!」
「サンタの弁は『普通に無理』」
「魔法もクソもなかった!」
「流石に過去を改変するってのは厳しい。似たようなものは九位『優しいお母さんにして下さい』十位『怒らないお母さんにして下さい』十二位『隣のお母さんと替えて下さい』」
「それ、まとめよう。全部同じでしょ!?」
「そうすると一挙に六位になる。『母をどうにかしてくれ』」
「もしかしたら一番変わらないものかも知れない。まさにサンタに頼みたいことだよ。でもサンタにはどうしようも出来ないことでもある。サンタは魔法使いじゃない。プレゼントを配るだけのおじいさんだ」
「映えある第一位は『ゾウ』」
「鼻の長い?」
「耳も大きい。ナマモノではなくイキモノ。それもでっかい。欲しい理由には『かっこいい』『でっかいから』と言った牧歌的なものから『武力になる』『芸を仕込みたい』と言った目的を持ったものまで幅が広く、どれが一番と決めづらい結果」
「武力も芸も何を想定しているのか分からない!」
「あんまりそこまで考えてないのかも知れない。でも、ゾウが欲しいんだ、現代の子供は」
「納得が届かない」
「サンタ側の主張は『大きくて重くて生きてるって、三倍無理』『エサ代だけで経営破綻する』『お母さんが百倍キレる』と、しみったれた背中を見せて逃げる感じ」
「現実的なところだと思うよ!? サンタの現実と日常の現実の交わったところってそのへんじゃないの?」
「他の生物系は『インコ』『犬』があったけど圏外。これは実際に買えてしまうから。一位と圏外だけのジャンルってのは面白い。同じ命なのにね!」
「そんな言い方しないの!」
「じゃあ何て言うの?」
「同じ『プレゼント』だよ」
ヒロキは歯を見せて笑う。
「この『サンタレポート』が俺のプレゼント」
「私は特にないよ」
「そんなぁ」
「さ、暖かいところに行こう」
歩き出した私達、ヒロキが背中のボタンを押せと言うから押したら、アロハが光り出した。
「メリークリスマス」
ヒロキがポーズを付けて言う。
私は怒る気になれなくて、「メリークリスマス」と返した。恋人だったらしばいてから帰っていただろう。
(了)
サンタがねだられて困るもの 真花 @kawapsyc
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