63.付記【終】

 夜はようやく明けようとしていた。黎明れいめいの時だ。

 しかし、多くの人々は目覚めることを拒み、その意識の扉に鍵をかけ、閉じこもる道を選んだ。


 喫茶店にこもる二人のクリエイターは、いつ果てるとも知れぬ問答に興じ続け、コーヒーのお代わりをウエイトレスに頼んでいた。そのウエイトレスは厨房と店内とを行き来する無限の往復運動の只中ただなかにある。

 時折、おひやに氷を入れ忘れたりもしたが、それはさしたる問題にはならなかった。


〈教団〉もまたいつしか壊滅していた。滅びゆく国の片隅で、最後の抵抗を続けた信徒たちは警官に捕らえられていった。今後かれらがどう扱われるのかは全く見当がつかなかった。ただ、「これで救われた」とも思った。それだけは確かなことだった。


 システムに捕らわれた天満美影が、UN――国連捜索隊の手でその肉体を解放され、地上へと帰還したのはそれからほどなくしてのことだった。生命維持用の管にまみれた少女は、それでも装置に繋がれて生かされていたのだ。


 満身創痍となった美影は、今も政府の管理する病院の一室で眠り続けている。

 少女が再び目を覚ますとき、それが人類にとっての〈真なる覚醒〉なのかもしれないと、白衣の青年――君由きみよしは言って、何処いずこかへと姿を消した。もしかしたらそうなのかもしれない。


 なので、美影の脳波を移植したダミーシステムが造られ、研究された。

 もちろん少女を蘇生させるためのテストベッドとしてだ。長い時の果てに、それは想念を現実体化させるシステムへと進化することとなる。


 民衆は、今度こそ天満美影を崇めた。天よりつ、神の御子みこ

 諸人メディアはこぞって美影のことをそう書きたてた。運命と因果に翻弄された少女は、今も変わることなく永い眠りの途にある


 一方で、導師の行方はようとして知れない。

 あるものは、富士山の斜面を登って天に召されたと言い、あるものは風穴ふうけつの奥底で果てたのだろうと言った。


 またあるものは、銀色の髪をした魔女と共に国を去ったとも言った。

 なかには、黒い十字架を何処かで見かけたという噂話もあった。

 しかし、いずれもが信憑性の薄いでたらめと片付けられ、話題にもならなかった。


 その傍らで、富士の樹海にあった〈教団〉の本部施設は、警察の手によって跡形もなく焼き払われる。

 ごうごうと燃え盛る業火のなかで、数多の悲しみが朽ち果てていくのを彼らは見たような気がした。そもそもかれらの興りが何だったのか、今となっては知る者はいない。


 一つだけ確かなことは、〈教団〉という存在そのものは歴史からかき消されたということだけだった。いつしか取り戻した日常のなかで、人々はそのことを思い出すのだろうか。


 だが、そんなことはすでに煩悩ぼんのうを開放したナベさんにはどうでもいいことだった。

 目覚めた十二人の乙女たちを連れて、彼は新たな地平を目指した。

 そこが夢の世界であろうと、ビデオ映画の中の世界であろうと、誰かの虚構の中の世界であろうと、同心円を描く輪廻の只中であろうと、何処どこであろうと関係はない……。


 世界は常に終わり続けているのだ。

 何故ヒトはそんなことを気にするのだろうと、ナベさんは不思議に思っている。どうあったっていいじゃないか、と。そう、世界はどこにだって「ある」のだから。

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