62.心よ原始に戻れ②

 数日後の日中――

 場所は変わって、かつての東京湾岸沿い。小隊がその地区調査をしている。

 人数はごく最小だ。いずれも純白の対疫装備を全身に身にまとっており、その顔は分からない。疑似天蓋から出れば、かれらも知性を失った獣になる可能性は極めて高い。そのために用意された防御装備だった。


「やはり生存者……と呼べる人々はゼロ、だな」


 襲い掛かる巡礼者の群れをレーザーライフルで焼き散らしながら、先陣を切る女が言った。

 背後には重装甲機が控えている。

 人型と戦車のあいのこのような外観をしたそれは、調査隊の生命維持装置と繋がっている。機械に命を預けるとともに、その機械を守りながらの行軍だ。大気に満ちた惑星上で行う活動としては、あまりに過酷なものだった。


「巫女さまと、〈天満美影〉さまと同じ存在を……我々がこの世界を渡ってゆくための新たな器を生み出すことができれば……」


 外域調査とは、そのための情報や技術を発掘するために繰り返されている。

 危険極まりない行動ではあるが、生き残った人類が再起するには、それぐらいしか手立てがないのだった。


「そもそもアダマスを生み出したのは人類です。かつての暁闇文明全盛期においては、その建造計画が多く進んでいたという記録も残っています。状況は違えど今の我々と同じですね。ヒトとしての、種の本能と言えるのかもしれません」

「それにしても、アダムとはなぜ人型をしているのでしょう。あの〈天満美影〉にしてもそうですが、かつての神話や伝説には多くの巨人がその名を連ねていますよね。暁闇ぎようあん文明期の人類が、それこそ自らと同じ形をした、巨大なものを見つけたとしたら、確かにそれは神と崇める対象になり得たのかもしれませんが」

「神が自らに似せて人を作った、というのではなく――か」

「その逆でしょうね。あるいは、人類こそが彼らを作ったのだとしたら?」

「神話にある巨人たちも、先史時代の人類が作り出した、と。まさに種の本能だな」


 ――と、そのときだった。


「あれは!」


 一人の調査員が指し示したのは、倒壊したビルの屋上だった。傾いで、まるで斃れかけた墓石のようなそこに、銀色の髪をなびかせた一人の少女が座っていた。何者なのか。


「生存者? しかし、対疫装備もなしで……」


 驚きを隠せない調査員たちの頭上で、少女は跳躍した。

 そしてその背後に出現する黒い十字架――否、巨人態。


「アダマスだって?」


 調査員たちが見つめる目の前で、少女は黒き巨人と合一した。

 すると、いままで木偶人形のようだった巨人がみるみるうちに変化してゆく。つるりとした顔面は少女のものに変わり、四肢も伸びて瑞々しいシルエットへと変化する。


 その背中からは黒い羽が生えている。

 駆体くたいのあちこちには、赤い宝玉を思わせる芽が浮き出ていた。それが何であるのか隊員たちにはわからなかったのだが、別の可能世界ではグノーシスとも呼ばれていたものだった。黄金の血管が脈打っているさまは、魔女の使役する使い魔のそれを思わせる神秘的な雰囲気を漂わせてもいる。



 風が吹いた。

 巨人は銀色の神経光をなびかせ、倒壊したビル群の合間を駆け抜けてゆく。

 目指すのは、かつて東京タワーと呼ばれた電波塔だ。その真っ二つに折れた残骸の頂点に立つ。それだけで世界を見下ろした気になれた。


 その遥か彼方には、黒い十字架――〈天満美影〉が鎮座している。

 それはかつての時代に建造された、想念現実体化装置でもある。

 黒き巨人は、時が満ちたと言わんばかりに天高く飛翔する。


 目指すのは宇宙だ。

 背中の黒い翼を展開し、重力圏を離脱してゆく。

 どういう原理かは全く分からないが、地上にたたずむ調査隊たちの目には、天と地上とを結ぶ、一本の柱が生まれたように見えた……。

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