終章
61.心よ原始に戻れ①
●
荒廃した都市の中を、かつてヒトだった獣たちが駆けている。
巡礼者だ。
〈教団〉が引き起こしたハルマゲドンは、全世界に〈第二次大覚醒〉をもたらした。
それによって個我を失った人類は、今はこうして獣へと退化している。
その一方で、ことばを持たぬ別の可能性へと歩み出そうともしていた。これはそんな遠い未来の出来事である。
かつて叡智によって栄えた時代があった。
いまでは到底なしえない技術が確立されていた時代があった。
輝かしい、魔法の時代があった……。
今も地球で最大の勢力を誇っているのは人類種だ。
しかし、その
知的生命体と言えるものは、ハルマゲドンから逃れえた僅かな人々だけだった。これが何を意味しているのか、知るのは世界を作りたもう神のみだろう。
かつて南裏界島と呼ばれた場所は今は巨大なクレーターと化している。
海水はすでになく、すり鉢状にくぼんだ奇妙な地形だけが露呈していた。
中心には巨人に似たシルエットの、極めて巨大な黒い十字架が天を突いている。
〈天満美影〉と呼ばれるその十字架は、かつて〈光のアダム〉として建造された人造の神のなれの果てでもある。今は、それに寄り添って生きる人々を守るために、疑似天蓋を展開する、文字通りの巫女であり守り神だった。
この場所こそが人類最後の砦であり、エデンの園だ。
そして周囲には徘徊を続ける巡礼者の群れがある。
見えない壁――疑似障壁に阻まれて、かれらがこちらへ来ることはない。
だが、それも巫女さまの力あっての結果だと住人たちは言っている。
人造神たる〈天満美影〉がいつ果てるかもわからぬ今、人々の間には不安が蔓延していた。
「巫女さまが天を見上げている……」
ある者が言った。
確かに巨人は天を見上げ、その遥か頭上の宇宙と交信しているかのようでもある。顔面と思しき構造体にはめ込まれた仮面からはオレンジの光が伸び、それは天に向かって光の筋を形成していた。
この光にどういった意味が込められているのか、生き残った人々は知る由もない。文明も、知識も、技術すらも退行したこの時代において、かれらがすがれるのは旧時代の生き残りでる〈天満美影〉そのものだったのだから。
「まるでかつての時代の哲学者だな」
「うん、それは間違っていないと思うよ。実際、解析できたデータでは、巫女さまは常に何かを『考え続けている』と出ている。人間の脳波にも似たパターンが検出されているんだそうだ」
やり取りをするのは二人の男たちだった。
一人は背が高く、くしゃくしゃな髪形をした耳の大きな男。もう一人はチューリップ帽にサングラスをかけた小太りの中年だった。
「とはいうものの……その『何を考えている』のかがさっぱり解析できないらしいんだよね。それさえわかれば、この状況を打破する何か……打つ手が作り出せるかもしれないのに」
「ってことはあれか。『思考すること』があの疑似障壁の形成に繋がり、俺たちを守る壁になっている――と」
「そうとも言えるかもしれない」
たわいないやり取りだ。
いくら問答を繰り返したところで、答えなど出るはずもなかった。
見上げる空には星々が瞬いている。昔はこんなに星空が見えることなんてなかったらしいよ、と小太りが言った。
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