第6話 あたし以外は悪くないの
――――不思議な光景だ。
あたしが、血の匂いが煙渦巻く戦場の中心で、"多数の軍勢"と戦っているのだ。
そんな状況すらも不可解だと言うのに、何よりも、不審な点。
……それは……。
完全武装のあたしを目の前に、必死の形相で剣を構えるのは、紛れもなく、"小原周くん"だったのだから……。
しかも、明らかな敵意を感じる。
何故か、こちらの気持ちも全く同じだった。
……本当は、戦いたくなんてないのに。
だが、そんな気持ちとは裏腹に、周囲は傷だらけの身体を起こして"士気"を高めて行く。
そして、ひとひらの枯れ葉が落ちたのを合図に、二人の剣は交わったのである。
……まるで、運命を分かつ様に……。――――
――――「ねえ、芽衣姉ちゃんっ!! 起きて!! 起きてよ……」
耳元でうるさい程に聞こえる声に、あたしはゆっくりと瞼を開いた。
……あれ? 今のって……。
そんな気持ちで、ゆっくりと目の前の景色を眺める。
まだ、何が現実なのか分からない状況で。
……すると、そこには半べそを浮かべた来未ちゃんの姿があったのだ。
その上には、見慣れない粗末な木造の天井。
更に、身体からは、ベッドの柔らかくも温かい感触……。
これって、一体……。
あたしはそう思うと、次第にハッキリとする意識の中、慌てて周囲を見渡した。
――――その視線の先には、まるで"この瞬間"を待ち構えていた様な顔をする、多くの村人達の姿があったのだ。
「あ、あの……」
あたしは、思わずそう零すと、普段よりも可動域の悪い身体をゆっくりと起こす。
……痛っ。
先程のキングゴブリンとの戦いが"夢"ではなかったことを証明付ける様に、首元や背中から激しい痛みが生じた。
これは、現実なんだ。
そこで、やっとホッとした。
つまり、来未ちゃんや村人のみんなを、"魔物の脅威"から救う事が出来たんだって。
「め、芽衣お姉ちゃ〜ん……。生きてたんだね……。本当に、本当によかったよぉ……」
起き上がるや否や、号泣しながら抱きつく来未ちゃん。
……本当に、良かった。
その事実を目の当たりにすると、あたしは感情に身を任せて、そっと彼女を抱きしめた。
「……心配をかけて、本当にごめんね」
これは、紛れもなく本心だ。
あたしは、あの時、あの瞬間、何度も"死"を覚悟した。
強大な敵を前に、諦めかけてしまったんだ。
また、"弱いところ"を見せてしまったと、強く反省をする。
もしあの時、あたしが死んでいたら、きっと、この"希望の灯火"すらも、フッと息を吐くように消え去っていたのだろうから……。
……それに。
「今回は、我が"ソラ村"を救ってくれて、本当にありがとう」
彼らの一歩前に立っている村長と思しき翁は、そう深々と頭を下げた。
同時に、部屋は湧き上がった。
「アンタ、めちゃくちゃ強えんだな! 」
「ホント、この場に居合わせて良かったよ! 」
そんな声が聞こえる中には、エドガー達の姿もあった。
「姉ちゃんには、返しきれない恩が出来たな……」
……涙を流してそう感謝を述べる彼。
だが、そんな彼の気持ちとは裏腹に、この胸には、激しい"罪悪感"が生じたのである。
何故ならば、この"戦闘"を引き起こしてしまった原因は……。
あたしは、そう思うや否や、来未ちゃんから離れて痛みに耐えながら身体を起こすと、どうしても伝えなきゃいけない事実を携えて、謝罪を述べたのであった。
「みなさん、ごめんなさい。実は、ゴブリン達による襲撃のキッカケを作ってしまったのは、紛れもなく、あたしなの……」
たまたま、多くの運が重なって、キングゴブリンには勝てたかもしれない。
でも、実際に人々の中に犠牲者が出た。
沢山の断末魔も聴いてしまった。
何よりも、もし、来未ちゃんを救う時に、あたしがゴブリンに手をかけていなかったら、この"悲劇"自体が起きなかったのだから。
……だからこそ、精一杯の気持ちを込めて、謝る以外の選択肢は、取る事が出来なかったのだ。
すると、村人達はキョトンとした顔を見せる。
同時に、怪訝な表情へと変わって行った。
目を覚ました途端、最低な"事実"を口にするあたしを見つめながら。
まあ、それはそうだよね。
彼らからすれば、言わば、あたしは"仇"みたいなものだし。
きっと、これから、また来未ちゃんには嫌な思いをさせちゃうかもしれない。
でも、仕方ないんだ。許して欲しい。
だって、愛する家族や家屋を失う代償は、大きいもん。
そう覚悟を決めると、あたしは黙り込む村人達がどんな"結論"出すのかを、諦めた様な目で見つめる他、何もなかったのだ。
……もし、襲われたとしたら、せめて、来未ちゃんだけでも、逃がそうという"甘え"の気持ちと共に。
すると、重苦しい雰囲気の中、村長は真顔でゆっくりと口を開いたのであった。
「……あのな、若き"異世界人"よ」
やっぱり、ダメだよね。
だって、彼の声からは、"憎悪"の感情が読み取れるもの。
それに、多分、この世界では"異世界人"という言葉自体が、あまりいい意味で使われていないみたいだし。
あの時、ヒホンは"事実"を知らなかったから、"秘術"を教えてくれたんだろうし……。
……しかし、あたしの自信があったはずの"人間観察"は、珍しく外れたのであった。
「……たとえそうだとしても、あれだけの"怪物"を前に、村が守られた事の方を感謝したいのじゃよ。何故ならば、最近は、あのゴブリン達のせいで、街へと続く街道は閉ざされていた。しかし、お主の活躍のおかげで、村の仲間達は希望を見出せたのじゃから……」
その声と共に、背後で大人しくていた村人達は、まるで今、目を覚ましたかの様に、割れんばかりの歓声を上げたのであった。
「そうだよっ! これでやっと、"命"が繋げる!! 」
「私達も、貴方には感謝しかないのよっ! 毎日、"ゴブリン"が攻め込んでくるかもって恐れていたんだから! 」
……そんな感謝の言葉が、部屋中を包み込んだのだ。
思わず、呆然とする。
だって……。
しかし、あたしを正気に戻すかの様に、来未ちゃんはニコッと笑ったのであった。
「ねえねえ、芽衣お姉ちゃん。あのね、あの後、あなたは"十日間"も眠ったままだったんだよ。それだけ頑張ってくれたから、命を懸けて戦ってくれたから、こうして、みんなは喜んでくれてるの。……だから、それに応えてあげてよっ!! 」
彼女の一言を聞いた瞬間、あたしの"罪悪感"は、フワッと消えていった。
今、彼らは心から感謝してくれている。
失ったものよりも、残ったものを喜んで。
だったら、少しでも気持ちに応えなければ、あまりにも失礼なのかもしれない。
あたしは、この世界に転移してから、すっかり"卑屈"になっていたのかもしれない。
正直、今でも、人を死なせてしまった自己嫌悪はある。
だけど……。
そう思うと、あたしは泣きそうになる感情を抑え込んだ上で、村の皆に向けて、ニコッと笑顔を見せたのであった。
「みんなを助けられて、本当に良かったです」
……同時に、再び室内は沸き上がったのであった。
結果的に、あたしとソラ村の間には、決して、消える事がない"絆"が結ばれたのであった。
……それにしても、十日もの間、眠ってたんだ。
最中、どれだけ来未ちゃんに心配をかけちゃったんだろう。
でも、もう謝ることはやめた。
それよりも、前向きな気持ちを伝えたいから。
だからこそ、あたしは彼女をジーッと見つめると、頭を撫でた後でこう告げたのであった。
「来未ちゃん、本当にありがとね」
うん。今のあたしは、全てにおいて弱すぎる。
もっともっと強くなって、近くにいる大切なモノを護れるようにならなくちゃ。
きっと、それこそが、もう一度、彼と会う為に必要な過程なのだから。
そう思うと、もう二度と、絶対に"諦めない"という決意を胸に、あたしはこの世界を生き抜く事を覚悟したのであった。
ラブコメの主人公にフラれた負けヒロインは、異世界に転移しても彼の事を忘れられない。 寿々川男女 @suzunannyo_ss
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