第4話 あたしのせいでごめん


 十数体のゴブリンの軍勢と人間の抗争は、火蓋が切られた。



 人々は、『絶対に負けまい』と、必死に家屋を守る様に列を成している。



 人数的優位は、こちら側にある。



 でも、どうやら、身体能力は人間よりも遥かに高かったらしく、数人がかりで挑んだ所で、いとも簡単に吹き飛ばされてしまっていた。



 ……どうやら、魔物達の獲物は決まっているらしく、まるで、"誰か"を探している様な仕草を見せている。



 そんな中、一匹のゴブリンが、陣形を崩すために、リーダーと思しき中年男性の前に現れた。


 彼は、その魔物を何とか倒そうと「うおー! 」と叫びながら鍬を振り下ろす。



 ……だが、その会心の一撃は、当たり前の様に避けられてしまった。



 それから、殺すには充分な"間合い"に入り込むと、ゴブリンは躊躇なく中年の左胸元を剣で刺したのだ。


「ぐ、ぐはっ……」



 同時に、大量の血が流れ、その場でピクリとも動かなくなってしまった。



 その事がキッカケとなり、次第に人々からは"恐怖"の感情が膨れ上がって行くのが分かる。



 続けて、勢いを持ったゴブリン達は、更に攻撃の手を強めた。



 周囲から聞こえる断末魔。



 そんな悲惨すぎる現状を前に、あたしの震えは止まらない。



 ……だって、こんなの……。



 すると、そんな時、群れの内の三匹が、あたしの存在に気がつく。



 それから、まるで"狙いすました様に"眼前に現れた。



 腰が抜けて、身動きが取れない、あたしの所に……。



 その瞬間、全てを察した。



 ……これは、"復讐"だったのだ。



 あたしは来未ちゃんを助ける際、一匹のゴブリンを殺した。



 その際、遠目で控えていた同族が逃げて行くのを確認していたんだ。



 ……つまり、群れに戻った彼らは、あたしへの報復を狙ってやって来たのだ。



 だからこそ、今、こうして迷う事なく、あたしを見つめてニヤニヤとしているのだから……。



 この惨劇を作った原因は、紛れもなく"宝穣芽衣"、あたしにあったのだ。



 その後、すっかり勝利を確信したのか、三匹は示しを合わせた様にゆっくりと剣の先をあたしに向けた。



 瞬間、失禁してしまいそうになる程の"恐怖"に平伏す。



 ……あっ、ここで殺されるんだ、って。



 でも、もし、このまま戦闘が続けば、エドガーさんを始めとした村人も、ついでに全滅させられるだろう。



 それに、来未ちゃんが見つかるのも、時間の問題……。



 そう思うと、唐突に訪れた"死"を目の前にして、自分に問う。



 ……こんな終わり方で、いいの?



 全ての元凶を作ったのに、簡単に死んじゃっていいの?


 

 責任は、あたしだけにあるのに。



 それに、約束したじゃん。



 来未ちゃんと一緒に"元の世界"に帰るって。



 必ず戻るって。



 ……それなら……。



 あたしは、そう決意を固めると、震える手で、足元にある数個の小石を握りしめる。



 そして、"無茶"だと知りながら、"運命"に抗う覚悟を決めたのだ。



「どっか行けーーーー!!!! 」



 決意表明とも取れる雄叫びと共に、ゴブリン達に思いっきり石を投げた。



 ……すると、不意を突かれたのか、肩を並べていた三匹に、"それ"は命中したのだ。



 でも、単純に考えれば、たかが石ごときで致命傷を与えるのは、不可能。



 それならば、急いでその場から離れよう。



 そう思いながら、慌てて身体を起こした。



 ……しかし、そんな必死なあたしを他所に、あり得ない現象が起きた。



「……ドサッ」



 全く外傷がないゴブリン達は、その場で倒れてピクリとも動かなくなったのだ。



「……えっ? 」



 何が起きたのか分からず、呆然とする。



 ……だって。



 しかし、その"謎"について考えている暇などない。



 何故なら、村人の方に視線を移すと、既に、多数の攻撃を受けている様で、苦しむ声が辺り一体に響き渡っているのだから。



 それは、恩人のエドガーさんも同じだった。



 ……た、助けなきゃ。



 あたしはそう思うと、落ちていた鋤を持って、すっかり弱り切った"陣形"に向けて、こう叫びを上げたのだ。



「もう、これ以上、みんなを傷つけるのは、やめて!!!! 」



 その声に反応した、魔物達。



 ……もし、あたしの憶測が正しければ、必ずゴブリン達は……。



 そう思って、必死に叫んだ。



 すると、どうやら予想通り。



 群れは、すっかりターゲットを"あたし"に絞った様子で、全員でこちらに襲いかかって来たのだ。



 その現実を見て、最初に抱いた感情。



 ……それは、覚悟だった。



 楽観的な結論かもしれないが、二度のゴブリンの戦闘の中で、一つだけわかった事。



 ……あたしの攻撃なら、倒せると。



 だからこそ、襲いかかって来る数多の敵達に、一歩、また一歩と近づいていった。



 それから、一心不乱に鋤を振り回す。



 ……当たれ、当たれ、当たれ。



 すると、願いが届いたのか、あたしの"型なし"の攻撃は、四方に点在するゴブリンに辛うじで掠る。



 同時に、バタバタと倒れて行った。



 ……やっぱり。



 そんな、あまりにも不可思議な現象は、魔物達に動揺を与える。



 象徴するように、背後に控えていた数匹が怯んでいるのが見えた。



 ……ここしかない。



 あたしは直感的にそう判断すると、再び足元の石を拾い上げると同時に、彼らに何度も投げ続けた。



 ……そして。



「ドサッ、ドサ、ドサッ」



 気がつけば、あれだけ恐ろしかったゴブリンの群れは、"全滅"していたのだ。



 それから、辺りをキョロキョロして残兵がいない事を確認すると、あたしは"安堵感"から、その場に膝を付いた。



 ……お、終わったんだ。

 


 そう思って、今あった出来事に呆然とする。



 あたし、どうしちゃったんだろう。



 そんな理解不能な現実の中で……。



 ……すると、訳が分からず抜け殻になったあたしの元に、一人の中年がやって来た。



 それは、紛れもなく、エドガーだった。



「あ、あの……」


 彼は、相変わらず怯えながら、恐る恐るそう話しかけて来る。


「は、はい……」



 まだ衝撃から抜け出せないあたしは、何とも間抜けな返事をする。



 その声を聞いて安心したのか、彼はやっと"恐怖"の感情を捨ててくれた様だった。



「オレたちを救ってくれて、本当に感謝する! 」



 エドガーは、初めて、心からニコッと笑った。

 


 その事実を見た時、申し訳なさで胸がいっぱいになった。



 ……だって、本当なら……。



「いえ、違うんです。この"惨劇"を引き起こしたのは、あたしで……」




 _____しかし、あたしが事実を述べようとした瞬間だった。




「……ドシン、ドシン」



 あまりにも不穏な足音が、背後から聞こえる。



 ……その音に、認めたくない"嫌な予感"がする。



 そして、そんな焦りと共に、ゆっくりと振り返ると……。



 そこには、先程までの魔物とは比べ物にならない程に巨大な、それでいて、異常なまでの"オーラ"を放つ"ゴブリン"が現れたのであった。



 この者が、如何に恐ろしいか。



 象徴する様に、頭には立派なツノが二本生えており、大きさも、優に三メートルは超えている。


 右手には、おおよそ、人が扱うのが困難なのが分かる、刃渡り一メートルの"鉈"。



 異様な存在を目の当たりにした瞬間、あたしはすぐに理解した。



 ……この怪物こそ、ゴブリンの群れの"親玉"だと。



「き、キングゴブリン……」



 エドガーは、不穏な巨体を目の前に、腰を抜かして、脂汗をかく。



 しかし、その"キングゴブリン"と呼ばれる化物は、何も気にした素振りも見せずに、周囲を確認した。



 所々に点在する、亡き"同胞"を……。



 ……全てを理解したのか、怒りに震えながら両手の拳を握りしめている。



 そして、その先にいる"あたし"を睨み付けながら、憎悪に満ちた雄叫びを上げたのであった。



「グォーーーーーー!!!!!!! 」



 ……余りの声量に、空気が波打つのが分かる。



 同時に、覚悟せねばならない事を理解させられる。



 きっと、"キングゴブリン"は、あたしを決して許さないだろう。



 もし、万が一、奇跡的に逃げられたとしても、地の果てまで追いかけて来るに違いない。



 ……それならば、戦うしかないじゃん。



 勝てる自信なんて、何処にもないけど。



 こうなったのは、こっちの責任なんだから。



 だからこそ、あたしは再び鋤を構えた。



 まるで自分を鼓舞するように、叫びながら。




「絶対に、村のみんなを助けるっ!!!! 」



 根拠のない宣言をゴングに、あたしとゴブリンによる戦闘の第二ラウンドは始まったのであった。



 余りにも悍ましい怪物と、一戦を交わらせなければいけない"運命"は、どうやら避けられないのだと悟って。

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