第5話 鋤とか鍬とか


「グオーーーー!!!! 」



 あたしは、家屋すらも揺らす轟音の雄叫びを上げる、巨大なキングゴブリンと対峙する事となった。



 その選択は、間違っているであろう。



 分かり切った答えだ。



 何故なら、あたしは昨日の朝まで戦闘など経験した事がない、"ド素人"なのだから。



 ……でも、言い訳をしても、状況は変わらない。



 巻き込んでしまった村人達に謝りたい。



 それに、救いたいんだ。



 もし、あたしにその"可能性"があるのなら……。



 だからこそ、再び鋤を握りしめた。



 ……攻撃さえ、当たれば。



 そんな気持ちを携えて、自分を鼓舞する。



 ……そして、あたしは"怪物"に向かって、正面から駆け出した。



「絶対に、守ってみせる!!!! 」



 だが、思い切り振りかぶって放ったその攻撃を、キングゴブリンは高速で避けたのだ。



 ……巨体からは想像出来ない程、俊敏に。



 続けて、背後を取られたあたしは、怪しげに光る鉈の餌食になりそうになる。



 そこで、慌てて逃げた。



「ドォーーーーン!!!! 」



 ギリギリで回避するも、相手の攻撃は地面に突き刺さった瞬間、まるで時空の歪みでも出来たかの様に、深く深く抉れていたのだ。



 ……もし、"あれ"が当たっていたら……。



 考えただけでも、ゾッとする。



 だが、そんな気持ちなど、怪物は気にしない。



 今の一撃を外したからか、次は間合いを取るあたしに対して、"斬撃"を放ってきたのだ。



 これまでバレーボールで観てきた、どんなスパイクよりも高速な攻撃は、空気を切り裂きながら、あたしへと真っ直ぐに向かって来る。



 ……や、やばい。避けきれない。



 肝を冷やしながら、呆然とその場に立ち尽くす。



 だが、その時、"ある村人"が、あたしを抱えて飛び逃げたのだ。



 思いっきり吹き飛ばされる事で、斬撃はギリギリ回避。



「あ、危なかった……」



 突然の出来事に焦るあたし。



 その救世主は、昨日からずっと怯えていた青年、"ヒホン"だったのだ。



 彼は、束の間の安心感を抱いたのか、こんな事を告げる。



「き、昨日は、本当に申し訳なかった。僕は君が"悪い異世界人"だと思っていたんだ。でも、こうして捨て身で戦ってくれる様子を見て、間違っていたと分かった……」



 彼が敵の動向を気にしながらそう言うと、あたしの中である"疑問"が生まれる。



 ……今、なんて……。



 しかし、今はそれについて考える余裕なんてなかった。



 何故ならば、キングゴブリンは再び、動き始めているから。



 ……正直、実力差は著しい。



 このまま一発でも攻撃を受ければ、間違いなく死ぬ。



 それに、相手の"速さ"に追いつけない。



 ならば、どうすれば……。



 ……そう思っていると、ヒホンは必死な口調でこう伝えてきたのであった。



「僕たち村人は、運命の行く末を君に託す事にした。だから、【汝、神の思し召しに共鳴し、人智を超える力を与え給え】と、唱えてくれ!! 」



 右手を振り上げながら襲いかかる敵を目の前に、そんな命令をする。



「そ、それは、一体……」



 意味もわからずに問いかけると、ヒホンは急かした。



「は、早くっ!!!! 唱えればわかる!!!! 」



 必死の形相でそう叫んだのを聞くと、あたしは急いで言われた通りに詠唱したのであった。



「【汝、神の思し召しに共鳴し、人智を超える力を与え給え】……」




 __その何かも分からない"呪文"の様なモノを唱えた瞬間、あたしの身体は真っ白な"光"を放ったのだ。




 同時に、全身が軽くなる。


 細胞の一つ一つが、活性化していくのを実感する。


 不思議と、力が漲ってくる。



 ……すると、視界にもある"変化"が生まれた。



 なんと、先程まで早すぎて見えなかった敵の動きが、まるでスローモーションにでもなってしまったかの様に、ハッキリと視覚化されたのである。



 ……もう、眼前に迫っている"巨体"の動きが……。



 それに気がつくと、あたしは急いでヒホンを抱えた状態のまま、目にも留まらぬ速さで敵の連撃を避けた。



 続けて、彼を安全圏に送る。



「こ、これって……」



 思わず自分の手を見つめながらボソッとそう呟くと、ヒホンは、こう理由を述べたのだ。



「それは、身体強化魔法、だと思う。この世界の人間には使いこなせない代物だよ。僕は以前、"悪い異世界人"がそれを唱えた瞬間に、動きが目覚ましく変化したのをこっそり見た事があるんだ。やっぱり、君には"適正"があったみたいだね」



 今もなお、体内から湧き上がる"生命力"。



 少し距離を置いたキングゴブリンは、あたしの動きが異常に速くなった事に、激しく"動揺"している様子で見つめていた。



 ……これなら、戦えるかも。



 そう思うと、彼にお礼を述べる。



「助けてくれた上に、攻撃の"術"まで教えてくれて、本当にありがとう。絶対に倒して見せるから、待っててっ!! 」



 再び勇気を取り戻して感謝を口にすると、彼は微笑んだ。



「頼む。この村を救ってくれ」



 その言葉に頷くと、再び、あたしはキングゴブリンに視線を移した。



 ……そして、怯んでいる敵に向けて、F1レースにも優るほどの高速で近づくと、胸元の辺りを鋤で一閃しようとした。



 だが、動体視力が向上したとは言え、相手の速度も拮抗している。



 故に、ギリギリで回避される。



 ……とは言え、初めて肩を掠めたのだ。



 同時に、ささくれ程度の傷を受けて、顔を歪めるキングゴブリン。



 しかし、先ほどの小型タイプとは違って、致命傷にはなっていない様子だった。



 ……だけど、その表情から、間違いなく今の攻撃が効いている事に気がつく。



 よし、これなら、もしかしたら……。



 そう思うと、再び一心不乱に鋤を振り続けた。



 3回に一度程度は、かすり傷を負わせる事が出来た。



 その度に、怪物の動きは鈍ってゆく。



 戦闘の最中、あたしの攻撃には、何か"特別"な意味がある事を理解した。



 同時に、自信が湧き上がる。



 ……勝てる、絶対に。



 そして、あたしは人智を超えた自分の力を信じて、思い切り鋤を両手で握りしめると、精一杯の力を込めて、敵の頭部めがけて振り下ろしたのであった。



 ……だが、その攻撃も、避けられた。



 一旦、距離を置いたキングゴブリン。



 その顔は、歪んでいる。



 どうしても、致命傷を与えられない。



 多分、身体の何処かに深い斬り込みを与えれば、倒せる筈なのに……。



 歯痒い状況が続いていると、何故か、突然、キングゴブリンは笑った。



「ぐ、グハハハ……」



 そんな不適な声を上げながら。



 ……そして、敵は何かを思いついたのか、地面にめり込むほど、両足を踏ん張った。



 続けて、何かをブツブツと呟き出す。



 ____すると、相手の身体からは、禍々しい"紫色"のオーラが湧き出ていったのである。



 その有様を見て、あたしは直感的に「まずい」と思った。



 きっと、それこそが、キングゴブリンの"秘技"なのだと理解したから……。



 早急に、この戦闘を終わらせなければならないと悟る。



 だからこそ、あたしは脇目も振らずに、もう一度、彼を斬り込もうとした。



 ……しかし。



 相手の鉈と鋤が交わった瞬間、あたしは勢い良く吹き飛ばされたのだ。



 続けて、轟音を放ちながら、家屋に背中を強打した。



 ……い、痛い……。



 もし、ヒホンから"身体強化魔法"を教えてもらっていなかったら、間違いなく、即死していたであろう。



 そう感じる程、背中からは激しい痛みを感じた。



 口元からは、血反吐が出る。



 そこで、キングゴブリンが使った技の意味を理解した。



 ……敵も、同じ様に"身体強化"をしたのだと。



 こうなると、あたしの分が悪い。



 何故ならば、魔法によるドーピングをしても尚、速度は拮抗していたのだから……。



 そう思っているのも束の間、ゴブリンは間髪を入れずにあたしに飛び込んできた。



 それから、先程までの攻撃とは比べ物にならない程の力で、鉈を振りかぶった。



 禍々しいオーラを目の前に、あたしは勝てないと悟り、"諦めた"。



 ……どうしても、足りない。



 悔しかった。



 結局、村人も助けられなければ、来未ちゃんとの約束も守れなかった。



 ……ああ、もう一回だけ、周くんの顔を見たかったなぁ。



 そんな心残りが、走馬灯の様に脳裏をよぎる。



 ……自分の人生の"最期"を目の前に。



 そして、あたしはゆっくりと目を瞑った。



「……みんな、ごめんね」



 小さくそう呟きながら……。



 _____しかし、その時だった。



「芽衣お姉ちゃんを、いじめるなーーーーーーーーー!!!!!!!!! 」



 喉が千切れる程の叫び声が、あたしを覆い尽くすキングゴブリンの背後から聞こえる。



 その声に、動きを止めた敵。



 そこで、消えかけた灯火は、再び燃え上がった。



 ……その声の張本人が、"来未ちゃん"である事が分かったから。



 だからこそ、隙を見てゴブリンから離れる。



 すると、怪物の視線は変わる。



 ……遠目に見える、小さな存在を、真っ直ぐに見つめる。



 そこで気がついてしまった。



 ……キングゴブリンの標的が、紛れもなく"彼女"に変わってしまったのを。



 あと一歩であたしの命を取れた事を阻害されたのに、よほど、苛立ちを覚えたのであろう。



 激怒の雄叫びを上げている所から、その感情はすぐに分かった。



 ……このままじゃ。



 しかし、当の本人は、勇敢だった。



「助けるの! 芽衣お姉ちゃんは、大切だからっ! 殺すなら、くるみを殺して!! 」



 目にいっぱいの涙を浮かべながら、両手を広げる来未ちゃん。



 その目は、とても強かった。



 ……ちっぽけな存在なのに。



 あたしは、そんな彼女の勇気に感化される。



 ……そう思っている間にも、キングゴブリンは、鉈を引きずりながら、ゆっくりと彼女の元へと歩いていた。



 ……ただ、背後からでも分かるほど、隙がない。



 考えろ、宝穣芽衣。諦めるな。



 このまま、"護る"と決めた存在を、いとも簡単に殺められてしまっても良いの?



 ……いや、絶対に嫌だ。



 だったら、どうすれば。


 

 攻撃を当てる方法。



 ほんの少しでも、相手に隙を作れば……。



 それなら……。



 あたしは、"ある賭け"を思い付く。



 正直、成功する確率なんて、皆無に近い。



 でも、もし、先程、諦めかけた"この命"に意味があるのならば……。



 あたしはそう覚悟すると、もうすっかり来未ちゃんの眼前に立ち塞がったキングゴブリンの背後に向けて、石を連打した。



 だが、当たり前の様に避けられる。



 よし、まずは来未ちゃんから意識を逸らせた。



 同時に、「ドシンっ!! 」と着地する音がする。



 それから、再び敵はあたしを睨み付けた。



 ……ここしかない。



 あたしは、それを確認すると、涙を流しながら怯えた様子を相手に見せた。



「……や、やめて〜!!!! もう、負けで良いから!!!! だから、みんなを助けて!!!! 代わりに、あたしの命をあげるから!!!! だから、お願いします!!!! 」



情けない嘆願と共に、あたしは命乞いにも近い形で、武器として使用していた鋤を投げ捨て、膝を付いたのだ。



 その突然の出来事に、来未ちゃんや村人は、呆然とする。



 ……まるで、これまでの勇敢な戦いが無かったかの様な代わりざまに。



 すると、あたしの行動が"諦め"を意味した事に気がついたのか、キングゴブリンは頭を下げるあたしの首を思い切り掴んだ。



 ……次第に、強くなって行く握力を前に、呼吸困難に陥って行く。



 ……痛い、苦しい。



 ……だけど、まだだ。



 もう少しだけ、耐えて、あたしの身体。



 そこで、完全に勝利を確信したのか、その怪物は、初めて口元を緩めたのだ。



 ……こ、ここしか、ない。



 あたしはそう確信をすると、ブレザーのポケットから転移前に使ったまま仕舞い忘れていた"ハサミ"を取り出した。



 ___そして、消えゆく意識の中で、ニヤッと笑った。



「……なんて、ね……」



 掠れた声でそう告げると、あたしはその小さな武器を、敵の左胸元に、思いっきり突き刺したのであった。



 同時に、初めてキングゴブリンを捉えた"感触"が左手に届く。



 本来、この巨体をハサミ如きで始末出来る筈がない。



 しかし、その微かな"希望"を信じるしか無かったのだ。



 ……お願い、届いて……。



 未知数な願望を、何度も、何度もリピートし続ける。



 ……すると、念願が叶ったのか、キングゴブリンは苦痛の叫びを上げたのだ。



「ぐ、グォーーーー!!!! 」



 時間が経過するにつれて、苦しみ悶える敵の握力は、次第に弱まって行く。



 ___そして、キングゴブリンはすっかり目の力を失うと、あたしを手放した。



 同時に、地響きを立てながら、その場に倒れたのであった。



 ゴブリンの親玉は、目を見開いたまま、口を開けてピクリとも動かなくなっていた。



 そこで、この戦いが終わりを迎えた事に、安堵の気持ちを覚えたのであった。




 ……どうやら、"賭け"は成功したんだと。




 あたしは、薄れ行く意識の中、みんなを助けられた事にホッとすると、ボロボロの身体のまま、その場に倒れ込んだ。


「ドサッ」



 多くの負傷が祟ってか、力が全く入らない。



 先程まで感じていた"魔法の作用"も、薄れて行くのが分かる。



 すると、何とかあたしを救おうと考えたのか、必死の形相で来未ちゃんが駆け寄って来たのだ。



「……芽衣お姉ちゃんっ! お願いっ! 目を覚まして!! くるみ、何でもするからっ!!!! 」



 そう、泣きながら、何度も、何度も叫ぶ声が聴こえる。



 だが、その嘆願に返答するだけの力は、もう残されていなかった。



 ……来未ちゃん、助けられて、本当に良かった。



 後、村人のみんな、あたしのせいで本当にごめんなさい。



 ___そんな懺悔の気持ちを胸に、あたしの意識は暗闇へと堕ちていった。

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