第2話 ミックスガール


 すっかりゴブリンが居なくなったのを確認すると、あたしは小さな少女を連れて、森から抜け出す事を決意した。



 不覚にも、周くんの為に勉強してきた"異世界ラノベ"を参考にする形で。



 この様なファンタジー世界で視覚の少ない森林地帯に長く滞在するのは、あまり良くないと知っていたからだ。



 先程、ゴブリンを見かけた事で、その危機が常にあるのも分かったし。



 というわけで、周囲の警戒をしている間に、未知の存在に出くわす事なく、何とか視界が開けた草原にたどり着いたのであった。



「ふぅ……。何とかなったね……」



 思わず、座り込んで安心する。



 すると、来未ちゃんは何度も頷いた。



「そうだね……。ホント、怖かった〜」



 彼女はそう呟くと、あたしの肩にもたれ掛かる。



 何だか、その所作を見ていると、実妹が出来たような錯覚を受ける。



「森を抜けるまでの約数時間、よく頑張ってくれたね。とりあえず、休憩を取ったら、次は村を探そうか」



 優しく頭を撫でながら今後の動きを伝えると、彼女は微笑んだ。



「うんっ! くるみ、"この変な場所"から帰れるまで、頑張るよっ!! 」



 両手拳を握りしめながら、可愛く意気込む。



 ……実は、森を彷徨う道中、彼女とは少し話をした。



 この、"木鉢きばち 来未くるみ"と名乗る少女は、10歳。


 あたしとは7歳の年齢差がある。



 しかも、偶然にも居住地域が近い事も発覚した。



 ……だが、どうしても、話が噛み合わなかった。



 『通っている学校は? 』と問えば、『お家からすぐにある"聖花園学院"ってところっ! 』と、産まれてからずっと今の家に住んでいる筈のあたしが知らない学校名が返ってくる。



 その学校が地元に存在するならば、知らない訳がない。



 でも、全く心当たりはなかったのだ。



 更には、鞄の中から取り出された携帯は、いわゆる、ガラケー。

 このスマホの時代には似つかない、余りにもレトロな機械。



 その事に疑問を持つどころか、あたしがスマホを見せつけると、『なに、それ〜! すごいっ! "未来"だぁ~!! 』と、目を輝かせる始末。



 そこで、ある事に気がついた。



 つまり、この少女は、あたしと違う"世界線"と"時間軸"からやってきた存在なのだと。



 正直、余り受け入れられない。



 でも、事実が積み重なっていくうちに、飲み込まざるを得ないと思ったのであった。



 ……あとは、どうやってこの世界にきたのかを確認した。



 だが、その返答は曖昧なモノだった。



『う〜ん。それなんだけど、分からないんだよね。今日、学校の男子とケンカしちゃって、辛くて泣いていたら、気がついたら森の中にいたの』



 ……正直、全く手掛かりにはならなかった。



 だけど、共通項として、"悲しみ"の感情が異世界に転移させる起因になっているのではないかという憶測だけは立てられる。



 でも、余りにも情報が少なすぎる。



 それに、今だって、来未ちゃんはすぐに帰れると思い込んでいるのが分かるのだ。



 ならば、方法を見つけ出さなければ、彼女の期待に応えられない。



 だからこそ、子ども特有の"現状への慣れ"に羨ましさを感じながらも、まず、あたしが掲げたこの地での"目標"の一つとして、早く元の世界に戻る方法を見つけ出す事が最重要項目であるのだと考えたのだ。



 それに、この約半日、すっかり冷静さを取り戻すと、こう思っちゃったんだ。



 ……あたしだって、もう一度で良いから、周くんの顔が見たい。



 それに、家族やクラスメイトにも迷惑をかけているだろうし。



 どんな形であれ、まずは、あの場所に帰らなきゃって。



 だからこそ、ひと休憩を終えると、信用し切った顔で手を繋ぎ、そっと目を瞑る来未ちゃんに向けて、こう告げたのであった。



「……じゃあ、すぐに帰れる様に、もう少しだけ頑張ろっか!! 」

 

 あたしが自分を奮い立たせる様にそう促すと、彼女はゆっくりと目を開いた後で、両手の拳を突き出す。



「分かったっ! くるみも芽衣お姉ちゃんと一緒に帰れる"方法"を見つけられるように頑張るねっ!! 」



 こうして、二人の意思は統一された。



 もし、戻れなかったらどうしよう。



 そんなネガティブな気持ちを頭の片隅に携えながら。



 そして、あたし達は草原を抜ける為に、再び、足を進めるのであった。



 ……きっと、すぐに訪れる安心感に期待をしながら……。



*********



「あっ! 芽衣お姉ちゃんっ! あそこっ!! 」



 日差しが沈みかけた夕暮れ時、当てもなく村を探す旅は、来未ちゃんの歓喜の声で幕を閉じた。



 彼女が差す指の先には、約十数軒程の木造住宅が建ち並ぶ、異世界ファンタジーではテンプレートの様な"村"があったのである。



「や、やったね……」



 あたしは思わず、泣きそうになる。



 それは、安堵からだ。



 正直、不安で仕方がなかった。



 もう体力にも限界を感じるし、足もクタクタ。



 だけど、この元気印の少女が居たから、その気持ちを抑え込んでいたのだ。



 きっと、この来未ちゃんも、同じ気持ちだろうに。



 考えてもみれば、朝から何も食べていない。


 水分に関しては、鞄の中に入っていた1.5リッターの水筒の残りを少しずつシェアしたが。



 そんな状況にも関わらず、彼女は嫌な顔を一つせずに前を向いていたんだ。



 本当に、来未ちゃんは良い子。



 それに、もしかしたら、この娘は、あたしなんかよりもよっぽど"大人"なのかもしれない。



 ……まあ、何にしても、今はこの安心感に浸らせてもらうね。



 やっと、落ち着ける。



 きっと、そうなる筈。



 あたしは、糖分の足りない思考の中、嬉々として走ろうとする、底抜けの体力を持った少女に手を引かれながら、最後の体力を振り絞って、村へと駆け出したのであった。



 __村に入る。



 大人ならば余裕で飛び越せてしまいそうな"粗末な木枠の柵"を潜り抜けると、年季の入ったログハウス風の住宅が目に飛び込んできた。



 中心には、飲料用の井戸と思しき円形の穴が開いている。



 まあ、単純に考えれば、あまり裕福ではない集落であるのがすぐに分かる。



 しかし、そんな事実よりも、今は、すぐにでも落ち着ける場所が欲しい。



 そう考えると、興味津々に辺りをキョロキョロする彼女を横目に、あたしは村人を探した。



 ……そこで、たまたま軒先に出た、おおよそ我々日本人とは違う、欧風な容姿をした一人の青年がいる事に気づく。



 すかさず、戻ってしまう前に、と、あたしは慌ててその彼に声をかけた。



「あ、あの、すみませんっ!!!! 」



 その言葉に気が付いたのか、青年は土の中にゴミを埋める手を止め、ゆっくりとコチラを見た。



 ……だが、すると。



「……ひ、ヒィッ!! 」



 あたし達の顔を見るや否や、怯えた様子を見せた。



 それから、急いで家の中へと戻って行ってしまったのだ。



「……えっ? 」



 思わず、そんな声を漏らす。



 だって、今の反応。



 その顔から読み取れる感情。



 ……間違いなく、"恐怖"だったのだ。



「どうして……」



 絶望的な気持ちの中、あたしは思わず腰を落とす。



 何故ならば、今の反応を見るに、明らかに我々は"歓迎"されない存在である事を痛感したから。



 ……考えてもみれば、そうだよね。



 だって、ここは間違いなく"異世界"。



 言語も通じないに決まってる。



 しかも、外見だって……。



 そんな人間がいきなり現れて、突然に"謎の言葉"を叫んで駆け寄ってくれば、未知との遭遇に恐れるのは、当然の話。



 心のどこかで、アニメやラノベの様に、都合よく行くと思っていたのかもしれない。



 自分の"甘さ"を痛感すると、この村に期待する事は、到底出来ないのだと悟ったのだ。



 すると、そんなあたしの絶望を見かねたのか、来未ちゃんはニコッと笑いながら励ました。



「……大丈夫だよ、お姉ちゃん。くるみはまだまだ元気だからっ!! 」



 膝をつくあたしを優しく撫でる。



 ……だが、状況とは裏腹に、彼女の腹の虫が「ぐぅ〜」と間抜けに鳴ったのである。



 それに対して、一瞬だけ顔を赤らめた来未ちゃんは、慌ててフォローを始める。



「ち、違うのっ! これは、悪い虫さんだからっ! 別に、ぜ〜んぜん、お腹なんか空いてないからっ! 」



 そう叫びながら、静か過ぎる村の中でジタバタとしていた。



「本当に、ごめんね……」



 朝からずっと我慢をさせてしまっている彼女に心からそう謝罪を述べる。



 自分の不甲斐なさに打ちひしがれながら。



 どちらにせよ、今は、すぐに食事を摂らなければ。



 このままだと、本当に死んでしまうかもしれない。



 そう思うと、あたしは"ある決意"をした。



 惨めでも、カッコ悪くても、なんでも良い。



 土下座だろうと、何でもして、食べ物を恵んでもらわねば……。



 言葉すら伝わらない。



 でも、そんな事を考えている暇なんてない。



 あたしなんかどうなったって良い。



 それよりも、"来未ちゃん"を助けてあげたい。



 すっかり覚悟を決めると、あたしは「待っててね」と、彼女を優しく抱きしめた後で、先程青年が入って行った家の玄関を訪ねたのであった。



 ……だが、その瞬間。



「ガラッ」



 入り口の引き戸が開く。



 それから、青年の両親と思しき中年の二人が現れた。



 同時に、あたし達の顔をジーっとと眺めると、ゆっくりお辞儀をしたのだ。



「さっきは、息子が無礼な態度を取って、申し訳ない」



 ……金髪で堀の深い顔つきの男は、そう丁寧に謝罪を述べた。



 何故か、"日本語"で。



 それに対して、あたしは一瞬だけ動揺した。



 しかし、今はそんな時間すらも勿体無いと判断したあたしは、「き、気にしないでください」と、すぐに返答。



 それから、今ある現状を打破する為に、すぐに本題を伝えたのである。



「実は、朝から何も食べていなくて……。もし宜しかったら、少しでもいいので、食べ物を恵んでくれませんか……? 」



 弱りきった口調でそう願う。



 すると、中年夫婦達は、何かのアイコンタクトを取った後で、頷いた。



「もちろんさっ! ちょうど今、夕食の"シチュー"が出来上がったところだから。良かったら、二人とも上がると良いさ」



 彼からの"救い"の一言を聞くと、あたしは来未ちゃんと目を合わせた。



 ……それから、ジワジワと湧き上がる安堵を共有しつつ、最後の力を振り絞って、感謝を口にしたのであった。



「「あ、ありがとうございます!! 」」



 気がつけば、あたしは泣いていた。



 それは、これまでに感じた事がない程の"不安"から解放された事からだ。



 だからこそ、今は、"神様"にすら見える彼らの温情に甘える以外の選択肢はなかった。



「さあさあ、早く入って」



 ニコニコしながら背中に手を当てた妻。



 ……ただ、その時、一つだけ引っかかる点があった。



 何故か、震えていた。



 よく見ると、夫の方も。



 そこに一瞬だけ疑問を抱きつつも、あたしは三大欲求の一つに負けて、クリームの匂いが漂う簡素な家の中へと足を踏み込んだのであった。

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