ラブコメの主人公にフラれた負けヒロインは、異世界に転移しても彼の事を忘れられない。
寿々川男女
第1話 やっぱり恋がしたい
あたしは今、世界でいちばん不幸な女。
理由は、ありきたりな話。
"ずっと"大好きだった人にフラれたから。
勇気を振り絞って告白してから数日。
彼が結論を出すまで、必死にアプローチを続けた。
でも、今、あたしの些細な願いは"答え"を聞く事なく、叶わないと悟った。
……だって、それを裏付ける確固たる"証拠"を見ちゃったから。
彼は、高校のクラスメイトの女の子と二人で買い物袋を片手に、嬉しそうな顔で商店街を歩いていたのだ。
そこで、気づいちゃったの。
……あっ、もう無理なんだって。
認めたくない現実が、"失恋"という名の形を持って押し寄せる。
悔しくて、悲しくて、辛くて、でも、幸せそうな彼の顔を見れた事がちょっとだけ嬉しくて、ぐちゃぐちゃな感情の中、自転車を走らせた。
それから、自宅に戻ると、これまで我慢していた"想い"が、見慣れたシングルベッドの上で爆発した。
……初めての"恋"だったのに。
そう思うと、上着を脱ぐ事も忘れて、枕に顔を埋めながら、思いっきり、泣きじゃくった。
まるで、子どもの頃に戻ってしまったかの様に。
「なんでよ……」
……そんな時、いつもあたしを勇気づけてくれた"ある詩"を思い出す。
それは、あたしにとって大切な、言わば、"人生を変えた一作"。
製作者は、フラれたばかりの"彼"。
格好悪くて、ダサくて、キザで、無駄に暑苦しくて、だけど、とっても暖かい、その"詩"。
あたしは、部活で悩んでいる一年生の時、文化祭でその作品に出会ったんだ。
【伸びしロンリー】
このポエムに、どれだけ救われた事か。
これがなければ、あたしはバレーボールを諦めていたかもしれない。
多分、あの時、もう既に彼が気になっていたんだと思う。
……すっかり、心が奪われてしまったのだから。
そんな事を思い出すと、嗚咽を漏らしながらも、自然と暗唱をしている自分がいた。
「……君は、とても強い。キミは、いつも凄い。"壁"は、試練なんかじゃない。"夢"に向けての、栄養なんだよ。だから、美味しく食べなきゃ損じゃない。今は、まだ弱くても。キミは、まだ、"伸びしロンリー"。だから、前だけ見よう。最高の"景色"を、独り占めする為に、ね」
……すっかり読み終えると、あたしの気持ちは少しだけ落ち着きを取り戻す。
結局、また助けられてしまった。
その原因が、彼にあったとしても。
同時に思う。
「ホント、カッコ悪くて、前向きに、なれるんだよなぁ……」
涙を拭うと、そんな事を呟いた。
だからこそ、叶わぬ夢に打ちひしがれつつも、あたしは再び立ち上がらなければならないのだと、悟った。
だって、あたしは"伸びしロンリーガール"なんだもの。
「今日が終わったら、明日から……」
"今日"という最低な記念日をいっぱい悲しんで、"明日"に向かおうと思った。
うんっ。最後くらいは、ちゃんとフラれよう。
そう決意を固めて、あたしは目を瞑る。
__しかし、そう思うのも束の間だった。
_______「ヒュン」
聞き覚えのない音がうるさい程に鼓膜をくすぐると、一瞬だけ、全身が浮く様な感覚に苛まれる。
「えっ……? 」
その非現実的な気持ちの中、濡れた瞼をゆっくりと開く。
……すると、目の前の景色を見て、呆然とした。
だって……。
そこに広がっていたのは、"深い深い森"だったのだから。
真横には、スカイツリーにも引けを取らない大樹。
今、あたしは自宅の布団の上で、哀しみに暮れていた筈。
象徴する様に、右手には、濡れたハンカチが握りしめられていた。
……アレ? もしかして、泣いている内に、眠っちゃったのかな。
そう思うと、重い体をゆっくりと起こす。
草木の隙間から太陽が降り注ぐ、薄らと寒いその場所で。
同時に、思いっきり頬をつねった。
「……い、痛い」
そこで、初めて理解した。
このハッキリとした感覚がその証なのだから。
……つまり、あたしは、現世とは全く違う、"異世界"に迷い込んでしまったのだと。
彼の趣味だと知ってから、一生懸命に読み進めたライトノベルやアニメの展開みたいな。
でも、そう思うのも束の間、何故かちょっとだけホッとしたりもする。
神様から、「もう頑張らなくて良いんだよ」って言われている気がして。
これはつまり、「諦めろ」って事なのだと。
だからこそ、あたしは投げやりな気持ちの中で、隣に落ちていたお気に入りの"リュック"から部活用のシューズを取り出した後で、薄暗い森林を彷徨い始めたのであった。
……少しでも、彼のことを忘れる為に。
*********
暫く林道の中を、歩き続ける。
無心になろうと考えながら。
……でも、結局、彼の姿が頭から離れない。
いつもバレーの自主練に付き合ってくれていたなぁ。
二人でご飯を食べに行った事もあった。
メッセージのやり取りも、とても丁寧に返信してくれていた。
だけど、少しおっちょこちょい。
人とのコミュニケーションが苦手で、周りの目ばっかりを気にしてる。
でも、そんな所が母性本能をくすぐったりもした。
彼との思い出が走馬灯のように脳裏に駆け巡ると、再びあたしの目からは涙が溢れる。
「もう、忘れるって決めたのに……。ホント、"周くん"の、ばかっ……」
悔しいが、もうすっかり、あたしの中に彼の存在が"刻み込まれていた"事を痛感する。
でも、もう二度と会えないかもしれない。
だって、あたしは……。
___そんな時だった。
「きゃあ!!!! た、助けて……」
視界の狭い木々の奥から、救いを求める少女の声が聞こえた。
その事に気がつくと、反射的に足を進めた。
……そして、すっかりたどり着いた先には、おおよそ、現代日本では考えられない"光景"が広がっていたのであった。
なんと、茶色い布を腰に巻いた緑色の小さな生き物が、震えて動けなくなる少女に棍棒を向けていたのだ。
……こ、これって。
動揺するのも束の間、もう既にその"ゴブリン"と形容出来る生き物は、抵抗できない彼女に襲い掛かろうとしている。
それを遠巻きに監視する数体の"仲間達"。
……まずい、助けなくちゃ。
気がつけば、あたしは周くんの事を忘れた状態で、走り出していた。
後先など、何も考えずに。
恐怖よりも、『救わねばならない』という使命感が優ってしまったのである。
そして、近くに落ちていた頑丈そうな木の棒を左手に持つと、目の前のゴブリンを倒そうと決意をした。
……思いっきり、相手の頭部に向けて、即席の"武器"を振り下ろす。
だが、想像以上に動きの早い"魔物"は、アタシの敵意に気が付くと、すぐに避けようとする。
不意打ちにも関わらず、反応できる反射神経の速さに、焦る。
結局、一撃で致命傷を与える事は出来ず、相手の肩を軽く"掠める"事しか出来なかったのであった。
……やばい、反撃される……。
だが、その"非現実的な生き物"は、あたしの憶測とは正反対の反応を見せたのだ。
「グォーーーー!!!! 」
……敵は苦悶の表情を浮かべながら、雄叫びを上げてのたうち回る。
そして、まるで力を失ってしまった様に、その場で「ドサッ」と、虚しい音を立てて倒れたのであった。
遠目で見ていた数体の"仲間"と思しきゴブリンも、その事実を目の前に、敗走して行った。
……えっ? 終わったの……?
あまりにも唐突に訪れた終幕を目の前に、呆然とせざるを得ない。
だって、あたしは今、間違いなく、攻撃を"外した"のだから……。
本来ならば、反撃されている場面。
何よりも、考えもなしに突っ込んでしまった事に、今更、恐怖を覚える。
……だって。
しかし、あたしが自分の行動を顧みて震えているのをよそに、先程まで窮地に立たされていた少女は、泣きながらあたしに抱きついて来たのであった。
「お、お姉ちゃん、ほ、本当にありがとぉ〜!!!! 」
嗚咽を漏らながら、胸の中で感謝を述べる。
何故、あの時、肩を掠めただけで敵が倒れたのかは謎のままだ。
だが、なんにせよ、今はこの"小さな女の子"を救えたという事実があれば、それだけで十分だと思った。
……本当に、良かった、と。
そして、小さく震える彼女をそっと抱きしめ返すと、私は安心させる為にニコッと笑った。
続けて、励ます様にこう告げたのであった。
「助けられて、本当に良かった。怖かったよね……」
その言葉を前に、少女はあたしを見上げた後で、何度も頷いたのであった。
……瞬間、ある事に気がつく。
彼女は、黒髪のショートヘアに、ブラウンの瞳。
服装は、私立の学校を連想とさせる"制服"。
辺りに散乱しているスクールバッグには、"お馴染み"の言語が書かれた教科書が顔を出していた。
これって、もしかして……。
あたしはそう思うと、すっかり安心した少女に向けて、恐る恐るこう問うのであった。
「もしかして、キミ、日本人……? 」
その言葉を聞いた少女は、途端に目を輝かせる。
「そ、そうだよ。"くるみ"は、日本人っ!! お姉ちゃんも? 」
腰の辺りを掴む彼女の腕の強さからは、信用してくれたのだと言う感情が読み取れる。
それは、あたしにとてつもない程の安堵感を与えたのだ。
だからこそ、期待に膨らむ"くるみ"と名乗る少女に向けて、大きく頷いたのであった。
「そうだよ、同じ。あたしの名前は、"
その自己紹介を前に、ニコニコと笑う彼女。
「芽衣……。じゃあ、これからは、芽衣お姉ちゃんって呼ばせてもらうねっ!! くるみの名前は、"
「来未ちゃんね。わ、分かった〜」
一人っ子である自分が"お姉ちゃん"などと呼ばれてしまっている事に、若干の照れ臭さを感じる。
……なんだろう、この呼び名には、まだ慣れなさそうだなぁ。
すると、来未ちゃんは純粋無垢な笑顔で、右手を差し出してきた。
その行動を前に、ハッと我に帰ると、あたしは彼女の手を取った。
「今は、何も状況が分からないけど……。宜しくねっ! 」
あたしが大人ぶってそう告げると、彼女は呼応した。
「そうだねっ! 助けてくれて、ありがとう。芽衣お姉ちゃんっ!! 」
こうして、失恋と同時に、見知らぬ地で、一人の"少女"と出会った。
まだ、これが現実なのかと判断するのには、時間が必要かもしれない。
だが、しかし、今、この深い森の中にいるという事実だけが、あたしの中に深く刻み込まれるのであった。
これが"夢"なのかも分からない状況の中で……。
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