第4話 猿と雉

 一人の同志を見つけたものの、まだ人数が足りない。

 引き続き看板の前で張り込んだ。

 今度は背の低い男が看板を見上げている。赤ら顔で、もみあげの長いところがどことなく猿のようだ。周囲の目をうかがいながら、値踏みをするように横目で看板を読んでいる。

「どうだ、俺と共に行かんか」

 突然声をかけられた男は「キャッ」と驚いて飛びさがった。

「おい、脅かすない。後ろから急に声かけるんじゃねえ」

「それはすまなかった。俺は桃太郎という。この看板を立てた者だ」

「ふん、鬼頭衆を討伐できるなんざ本気で思ってるのかい?」

「できるできないの話ではない。やるのだ」桃太郎はまっすぐと目を見て言い返した。

 これには猿男も詰まって「なるほどな。気合は入ってるじゃねえか」と目を逸らした。

「それで、行くのか共に」桃太郎は再び訊いた。

「ちょうど退屈してたところだ。ついていってもいい。鬼頭衆にはずいぶん恨みもあるんでね。一泡吹かせてやりたいと思ってたんだ」

「決まりだな」

「俺は猿山仁吉だ。合戦では斥候を仰せつかったこともあるんだ。忍びの者より格上だぞ」



 次の同志は、看板の噂を聞いた町の名士からの紹介だった。

「家の中でなんだか分からん研究ばかりしている男がいる。役に立つかどうかは分からんが、桃太郎殿、連れていって鍛えてくれんか」

 名士に案内されて屋敷に行ってみる。紹介されたのは青っちょろい書生風の男。扇子を握ったりさすったりしながらすましている。戦いには向いてなさそうに見えた。

「せっかくのご紹介ですが、相手は荒くれの海賊連中でございます。こちらの方には荷が重いとお見受けしますが」

「ほう、戦は体の強さで勝てるとお考えか」興味がなさそうに聞いていた書生風の男が口を開いた。

「いや、そうは申しておらんが」

「桃太郎殿と申されたか。貴殿は戦の機微はなんとお心得になる」

 書生風の男がいつの間にか扇子を突き付けている。

「うむ、やはり剣の腕前ではなかろうか」

「甘い!」扇子を手のひらにパチンと打ち付けて桃太郎が言い終わらぬうちに言葉を被せてくる。

「甘いの、桃太郎殿。それで鬼に勝てますかな。とてもとても無理でしょうな。頭脳を使わねば頭脳を」今度はコツコツとこめかみを叩く。

 いかにも作ったような困り顔を見せる書生風の男に怒りを覚えつつも、確かに理もあると思い歯をくいしばる。

「それでは、貴殿には鬼に勝てる算段がおありと申されるのか?」怒りをこらえて桃太郎が問う。

「孫子」ぴしゃりと扇子をたたみ、桃太郎を指す。「敵を知り己を知れば百戦危うからず。知ることこそ何をおいても優先される事柄。知りつくせば戦わずして勝利を手にできましょう。まずは敵の情報を集めに集めて集めつくす。そして味方を徹底的に分析し適所に適材を采配する。これを綿密にやる必要がござりましょうな」

「なるほど……」

 この書生風の男、あながち愚鈍ではなさそうだと桃太郎は思い直していた。

「貴殿の知力を私に貸していただけないでしょうか」桃太郎は頭を下げた。

 書生風の男は天井の方を向いて扇子をいじっている。

「いいでしょう!」男はまた扇子をパチンと言わせて急に大きな声を上げる。

「ありがとうございます」

「私は雉川伊織。鬼を討つ戦術を授けましょう」

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